アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
アジア読書日記
その他アジア
反日vs.反韓 対立激化の深層
著者:黒田 勝弘 
 1941年生まれで、ソウル留学後、共同通信から産経新聞等の駐在員として韓国滞在40年を超えるジャーナリストによる、2020年8月出版の韓国報告である。それは、韓国は、丁度文在寅大統領が、数々の与党スキャンダルはありながらも中間選挙で勝利し、反日的な姿勢を強め、日韓関係は戦後最悪と言われる様相を呈していた時期である。特に2019年は、「3・1独立運動100周年」で、しかもそのタイミングで日本が国内世論の反韓感情の高まりを受けて韓国に対する半導体素材の輸出管理強化といった「経済制裁」を発動したこともあり、それに対する韓国側の反発も異様に高まることになった。そのため、議論のほとんどは、その文在寅政権の反日姿勢への批判に費やされることになる。確かに、韓国滞在が長く、現地メディアにも細かく眼を通している著者の議論は説得力があり、読み進めている内に、こちらもそうした批判を受入れる雰囲気にさせられる。ただ韓国ではその後2022年5月、保守系の尹錫悦が政権を奪還し、足元は日韓関係の改善を進めている状況であることから、現在はそうした文在寅政権時代とは様子が異なっている。その意味では、ここでの著者の議論は、やや過去のものとなっている。ただ与野党の政権が変わる度に政策が転換する韓国の状況は今後も続くと思われるので、その意味では、今後左派政権が再び成立した際に留意しておかなければならない問題を確認する参考になるとは思われる。

 それにしても文在寅政権の反日姿勢はひどかったのは間違いない。日本の「経済制裁」に対し、「盗人猛々しい」といった感情的な批判を行い、世論、メディアを煽ったことを始めとして、GSOMIA(軍事情報包括保護協定)破棄の宣言(さすがにこれは米軍からの圧力で留保することになった)等、「戦闘モード」を明らかにすることになった。そして官民あげた「反日不買運動」が続く。しかし、こうした反応は、韓国経済の日本への依存という事実を、それまで認識していなかった人々に広める効果もあった半面、それ故に、従来からの韓国側の「加害者―被害者関係」や「歴史問題への固執」を感情的に一層強めたという著者の指摘もそのとおりであろう。また日本製品や日本観光ボイコット運動等も広まったが、これはそれなりの打撃を日本企業や経済に与えることになったが、他方で同様に韓国経済の日本依存や韓国人の間での日本旅行の人気を改めて示すことになったという。また韓国による自衛隊の「旭日旗」に対する反発、「戦犯国」、「戦犯旗」、「戦犯企業」、「(前天皇に対する)戦犯の息子」といった「戦犯」の乱用や自衛隊機に対するレーザー照射事件等も拍車をかける。こうした数々の「泥仕合」が繰り広げられたというのがこの時期の日韓関係であった。著者は、こうした韓国側の攻撃が、歴史的にも論理的に誤っていることや、議論の過程で韓国側の論点が変わっていった点(レーザー照射での「自衛隊機低空飛行」論など)等を指摘しているが、それぞれ納得できる。韓国メディアでは「天皇」という呼称はめったに使用せず、「日王」という表現が一般的であるというのは、ここでの著者の解説で初めて知った。ただこれも少しずつ変わりつつあるということである。

 以降、2019年の夏から秋にかけて韓国政界を揺るがした「曹国スキャンダル」を、朴槿恵大統領時代の「崔順実スキャンダル」と重ねながら、韓国社会に広がる「妬み」文化の実相を説明したり、韓国の「反日種族主義」批判の文献が韓国内でもそれなりのベストセラーになっているという話、更には「日本の防波堤となっている韓国」という文在寅の矛盾に満ちた発言と行動等に触れた後、最後は2020年2月の映画「パラサイト」の米アカデミー賞受賞に際しての著者の映画評(これは、私自身の感想と然程差はないー別掲「映画評」ご参照下さい)で締められることになる。

 現在の尹錫悦政権のもとで、こうした「感情的」な対日批判は相対的に収まり、日韓関係は改善しているが、それにしても、何で韓国の左派政権はこれほど反日姿勢が強いのか、というのは、私が常々感じている大きな疑問である。もちろん左派政権であれば、北朝鮮への融和政策や中国への接近といった外交姿勢はそれなりに理解できる。しかし、保守政権よりも左派政権の方が「民族主義」が強く、特にそれを日本に対して発動するということの理論的な根拠が全く分からないのである。現在大統領選挙が近づいている米国でも、共和党が「自国第一主義」が強いのに対し、リベラル民主党は「国際協調主義」が基本である。その意味で、私自身は韓国における「リベラル」である左派政権に、こうした「国際協調主義」を期待するのであるが、この国ではそれは全く逆である。もちろん保守政権でも、李明博政権末期に大統領の竹島上陸が敢行されるなど、保革に関わらず、政権への求心力が衰えると、この「反日カード」が切られるというのは、この国ではよくある動きではある。しかし、それでも左派政権にその傾向と匈奴が強いというのは、それだけ左派政権の基盤が弱いということなのだろうか?この新書では、そうした「革新」政権の支離滅裂さをこれでもかと綴っているが、私のこの疑問には答えてくれていない。著者の長年の韓国在住での取材活動と、現地メディア等の細かい読み込みなどには深い敬意を払うものであるが、現在の転換した韓国保守政権下でのこうした問題の展開と、私の上記の疑問に答えてくれるような新著を期待しているのである。

読了:2024年10月27日