いまどきのドイツと日本
著者:マライ・メントライン他
ドイツの戦後社会運動についての本格的な研究書の後は、2021年9月出版の、日本とドイツの比較を主題にした気楽な県談本である。県談をしているのは、表記の著者に加え、池上彰と増田ユリアの3人。池上は言うまでもないので、他の二人について触れておくと、まずマライは、キール出身で、日本人と結婚し日本に在住している「職業:ドイツ人」。私は知らなかったが、NHKのドイツ語番組から始まり、その他のテレビ・バラエティーにも出演しているようで、この本を読んでいる内に、日本語力も含め、なかなかの情報通且つ分析力を持つ人物であることが分かってきた。また増田も、私は初めて聞く名前であったが、日本史、世界史の教師を経てジャーナリストとなり、世界各国を取材で飛び回りながら多くの著作を出版している。そして、池上と増田が出演していたテレビ番組に、偶々マライが出演したことで意気投合し、この企画になったということである。読み始めた直後は、我々が日常的に話題にするような、両国の労働慣行(有給休暇取得、あるいは病欠の扱い等々)、学校教育での授業方針の相違と言った、良く知られた気楽な「ドイツと日本の比較」話が中心であったが、読み進めるにつれ、それなりに含蓄のある議論も見られるようになってきた。ここではそうした印象的な部分をピックアップしておく。
まずは、戦後ドイツの歴史教育で触れられている2015年制作の映画「帰ってきたヒトラー」の評判。台本・予告なしでヒトラーのメイクをした俳優が一般庶民の前に登場すると、「今こそあなたが必要」といったコメントが返ってくる様子が描かれているという。この前に読んだ社会運動本やこの本でも取り上げられているドイツにおける右翼的発想の根深さが、改めて印象深い。この映画は見ておかなければならない。
ドイツの貴族制度の名残りとしての「フォン」族。かつてのドイツでの勤務先の上司にもこの類がいたが、現在でもこうした連中が「上流学校」に集まっているという。その例として、ヒトラーユーゲント総裁の孫で、弁護士・作家のフェルディナント・フォン・シーラッハと、ヒトラー暗殺未遂事件で処刑されたクラウス・フォン・スタウフェンベルグの孫が同じ学級で仲が良かったとうことが紹介され、「貴族階級のつながりは、時代性や現世的な雑事を越えて、社会上層部に存在している」という指摘は面白い。
池上のコメントはよく知られてる事項が多いが、唯一納得したのは、戦争体験について、ドイツでは国内に「加害者」としての痕跡がたくさん存在しているが、日本では侵略が外地で行われたために国内では「被害者」としての痕跡が多いという点。同じ歴史教育をしていても、日本の場合はより強く意識しないと、日本の侵略についての意識が鮮明にならない、というのはその通りであろう。ただもちろん、それにも関わらず、韓国の対応や中国の近年の覇権主義的な動きを考えると、これも単に謝っていれば良い、という話しではないのも明確である。
別のドイツ映画(2002年)として紹介されている「グッバイ・レーニン」は旧東独への郷愁(オスタルギー)を主題としているということで、これも観ておかなければならないだろう。それに関連して、前の「社会運動」本でも取り上げられていた旧東独地域を中心に、反移民・難民運動として勢力を拡大しているペギータの戦略もコメントされている。またAfGが、難民流入を抑える国境封鎖がコロナで偶々実現してしまったことから、今度は「反マスク」運動を開始し、「民主主義を守る」と主張しているという指摘も面白い。
そして最後は環境問題とエネルギー問題。ノルドストリーム2による天然ガスのロシア依存に対するマライの懸念は、ウクライナ紛争で既に顕在化している。他方、ドイツでは家計レベルで、費用と原発比率等を比較して電力供給の契約先を選択できるようになっているという指摘等も興味深い。
ということで、気楽に流し読みした本であるが、特にこのマライというドイツ人は、今後注意して追いかけてみたいという気にさせられた一冊であった。
読了:2022年8月11日