グローバリズム以後
著者:エマニュエル・トッド
朝日新聞記者たちによる、反米、反EU(反ドイツ)の論客エマニュエル・トッドと、1998年から2016年の間に行われたインタビューをまとめた新書で、出版は2016年10月。新しいものから順に並べていることから、読み進めるに従って古さを感じることになるので、ここでは前半に収録されている比較的新しいものを中心に見ておくことにする。
この本の中での最新、2016年8月のインタビューで、トッドは、グローバリズムが今や転換点に来ていること、そしてそれを先導してきた米国社会が、「自由貿易、生活レベルの低下、絶え間のない構造改革のもたらした経済的な不安定、高齢になったときになにが起きるか分からないという退職後の不安」といった要因で弱体化していることを指摘している。それがこの時点では、まだ共和党の候補に選ばれたばかりであるトランプの言動に象徴されているという。それは、今まで約一世代にわたって進んできた「国家の弱体化」の転換を促している。それがトランプの保護主義、自国優先主義といった主張への民衆の賛同や、英国のEU離脱を促すことになる。またEU内で指導力を発揮してきたメルケル率いるドイツが、シリア等からの大量移民を受入れようと呼びかけたことから、ドイツに対する民衆の懸念も広まり、EUの一体感に不安が漂っている。
そのように指摘した上で、トッドは、「地に足の着いた民主主義」がこうした問題を解決する方策であるとする。そのためには、「高等教育を受けた人たちが、自分の国の人々をほったらかして、この惑星全体をながめようとしたり、自分たちが世界中のすべての人と連帯しているのだと考えたりするのをやめること」であるとしている。いわば、「エリートによる自国主義への回帰」を主張しているようである。
またその前、2016年1月のインタビューでは、夫々の国家や民族の家族形態を念頭に置いた国作りが重要で、トルコやイランはそれに成功しつつあり、またシリアやイラクのような国家が不安定なのも、識字率の向上や出生率の低下を含む「近代化」への移行期にあることが主因で、それほど懸念する必要はない、といった趣旨のコメントをしている。
これらは、基本的に、私が今まで接してきた彼の新書―「『ドイツ帝国』が世界を破滅させる」や「問題は英国ではない、EUなのだ」等―で展開されてきた議論である。グローバリズムの転換点と国民国家への回帰はこの時点での大きな流れであり、それは米国にとっても、EUにとっても不可避であるように見えた。そうであれば、それをどのような形で進めていくのが、夫々の国民にとって好ましいのであろうか、というのは、確かに議論に値する課題であった。
ただ、この新書の出版から6年近くが経過し、再び世界の流れは変わってきている。確かに、2020年初めからの新型コロナの世界的感染拡大は、人の移動に対する国境封鎖という形で、ある意味、国民国家の枠組みを強く意識させる方向に変えることになった。しかし他方で、米国では民主党バイデン政権が、トランプの反欧州的姿勢を転換させ、再び国際協調の流れに戻りつつある。また今回のロシアによるウクライナ侵攻は、EUから離脱した英国を含め、欧州の一体化を促すことになった。更に、メルケルに率いられた「強い」ドイツが、新たな社会民主党シュルツ政権の下で、対中国姿勢の変化なども示し始めており、それがEUの政策決定自体に、どのような変化を促すかも興味深い。その意味で、トッドが言うような、単純なグローバリズム解体と国民国家復活、といったことではない、むしろ状況に応じての国際連携と国民国家の使い分けが、より柔軟に行われつつある、というのが現状である。そして、著者が得意とする人口動態や家族形態を踏まえた今後の展望も、そうした流れの中で議論していくべき状況になっていると思われる。それがどのような議論になるのかは、ここでのインタビューの中では明確に語られていない。また日本に対して核武装の必要性を主張した2006年のインタビューも余りに非現実的で、論評するにも値しない。
そんなことで、足元の国際情勢の大きな変化を実感させると共に、現時点ではあまり時間を費やす価値のない新書であったという気持ちが残ることになった。
読了:2022年4月30日