ヨ−ロッパの祭りと伝承
著者:上田重雄
講談社学術文庫に収録されている欧州物は、阿部謹也の作品を含め、私の趣味に合うものが多い。確かに欧州の歴史物は、アカデミズムの中でないと、なかなかじっくりと研究するのは難しいし、そうした地味な作品をこの文庫は数多く取り揃えている。この作品についても、早稲田大学文学部の宗教現象学(?)の専門家が、欧州の四季折々の習俗を、現地から収集しまとめた、地味ではあるが、手間隙かけた作品である。
著者は、主としてドイツやオ−ストリアといったドイツ語圏から、数々の習俗を収集しているが、基本的な視点は、これらの中で、ゲルマン固有の習俗と、キリスト教的習俗が時として共存あるいは拮抗・対抗しているとする見方である。例えばクリスマスツリ−は、本来はゲルマンの巨大聖樹の神話に由来するが、キリスト教文化の中ではむしろこの信仰は抑圧され、中世ではピラミッド(我々もドイツで購入してきたが)がクリスマス飾りの中心であったという。ツリ−の形で文書に登場するのは約300年前になってからであり、宗放改革後のことであった。カトリックは木そのものを崇拝すること自体は容認しだものの、それを飾り立てることは禁じたというのである。あるいは2月14日の聖バレンタインの日から始まるファストナハトの魔女(ヘクセ)と馬鹿者(ナ−レン)の騷ぎは、冬の終りを期待するゲルマン習俗と魔女を隔離するキリスト教文化の混交したものである。4月末のベルギリウスの夜の魔女の集いも、本来ペルヒタとかホレと呼ばれていたゲルマン的な山や森の精霊を一定の場所に隔離しようとするキリスト教的観念であるという。
その他著者はドイツ圏各地から色々な習俗、祭りを収集し、紹介している。エッフェルトリッヒ(バンベルグ/エアランゲン間)の鞭ならし、ロ−テンベルグの羊飼いの踊り、エヒテルナッハ(ルクセンブルグのドイツ国境)の踊りの巡礼、シュタウフェン(シュバルツバルドにある実在のファウストが錬金術に勤しんだ町)の聖アンナの祭、ブロインリンゲン(ドナウ源流近く)の鎌踊りと雄鶏踊り等々。あるものは私のドイツ時代を懐かしく思い出させ、またあるものは直接、接することができなかったことについての後悔を感じさせるものである。
しかしながら、残念ながらそうした自分の生活した地域に対するノスタルジ−を越えたものがこの書物からは聞こえてこない。柳田邦夫が、そしてそれを素材に日本の土着的共同幻想を示した吉本隆明のように、本来古典的・上着的習俗は、政治的・思想的な素材の宝庫であると言える。残念ながらこうした観点で見ると、この作品は、現実とのアクチャリティを喪失したアカテミズムの産物であった。阿部の作品が同じ地域の同じような時代を扱っていても、より興味深く読めるのは、彼の分析視角が、現代的問題関心を基底に置いているからである。その意味では、素材としては深める価値を有するものの、現実との緊張を失っていることが、私がこの書物を読了した際、ほとんど何も感じる、あるいは内容が心に残らなかったことの原因なのであろう。
読了:1999年6月28日