アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ドイツ読書日記
第十章 欧州統合の視線から
第三節 ユーロ
欧州迷走
著者:白井さゆり 
 厳しい市場が続いている。米国経済がようやくサブプライム/リーマン・ショックから立ち直ってきたと思ったら、今度は欧州発で、ギリシャを始めとする南欧諸国、続いてハンガリー等中欧諸国の信用不安が、回復基調の市場に冷や水を浴びせた。この問題が長引く中、今度は中国経済の金融引締めに伴う減速、更にはこれらを受けての米国経済の再減速など、市場はさながらネガティブ要因を求めて、次々に材料探しをしているかのようである。その結果、そもそも独自の要因で動くことのなくなって久しい日本株市場も、足元の製造業関係の指標が改善を示しても全く反応せず、外部の市場の下落につられて、年初来の安値を更新している。

 こうした冴えない市場の、足元の最大の要因が、欧州における信用不安である。そして、それは、まさに統一通貨を導入し、金融政策は共通に行わざるを得ないが、政治主権及び財政政策の決定権は、依然其々の国が保有しているという現在のユーロ圏の矛盾が、こうした不美人投票にかけられて炙り出されてきたものといえる。サブプライム/リーマン・ショックで厳しい国内景気後退に見舞われた欧米先進諸国は、景気刺激のための経済政策に膨大な資金を投入したが、その資金はほとんどが国家債務の増加により賄われた。そしてその結果、債務過多と看做された諸国が、今度はこの不美人投票の中で投機資金の格好の餌食となったのである。特にユーロ圏の場合は、金融・為替政策が共通化していることから、為替調整による景気刺激策を取ることができない。ユーロへの信用不安で、ユーロ安が進む中、ドイツなど輸出産業の基盤がある域内国家は、この為替安により域外への輸出が刺激されることで、景気の更なる悪化を回避することができる。ところが、こうした輸出産業を持たない国家は、内需の拡大がなければ、大規模な景気刺激策は、国家債務の更なる悪化をもたらすだけである。こうして「PIGS」と呼ばれるポルトガル、イタリア、ギリシャ、そしてスペインが、市場の標的になっていったのである。

 こうした足元の信用不安の中、欧州経済を取扱い、新聞の書評でも度々取り上げられているのがこの作品である。今回の危機で、ギリシャ支援のために資金を拠出するかどうかを巡りドイツとフランスとの間で政治的な軋轢があったが、当初この表題を見た際は、むしろ経済問題を契機にした欧州統合そのものの問題を政治的な観点から論じた作品かな、と考えていたが、読んでみると、もちろん政治的な問題にも触れられているとは言うものの、むしろ今回のサブプライム/リーマン・ショックが欧米経済、なかんずく金融機関に及ぼした影響の要因を分析した本であった。その意味では、まさに私が業務上身近で目撃した2007年夏から2009年初めまで続いたこの混乱の総括で、欧州だけでなく、最初の震源地になった米国での危機の開始から、そのアジアへの影響の分析などを整理したものである。その結果多くは、私が日常的に接してきた現象とその分析を復習するだけのものではあるが、欧州の場合は国によりこの危機が顕在化するプロセスが異なっており、それを改めて整理する上では、それなりのまとまった文献である。従って、ここでは特に、冒頭に説明されている、この危機の背後にある世界的なマネーフローに関する著者の整理と、欧州各国ごとの危機の様相を中心に見ていくことにする。著者は、IMFのエコノミストを経て、現在は慶応大学教授。サブプライム/リーマン・ショックの際は、パリ政治学院で客員教授として教鞭をとっていたとのことで、この危機の推移を現地で眺めてきたということである。

 まず、著者は、米国の国内問題であったサブプライム問題が何故欧州に飛び火したのかを説明するために、この危機の背後にある、グローバルなマネーフローの特徴を整理しているが、これは今後アジアについて見る際も重要な視点なので、まず細かく見ていきたい。
 
 著者は、危機発生前の世界貿易不均衡から議論を始める。米国を中心とした大幅な経常収支の赤字とアジア・資源国などの大幅な黒字。米国の赤字は、逆にアジア・資源国からの資金流入でファイナンスされる。こうした米国とその他世界との関係の緊密化が経済のグローバル化の根本要因であるというのは一般的な議論である。

 更に対外資産と対外債務の差額である資本収支を見ると、米国では2004年から2007年にかけて、資本収支自体は経常収支の赤字と見合う程度の変化しか示していないが、その構成要素である対外資産・債務の絶対額が大きく増加したという。そしてその対外債務の内訳を見ると、欧州系の投資家が主として米国の株式や民間債券に投資したのに対し、アジアの資金は財務省証券やエージェンシー債に向かっていたことが分かる。因みに米国の対外資産は全体の7割が株式である。

 このことは、米国が益々多くの外国の資金を受け入れ、それを株式投資と言う形で再び世界に還流させ、「世界の株式市場を活性化させることで世界の経済成長に寄与してきた」ことを示している。同時に、債券投資については、米国は大幅な債務超過になっているが、ここで注目されるのは、外国による米国債の保有6.6兆ドル(2007年末)の内、欧州による資産担保証券への投資額が政府系と民間を合わせて約2兆ドルと3分の一を占めていることである。この二つの事実が、米国市場での金融危機が世界に伝搬すると共に、欧州がまず大きな影響を被ったことの統計的説明になるのである。

 同様に、ロンドンも同じような世界的な資金還流の機能を果たしてきた。特に2002年から2007年の英国の対外債権・債務を見ると、米国同様資本収支はほとんど変わらないものの、対外債権・債務は其々10倍以上膨れているという。そしてその構成を見ると、圧倒的に国内商業銀行の対外債権・債務が大きくなっている。それはまさに世界の大手商業銀行のロンドン拠点が、「米国をはるかに越えるクロスボーダーの銀行業務を展開してきた」ことを示している。その流れは、著者の整理によると、「産油国、スイス、香港、シンガポール等」の資金を受け入れ、それを「米国、欧州等の銀行への融資・預金」や「米国への証券投資やノンバンク・企業への融資」という形で還流させているということになる。これも、今回の米国内の危機が、直接英国を襲った要因になる。即ち、欧州では、@米国以上に住宅ブームを享受した国が複数あったこと、A欧州の金融機関が積極的に米国のサブプライム・ローンを含む証券化商品に投資してきたこと、そしてB欧州の先進諸国の金融機関が新興諸国に過剰な投資を行ってきたことが、英国の対外債権の大きな棄損を発生させることになったのである。

 住宅ブームは、英国、スペイン、アイルランド、フランス、アイスランド、バルト3国で見られたが、特にスペインとアイルランドで顕著であったという。このバブル崩壊の過程は、きっかけこそ米国発の信用収縮であったが、それを除くと日本のバブル崩壊と同じ構造であったと言える。

 それ以上に直接的な欧州への金融危機の原因となったのは、対米証券投資であった。特に住宅ローンの証券化商品の巨大市場である米国の証券化商品への投資が急増し、この商品に対する信用不安が、2007年5月のUBSから始まり、ドイツのIKB、ザクセン州立銀行、ドイツ銀行、英国のHSBC、バークレーズ、フランスのBNPパリバと続く、サブプライム関連投資の巨大損失の顕在化と、続いて発生したインターバンク市場の機能停止に連なっていくのである。更に、欧州の金融機関が、域内で低金利の資金調達を行い旧東欧やバルト諸国に対するキャリートレードを拡大していたことも、インターバンク市場の危機の直接的な影響を受けることになる。

 こうして著者は、今回の金融危機の直接的な原因となった米国サブプライムローンとその証券化市場の拡大と破綻の経緯を細かく追いかけているが、これはまさに私がこうした商品の格付という業務を通じて直接観察できた世界であることから、ここでは省略する。しかし、よく言われている通り、日本のバブル崩壊と比較すると、双方とも低金利と資金余剰がもたらした点では共通するが、米国のそれは証券化という手法を通じ、リスクの最終的な引き受け手が拡散し、且つ特定できないことが、より市場の疑心暗鬼を招き、危機の長期化に繋がったと言える。

 また同様に、著者は、金融市場としてのロンドンの興隆を説明しているが、これも私が80年代の変貌を直接体験した分野であることから省略する。ただこの市場で、今回大きな話題となったノーザンロックの破綻は、米国証券への投資以外の原因によるものとして、一応見ておくことにしよう。

 ノーザンロックは、英国のビルディング・ソサエティから普通銀行に転換した金融機関である。このビルディング・ソサエティは、丁度私が80年代末に、ロンドンで地場企業向け融資を担当していた際の一つの大きな顧客グループであった。当時読んだ英国の金融革命に関する本の中でも、住宅専門融資機関として、そのシンブル且つ効率的な経営で、業務を急速に拡大していることが説明されていたのを記憶している。またこの本で書かれている通り、1986年の「金融ビックバン」の一環で業務範囲を拡大し、そのための旺盛な資金調達需要を有していたことから、当時高い格付により、安い資金調達ができた邦銀にとってはたいへん良い顧客であった。その後、この多くが普通銀行に転換し、しかし競争の激化から、合従連衡を繰り返していることは私も聞いていた。最大手のハリファックスは2001年にスコットランド銀行と合併し、HBOSとなり、このHBOSも、今回の金融危機の中で2009年1月ロイズTSBに買収されている。また第二位のアビー・ナショナルは、2004年にスペインのサンタンデール銀行に買収され、その他アライアンス・アンド・レスターも、2008年7月、このサンタンデールに買収されている。

 こうした中で、ノーザンロック(私がロンドンにいた時には聞いたことのない名前である)は、経営の独立を保ちながら、英国住宅ブームの中で、証券化を利用してホールセール市場からの資金調達を増加させ、業務を急速に拡大してきたという。しかし、この金融機関は、米国サブプライム関連商品に投資をしていた訳ではないものの、インターバンク市場の信用収縮から流動性が確保できなくなり、取り付け騒ぎに巻き込まれ、結局国有化という形で救済されるが、この事件は労働党政権と金融当局の失敗として厳しく批判される事態へと進んだのであった。そしてこの流動性危機の影響を受けたのは、過去10年の好況で、資産規模を倍増させていたロイズTSB、RBS、HSBCといった英国大手商業銀行も同様であった。著者は、その状況を「証券化市場やインターバンク・マーケットを通じて欧米で金融統合が進んでいたからこそ、サブプライムローン危機は欧州に飛び火」し、「しかも英国の大手銀行はサブプライムローンを含む証券化商品などに積極的に投資していたため、海外資産からの評価損・損失額が大きく」なったと説明している。こうして、金融当局は、流動性供給や政府保証を中心とした救済策を打ち出すが、EUの発表した2008年の金融危機対応の総額3兆7193億ユーロ(約500兆円)の内、英国は実に7812億ユーロ(約2割)という巨額の支援を余儀なくされたのである。著者は続けて、この危機を受けての英国の金融機関監督体制の改革やその日本への教訓などについて詳述しているが、それは省略する。

 以降、英国以外の欧州諸国の金融危機の波及状況が説明されるが、これについては要約的に記載していこう。

 まずドイツ。「製造業と比べて評価の低い」ドイツの金融部門は、私もさんざん90年代に接触したとおり、州立銀行を中心に公的金融機関の比重が大きいが、こうした金融機関が、高い格付を利用して低コストで調達した資金を米国サブプライム関係の証券化商品に投資していたというのが、この国への波及の主因である。しかし、住宅バブルのなかったドイツでのもっとも大きな破綻であったハイポ・リアル・エステートの破綻要因については、充分な説明がなされていない。金融危機を契機としたこの国の金融再編は、今後注意して眺めていこうと思う。

 フランスの場合は、前述のBNPパリバを含めて、米国サブプライム関連商品への投資で損害は発生したが、その総資産に占める比重は小さく、また大手商業銀行も伝統的に預金による調達が中心であったことから、流動性危機の影響も最小限で済ませることができたという。そして例えばBNPパリバは、金融危機後のベルギーのフォルティスの買収等を経て、預金総額5400億ユーロ(70兆円)を越える欧州最大の金融グループとなる。

 また著者は、この危機の間の両国のマクロ経済の特徴を比較しているが、輸出主導経済から、日本と同様、生産拠点を海外に移転しコスト削減への転換を進めてきたドイツが、国内空洞化により内需が低迷しているのに対し、「高福祉・高負担」のフランスが「失業保険や所得補償が相対的に潤沢」であることから、失業者の増大にもかかわらず消費が持続していると指摘しているが、これがその通りだとすると、なかなか興味深いマクロ経済現象であるといえる。因みに、2003−2006年平均の実質経済成長率も、ドイツよりもフランスのほうが高かったという。

 著者は、ユーロ高とECBの金融政策を巡るドイツとフランスの軋轢にも触れている。ユーロ高による「貿易悪化」を懸念するフランスと「インフレ抑制」重視のドイツは、ユーロ導入以前からあった基本姿勢の相違であるが、2007年以降サブプライム危機が欧州に飛び火すると、利下げを渋るECBにサルコジが噛みつき、それをメルケルが牽制するという構図が一層明確になる。その対立は、2008年9月のリーマンショック以降ECBが緩和政策に舵を切ったのでいったん収まったが、その後は、冒頭に書いたとおり、むしろギリシャ等の南欧諸国の財政悪化とそれに対する市場の攻撃を受け、むしろユーロ圏の弱小国家を守るために、ドイツ等の域内大国が自国の予算から支援を行うかどうかという問題に転換している。これについては、この本ではまだ論じられていない。

 アイルランドとスペイン。ヨーロを採用している両国であるが、特にアイルランドは1986年から2000年代初めにかけて製造業中心に急速に成長し、「ケルトの虎の奇跡」と呼ばれた。またスペインも住宅・建設産業と流通・金融などのサービス産業に牽引され1995年から2007年まで途切れることなく年率4%前後の成長を維持してきた。

 この両国も、金融危機の影響を受ける。両国とも、成長の過程でユーロ圏の中では高いインフレにも関わらず、ECBが全体としては金融緩和気味の政策を取ったことから実質金利がマイナスとなり、それが双方の国の銀行資産、なかんずく住宅関連融資の膨張を伴いバブルを形成していった。アイルランドの銀行の場合は、国内のみならず、特に英米での不動産融資にも積極的であったという。その過程で急増した市場での資金調達への依存が、インターバンク市場の機能停止により金融危機となって、政府による主要銀行の国有化という事態を招くことになる。但し、スペインの場合は、金融当局が「景気変動に合わせて貸倒引当金を調整する制度」と「簿外取引の連結化」いう先進的な規制を導入していたことから、大手銀行の傷は浅く、既に2008年に相応の利益を確保すると共に、前述のサンタンデール銀行のように危機に瀕した英国の金融機関を買収するなどむしろ金融危機をきっかけに積極的な拡大策に打って出ている。しかし「カハ」と呼ばれる地方貯蓄銀行には危機の深刻な影響が及んでいるという。

 続いて、バルト3国及びポーランドとハンガリーという、旧中東欧でいち早く経済成長と遂げた諸国への危機の伝播を見る。通貨改革を行い、自国通貨をユーロに連動させることにより外資を導入し成長を遂げてきたこれらの国であるが、金融システムは未熟で、国内の金融機関は民営化後にほとんどが欧米の金融機関の参加に入ったが、これらの金融機関は、例えば低金利のスイスフランで資金調達し、そのまま外貨建てで融資するという「キャリートレード」を実行していたという。自国通貨が経済成長を背景に増価している限り、このシステムは回っていたが、それがいったん逆回転を始めると、為替差損のつけがいっきに国民に向けられることになる。急激な資本流入による対外債務の増加(但し、アジア危機のような通貨のミスマッチは少なかったという)と、銀行融資の急速な収縮、そして為替のユーロ連動という政策が、そもそも規模の小さいこれらの国の経済を直撃した。この結果、この地域の多くの国がIMFの支援プログラムを受け入れ、対外債務の圧縮を余儀なくされる事態に至ることになる。

 最後は、「金融経済が実物経済をのみ込んだアイスランドとスイス」である。アイスランドの銀行は、私が格付機関に勤務していた際、別の格付機関が最上級のAAAから一気にAレベルまで下げて、大きな論議を引き起こしたことでも記憶が新しいが、この国の金融制度の破綻経緯は、基本的にはノーザンロックなどと同様、資産の急増により市場調達への依存が高まっていたことが主因である。しかし、それ以上にこの金融危機が国家危機に至ったのは、まさにこの国の銀行総資産がGDPの9倍という異常なレベルにまで膨れていたことによる。この結果、全ての銀行が国有化されると共にIMFプログラムによる支援を要請、この過程でアジア危機以来となる資本取引規制の導入も余儀なくされる。そしておまけとして、預金保険の適用を、自国民の預金に限定することにより、インターネット取引を通じて高金利に惹かれて移転してきていた英国民の預金が保護対象外になったことから、2008年10月、英国が「反テロ法」を準用し、アイスランドの英国内の資産を凍結するという泥仕合に発展した。最終的には2009年6月に妥協案が締結されたが、欧州金融市場の統合が進んでいることにより、この危機の混乱が増幅されたといえる。

 他方で、スイスのケースは、同じく銀行の総資産がGDPの7倍という規模にある金融立国であり、またUBSやクレディスイスがサブプライム資産に投資していたことはあったが、金融システムそのものは大きく傷つかなかったという。主因は、その前に国内での資産膨張がなく、また危機発生後、中央銀行が速やかに市場に流動性を供給したために、調達面での困難を回避したことが挙げられている。しかし、最後に、著者は、銀行の守秘義務を巡るUBSの米国プライベートバンキングでの軋轢を紹介し、伝統的なスイスの銀行業務が転換期を迎えていること、及びこの問題が「タックスヘブン」を巡る規制の強化の議論を促していることを示唆しているが、これは私の現在の仕事に関連するデリケートな問題である。

 ということで、まさに今回の金融危機とそれに対する各国金融当局の対応、そして教訓を整理することになったが、繰り返しになるが、金融の世界に身を置いているものから見れば、この世界は特段新鮮なものではない。冒頭にも書いたとおり、歴史的に見ると、欧州の現在の問題は、統一通貨の導入以前から指摘されていたとおり、単一通貨と政治主権の分離が、「平和で成長力を維持する欧州」を危機に晒すのではないかという点が最も重要なテーマである。欧州が「迷走」するとすれば、もちろん経済・金融も一つの契機にはなると思うが、それ以上に、この100年の計画が、今後更に進化をするのか、それとも後退を余儀なくされるのかを巡って繰り広げられる議論次第ということである。私がドイツに滞在していた時期、まさにヨーロの導入に向け、マルクを放棄するという形で、ドイツは「欧州化」に舵を切ったと言われた。しかし、今回南欧諸国支援に尻込みするドイツを見ると、やはり私が滞在していた90年代初めの時期に、統一で自信を持ったドイツが一時強い自己主張を始めたことを連想する。「欧州のドイツ化」というベクトルが強くなると、歴史的に欧州は分裂する危険がある。その結果が、昔のような全面戦争になるとは思えないが、少なくとも世界のひとつの主要な地域が不安定化し、それが政治・経済・社会に大きな影を投げかけることになる。「ドイツ問題」が不死鳥のようにまた首を持ち上げようとしている。それは歴史の中で繰り返されてきた、地政学的に欧州の中心に位置するドイツの宿命なのである。ドイツは、そしてドイツ人は変わることが出来るのだろうか、それともまたシューシュポスのように、同じ苦難を繰り返すことになるのだろうか?まさに、欧州を見る時には、こうした中長期的な歴史的視点から観察することが必要なのである。その意味では、残念ながらこの本は、国際金融実務入門書であり、本来の欧州を観察する時に必要な哲学的・歴史的な刺激を欠いた、やや物足りない作品であると言わざるを得ない。

読了:2010年7月3日