アジア・ドイツ読書日誌と
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ドイツ読書日記
第十章 欧州統合の視線から
第三節 ユーロ
ウクライナ侵攻とグローバル・サウス         
著者:別府 正一郎 
 1970年生まれのNHK報道記者によるウクライナ戦争のルポで、2023年8月の出版である。現在は国際報道のキャスターを務めているというが、あまりテレビで見た記憶はない。しかし、なかなか渾身のルポになっており、特に、かつて彼が取材した英米によるイラク侵攻との比較や、出版直前まで彼が駐在していた南アフリカ、ヨハネスブルグを起点にしたアフリカ諸国のこの戦争に対する姿勢などは、この問題をより根源的且つグルーバルに考える上での多くの課題をきちんと整理して提示しており、強い説得力をもたらしている。もちろんこの新書の出版後も、この戦争は一進一退を繰り返しており、最近でもウクライナが初めてロシア国境を越えた攻撃を仕掛け、ロシア領の幾つかの街を占領し、プーチンが、それに対する反攻を宣言する等、新しい展開を示しており、停戦に向けた具体的な動きはないままであるが、著者の提示した視点は依然有効性を持っていると思われる。

 まず著者は2022年2月24日の開戦後直ちに、ヨハネスブルグからポーランド経由でウクライナに入り、同年11月まで5回に渡り現地取材を行っている。当初のロシアによる攻勢をウクライナが何とか食い止めるが、インフラ施設の破壊などの攻撃は続き、またその過程で占領地でのロシアの住民虐殺などの戦争犯罪も明らかにされたことは良く知られている。こうした実態を著者は、ウクライナ側の政治家や行政官、そして家族を失った庶民へのインタビュー等も含め生々しく伝えている。そして基本的にはウクライナとそれを支援する欧米側に立ちながらも、かつて彼がカイロ駐在時代に取材した2003年の英米によるイラク侵攻と重ねながら、この際の英米による国連無視が、今回の戦争で再び繰り返されたことを指摘する。拒否権を持つ安保理事会常任理事国が引き起こした事態は、結局国連の機能麻痺をもたらすという既知感が語られるのである。

 更にこの著者の視点の特徴は、駐在する南アフリカを起点にした、アフリカ諸国のこの戦争に対する姿勢を、欧米による植民地支配への苦い記憶と重ねながら描いている点である。もとより国連安保理事会はロシアの拒否権により機能しない中、拘束力を伴わない総会でのロシア非難決議で道理的・倫理的圧力を替えようとしているが、そこではアフリカ諸国の多くは棄権し、賛成票を投じることはない。その理由としては、欧米による植民地支配の記憶に加え、国内での反テロ対策等でロシア(そして中国)への期待が強いことが挙げられている。現在は解体されてしまったが、私兵集団ワグネルによる対モスレム・テロリスト戦での、正規兵では難しい「残虐」な対応を含めたロシア(そして中国)への依存が欧米への支持を忌避させることになっている。そして、この新書では触れられていないが、現在ではそれにガザでの、欧米の支持を受けたイスラエルの「過剰防衛」への「ダブル・スタンダード」批判も加わることになる。ウクライナでの取材の合間に行われた、著者本来の担当地域であるアフリカでのこうした取材が、この著作の説得力を増すことになる。著者は「パラレル・ワールド」という表現を使っているが、こうしたグローバル世界の分断が、まさに現在の世界分極化の最大の問題となっていることを、改めて深く認識させられる。そしてそれは東南アジアでも同様である。最近、マレーシアとタイのBRICS加盟検討という報道が伝えられているが、これも中国との経済的関係強化が、単純なロシア批判を抑える要因になっている一例である。そしてロシアと中国の連携に対する欧米の疑惑を認識しながらも、モスレムの立場からのガザでのイスラエル批判も含め欧米への不信も隠せない東南アジア諸国の「両睨み」姿勢も、国連活動の制約になっていることは間違いない。

 こうしたグローバル・ベースでの多面性を、完全ではないにしても、改めて示してくれた点で、読み答えがある新書であった。この著者のNHKでの報道番組も探してみようと思う。

読了:2024年8月13日