大真面目に休む国ドイツ
著者:福田 直子
続いて気楽な読み流しは、ドイツ在住フリーランサー・ジャーナリストによる、ドイツ人人生観の観察記である。ドイツ人の休暇を中心に、かつて慣れ親しんだ世界を軽い筆致で描いている。
長く安くゆったりした休暇。世界中のレジャ−ランド化。このドイツ人−のみならず欧州人一般と言っても良いであろう−が戦後一般化させてきた休暇の概念は、現在の会社での一般的な日本人の休暇を見るにつけ、つくづく質的に違うものを感じる。確かに昔に較べて休暇を海外で過ごす日本人も多くなった。そしてドイツ人のように、町をドイツ化する、という傾向も、グアムやサイパン−そしておそらくはハワイ−でも見られ始めている。しかし世界中どこへでも、かつあれほど大量且つ安価に移動するという光景は、日本の海外休暇のインフラがそろっていないこともあり、ドイツと比較すべくもない。何よりもまずツア−の値段が違う。そして空港へのアクセスが違う。そして最後にリゾ−トの選択肢の広がりが余りにも異なっている。こうしたインフラの差が、日本人の海外旅行を、物見遊山中心の、特別なものにしてしまっているのであろう。
もちろん、この本に書かれている通り、ドイツ人がどこへでも出て行く故に、悲惨な体験をすることも多い。フィリピンでのイスラム原理主義「アブ・サヤフ」による誘拐監禁事件、カシミ−ルでの誘拐殺人、コンコルド墜落等、観光客の受難現場には、必ず多くのドイツ人観光客が含まれている。しかしそれでもドイツ人は出かけていく。バレアレス諸島のマヨルカ島は人口60万人の島であるが、90年代末にはここに年間300万人のドイツ人観光客が訪れたという。カナリ−諸島と同様に、ドイツ人に混じってそこを訪れた我々は、海岸沿いの繁華街の至るところにドイツ語とドイツ料理が溢れているのを見て、「本当にここはスペインなのか」と思わざるを得なかったのである。しかし、こうしてドイツ人が世界で落とすマルクは、世界の観光業売上の約20%にのぼり、スペインやポルトガルといった相対的に工業化の遅れた諸国にとっての貴重な外貨収入となっているのである。
そのドイツ人は、バカンス地にFKK(Freie Koerper Kultur)を持ち込み、独身者たちはホリデイだけのパ−トナ−を募集する。2000年のハノーバー万博はさんざんの不振となったが、「万博よりバカンス」の国柄。アフリカへの冒険旅行の後は病気を持ち込むこともある。高い税金のため可処分所得は然程多くないが、住居とバカンスには惜しげもなく金をつぎ込むことが出来るのは、基本的な社会資本と豊かな年金制度の賜物である。しかし、21世紀のドイツは日本と同様、そうした社会基盤が変化しつつあるのは間違いない。90年代に親しんだこのドイツ人の生態が、今後も続くかどうかは、この未曾有の世界的不況を彼らがどのように乗り切るかにかかっているのではないだろうか。そしてその面では既に大きく遅れをとっている日本もまた、構造転換が人びとの生活パタ−ンを変えていくことにより、休暇の行動様式も変えていくことは間違いないであろう。
読了:2001年8月30日