アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ドイツ読書日記
第十章 欧州統合の視線から
第三節 ユーロ
ポピュリズムとは何か 
著者:水島 治郎 
 ポピュリズムが世界を席巻している。特に欧米先進資本主義国を中心に、大衆受けする短期的な政治キャンペーンを行う政治勢力が、既成政党による政治運営への不満や飽きもあり、存在感を伸長させている。こうした現象を、グローバルに考察した新書である。著者は、1967年生まれのオランダ政治史の専門家であるが、そのオランダの例に留まらない現象としてのポピュリズムの形態と変貌、そしてその勢力伸長の要因分析を行っている。それは、欧米、日本のみならず、今私が暮らしているアジアの国々も含め、成熟しつつある先進資本主義国の将来を見る上で避けることのできない問題である。

 西欧先進資本主義国のポピュリズム政治運動の特徴は、それが従来の「反体制」、「民族主義」、「権威主義」といった属性を持つ極右政党から、「デモクラシーの枠内で、移民批判や既成政党批判など、既存の政治・政体のあり方に対する異議申し立てを行う政党として『進化』し、有権者の支持を獲得することに成功した」という点にある。まさに彼らは、「『リベラル』や『デモクラシー』といった現代デモクラシーの基本的な価値を承認し、むしろそれを援用して排除の論理を正当化」するという意味で、泡沫政党から脱却することに成功した。そして現代の既成政党による政権運営が、こうした批判への大衆的な支持を促すという問題を抱えていることを物語っているのである。

 ポピュリズムの定義については、@「固定的な支持基盤を超え、幅広く国民に訴える政治スタイル」又は「政党や議会を迂回して、有権者に直接訴える政治手法」と、A「『人民』の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動」という2つに大別されるというが、著者の立場はAに近い。
 
 その上で、著者は、ポピュリズム発祥の地としての南米(例えばアルゼンチンのペロン政権―「エヴィータ」!)から議論を始めているが、それは省略し、現代の実例を中心に、その具体的な例を見ていくことにする。まず著者は、20世紀中葉までは、ポピュリズムは、その名前を冠した政党が生まれた米国を除けば、主としてラテンアメリカ、ロシア、アジア、アフリカ中心の傾向だったことから、「こうした地域の『後進性』こそがポピュリズムの温床となる」と言われていたにもかかわらず、21世紀に入り、そうした傾向が「デモクラシーが根づき、政治的・経済的に成熟期を迎えたはずのヨーロッパで、ポピュリズムが幅広い支持を獲得している」ことから、その理由を3つに整理している。それは、@「グローバル化やヨーロッパ統合の進展、冷戦の終結といったマクロな変化の中で、(中略)既成政党の持ってきた求心力が弱まり、政党間の政策距離が狭まったこと」、A「政党を含む既成の組織・団体の弱小化と『無党派層』の増大」とそれに伴う「エリートと大衆の断絶」、B「グローバル化に伴う社会経済的な変容、とりわけ格差の拡大」ということになる。

 また、現代ヨーロッパのポピュリズムの特徴としては、@「マスメディアを駆使して無党派層に広く訴える政治手法」、A国民投票や住民投票を活用するなど「デモクラシーの真の担い手」という主張、そしてB「政策面における『福祉排外主義』の主張」ということになる。こうした整理を受け、著者が紹介しているヨーロッパのポピュリズムの実例を、まず右翼政党から出発したフランス、オーストリア、ベルギーの例から見ていくことにする。

 フランス国民戦線は、既に多くが語られている。元々右翼排外主義的政党として活動していたが、初代党首ジャン・マリー・ルペンの下で1990年代に移民排除と福祉政策を組み合わせる「福祉排外主義」を掲げ、「グローバル化やEU統合を、民衆をないがしろにして大企業を優先するものとして批判」すると共に、「家族手当の引上げや休日の保障に賛成し、公共部門のストライキの支持」といった主張で「民衆階層」の支持を拡大していく。2002年の大統領選挙第一回投票で、彼がシラクに次ぐ第二位につけたのは衝撃的な事件であった。そして、2011年、娘のマリーヌ・ルペンが党首に就任すると、更に党勢が拡大することになる。

 オーストリアのケース(「自由党」)も、フランスの場合と同様、元ナチ党員等が中心となる右翼政党として長らく泡沫政党であったが、1986年に元ナチ党員の息子ハイダーが党首に就任すると移民・難民への反対姿勢を明確にすると共に、「アピール力のある若手を積極的に登用し、要職に就けて党の『清新な』イメージを強調」することで勢力を拡大する。1999年の総選挙では、従来の二大政党の一つである国民党を凌ぐ第二党となり、国民党との連立政権を樹立。これは「極右政党の政権参加」ということで「国際的にも大きく報じられ、EUからは懸念が表明された」という。その後、自由党は党内抗争からハイダーが離党、その後交通事故死するなどの過程を経て、現在はホーファーが指導者となっているが2016年の大統領選挙で、彼が僅差で敗れるところまで支持を拡大しているという。

 そしてベルギーの「VB」。これも老舗の右翼政党であると共に、オランダ語圏であるフランデレンの地域主義政党(ベルギーでは、フランス語圏エリート主導で政策が遂行されてきた)であったが、1990年代以降、「権威主義的な右翼政党から、反移民―とりわけ反イスラムーを軸とした『現代的』政党への転換」を果たすことにより勢力を拡大していく。そしてこのVBは、「反イスラムの国際的ネットワークの先鞭をつけた政党」としても重要であるという。

 しかし、このベルギーのケースでは、既成政党がVBの躍進の衝撃から、各種の「防疫線」を張ると共に、既成政党自体の活性化を図ったこと、更にはより穏健な新フレンデレン同盟という別のポピュリズム政党の躍進もあり、足元ではVBは議席を減らしているという。しかし、著者は、ベルギーの政治が「二大政党を軸とした、閉鎖的な政治エリートによる利益誘導政治からは大きな変化を遂げた」背後には、このVBの存在があったとして、このポピュリズム政党の一定の役割を認めている。

 こうした右翼政党を出自とするポピュリズム政党以上に興味深いのは、リベラルの立場から、特に「反イスラム」を唱え支持を拡大しているデンマークとオランダの例が取り上げられている。

 この両国は、社会・労働政策や環境政策で先進的な国々であるが、他方「この二国は、反移民を掲げるポピュリズム政党が21世紀に入って躍進を遂げた国である。」そしてこれらの政党は、実際の政治に強い影響力を示しており、その結果「両国の移民・難民政策は大幅に厳格化されており、今やこの二国は、ヨーロッパで最も移民に厳しい国々に分類されている」という。そして思想的に興味深いのは、「これらのポピュリズムは、西洋近代の『リベラルな価値』を前提とし、政教分離や男女平等を訴えると共に、返す刀で『近代的価値を受け入れない』移民やイスラム教徒への批判(「全体主義」や女性差別等)を展開している」点である。デンマークの進歩党(新自由主義的傾向)とそこから分裂したデンマーク国民党(福祉排外主義的傾向)と、オランダのフォルタイン党(左翼の社会学者フォルタインが設立した政党。「啓蒙主義的排外主義」。フォルタインは2002年の選挙遊説中に暗殺される)と、その傾向を引き継いだウィルデルス率いる自由党(「一人政党」。反イスラム、反EU、反エリート)がその例として取り上げられているが、詳細は省略する。

 更に、「デモクラシーの論理を究極的に体現した国民投票が制度化されたスイスで、まさにその国民投票制度をてことして、ポピュリズム政党(スイス国民党)が伸長」していることが紹介されている。元々は、農民や中小企業層の支持を基盤とするこの弱小中道右派政党が、1990年代に入る頃からのスイス社会の構造変化や経済問題で「政治エリートたちが進めるEUなど国際機関・超国家組織への接近路線は、ヨーロッパで孤立しつつも繁栄を謳歌してきたスイスの独自性を損なう」という雰囲気が広がる中、主として移民問題、国際組織への加盟問題、税を巡る問題などでの国民投票を通じて影響力を拡大していったという。チュリッヒで事業に成功した富豪ブロッハー率いるこの政党は、その後も@政治エリート批判、Aスイスのアイデンティティの保持、B移民批判を核に、主張を先鋭化させるが、それでも支持は拡大し、2003年の総選挙では、1959年以来のスイスの「魔法の公式(=閣僚数は、国民党以外の三党が二ポスト、国民党が一ポスト)」を変更する閣僚二ポストを獲得するに至ったという。その他、「ミナレット(イスラム寺院の尖塔)建設禁止」や「反移民」案などの国民投票で勝利を獲得する。こうして「スイスは、その純粋民主主義的な制度のゆえに、ポピュリズムによる先鋭的な主張が有効に作用する民主主義」となったというのが著者の総括である。

 そしてポピュリズムの拡大は、2016年6月の、英国でのEU離脱国民投票でも示されることになる。この国民投票で重要な役割を演じたのがポピュリズム政党であるイギリス国民党であったという。元々は保守党員で、反EUのファラージ党首となってからまずは欧州議会で勢力を拡大し、その後、反EUに加え移民問題や既成政治への批判へ主張を広げ、保守層のみならず、労働党支持層も含めた「置き去りにされた人々」の支持を取り込んでいく。そしてそうした流れの中で、EU離脱国民投票のある意味予想できなかった結果が待っていたのである。「残留派は主として離脱による経済面の打撃を主張したが、すでに経済的に疲弊している地域に『置き去り』にされた人々にとって、それは心に響くものではなかった」という著者の指摘は、そのまま、その後の米国大統領選挙でのトランプの勝利にも当てはまる。そしてこの新書の最後は、このトランプ勝利を含め、このポピュリズムのグローバル化を論じている。

 トランプに加え、現在は失速したが日本での「日本維新の会」の躍進(橋下とフォルタインの類似性)、そして改めてマリーヌ・ルペンの下で変質したフランスの国民戦線と、ドイツでの「ドイツのための選択肢」が取り上げられている。こうしたポピュリズム政党は、「もはや小国ではなく、EUの中核をなす大国でも浸透」することになる。またその原型を作りだしたラテンアメリカでは、引続きベネズエラなどでは「解放型」の左派ポピュリズムも依然力を持っている。

 こうしてポピュリズムの世界的広がりを総括し、繰り返しになるが、著者は何よりも現代のポピュリズムの「リベラル型」への収斂が注目点であると指摘する。それは、「『リベラル』や『デモクラシー』といった現代デモイクラシーの基本的な価値を承認し、むしろそれを援用して排除の論理を正当化する」のである。更に、それは確かにカリスマ型の指導者の下でブレークするが、そうした指導者の退場後も、決して支持が消滅するわけではない。それは確かに現在の社会の問題を吸収する力を持っているのである。そして隘路に陥った既往の政党政治に対し、「改革競争」を促すし、社会の「再活性化」というポジティブな効果を有することもある。他方で、著者が、フィリピンのデュテルテで危惧しているように、制御不能なほど暴走する危険も有している。いずれにしろ、著者が「ディナーパーティの泥酔客」と比喩するこうした「タブー破り」の政治勢力を、現代政治の枠組みの中で如何に前向きな改革に向けて使っていけるかは、夫々の国も指導者、そして国民意識にかかっている、というのが著者の結論である。

 政治の世界では、古今東西、体制の如何を問わず、指導者は、何らかの形で支配の正統性を確保することが必要で、そのために一般大衆の支持を受けることは、その大きな力の源泉であることは全く変わっていない。それは北朝鮮のような独裁国家でさえ、メディア操作を通じてその支持を維持しようとしていることからも明らかである。政治支配の形態については、政治学の世界で、M.ウェーバーによる「伝統的支配」、「カリスマ的支配」、「合法的支配」の分類等を含め、数々の議論が試みられてきたが、基本的には、どのような支配形態であっても、有形無形の一般大衆の支持が最低の要件であることは変わらない。ここアジアでは、第二次大戦後、開発独裁と呼ばれる権威主義政治体制が続いた時期があったが、ここでも指導者に対する一般大衆の支持は常に重視された。1997−8年のアジア通貨危機に伴う政権交代は、こうした一般大衆の支持が離れていった時に、如何にその体制が脆弱であるかを示したものであった。他方、タイのタクシン政権のケースのように、選挙を通じた大衆の支持を、既成エリートの支持を受けた軍部がクーデターで倒す、といった例もあるが、新政権があらゆる手段を講じて、民衆の支持を高めようとする「正統性の闘い」も続けていることは言うまでもない。そして現代西欧民主主義国家においても、そうした一般民衆の支持を得るための「正統性の闘い」は、その時々の経済・社会情勢を反映して、争点が変わっていくことは当然である。その意味で、ポピュリズムというのは、決して現代の特殊現象ではない。ただ確かに著者が指摘しているように、現代西欧民主主義国家においては、EU統合、移民・難民問題、そしてモスレム受容問題等で、指導層の政策理念と一般民衆の心情が乖離しつつあるという現実は無視することができない。EU統合は、政治統合という理念と統合に伴う経済効果の評価で、エリート層の理念と一般大衆の心情がズレ始めていることを示しているし、移民やモスレム受容問題は、指導層の人権理念と一般民衆の生活実感の乖離と見ることができる。それは確かに現代的な新しい政治課題なのである。そうした問題につき既往の政治指導層が対応できない場合は、当然それを批判する新しい勢力が政治的な力を強めることになる。現代のポピュリズムというのは、まさにそうした乖離が生み出した現象なのである。そして理念の面では、確かに著者が指摘しているような「西洋啓蒙主義のリベラル陣営」から、移民・難民、モスレム排斥の主張が出てきているというのも、新しい現象である。しかし、考えてみれば、宗教問題などは、政治的な立場とは別のレベルの心情が反映するので、右翼・左翼を問わず、そうした主張が出てくることは十分考えられる。従って問題は、個々の政治争点について、理念と現実対応双方で、如何に国民を納得させられる対応ができるか、という、ある意味単純なものなのである。既往指導層がそれに失敗すれば、当然大衆に直接訴える新しい批判勢力は支持を広げることになる。その意味で、この新書での議論は、冷戦が終了したが、その後の世界のパワーバランスが固まらず、また経済面でも低成長を余儀なくされ、それが新たな貿易摩擦を生み出している中、グローバル及び一国内の格差拡大や移民・難民を含めた人口移動の激化が進む現代が直面している課題そのものなのである。

読了:2018年6月2日