ドイツで、日本と東アジアはどう報じられているか?
著者:川口マーン惠美
この前に読んだ哲学書と比較すると全く簡単に読める新書である。著者の著作はここのところ頻繁に接しているが、これは2013年10月の出版。確かにこの時期は、2011年の震災と福島での原発事故を受け、日本への懸念が広まっていた時期でもあり、「環境帝国」ドイツから見た日本批判が最高潮に達していた。その結果として、「リベラル」なドイツのメディアが、日本を格好の攻撃材料として取り上げていたのは確かである。他方で、中国については、時のドイツ・メルケル政権が、人権批判などの政治的動きを控え、経済関係の強化に動き出していたこともあり、その姿勢の違いは明らかであった。それに対し、ドイツ在住の著者がうんざりしていたことは、この著作から手に取るように理解できる。
そうしたドイツ報道記者による偏向した日本報道の素材は、福島での原発事故報道から始まり、尖閣と従軍慰安婦といった歴史問題や、当時成立していた第二次安倍内閣についての「ナショナリスト」政権という規定やアベノミックスについての評価な等々。東日本大震災については、当初の同情的且つ整然とした対応を行う日本人への共感があったが、福島での原発事故が発生すると、一転して原発の危機管理に関わる日本批判と日本からのドイツ人の大量エクソダス、そして食料品を中心とした日本製品締め出しとなったことは知られている通りである。この原発を巡るドイツ・メディアの報道については、著者は「ドイツ・メディアの特徴は、ことごとく視聴者の不安を煽る点だ」としているが、それはある程度どの国のメディアに言えることである。しかし、「ドイツ人ほど、リスクに敏感な国民は世界にいない」というのもその通りだろう。こうしてドイツは原発廃止方針を打ち出した訳だが、この時既に著者は、その現実性に疑問を呈している。そしてそれが、現在のウクライナ危機で、益々切迫した問題となっていることも言うまでもない。
尖閣問題についても、ドイツのメディアの論調は、これは「日中戦争から第二次大戦にかけての日本軍の行為と結びつけ」、それに関わる「日中の紛争の根本原因は、日本が謝罪を怠っているからだ」としている、という。また従軍慰安婦問題についても、韓国の主張を鵜吞みにした日本批判が広がり、2012年には社民党主導で、この問題についてのドイツ連邦議会での日本非難決議も提出されたという。その決議は結局否決されたということであるが、国の戦後処理に第三国が、それも日本と同じ敗戦国であるドイツがコメントするというのも異常である。更には、ヒトラー政権下のドイツ国防軍にも、米国南北戦争時にあった「フッカーズ・ガールズ」と呼ばれる、徴用された女性による売春宿と同様の施設があったというので、何をか言わんという感じである。こうした日本批判の背景には、同じ敗戦国であってもドイツは謝罪している(とは言っても、ドイツも、戦争犯罪についてはホロコーストの犠牲者以外には賠償は行っていない)、というある種の差別意識があるという著者の指摘には頷いてしまう。
そうした半面で、著者は、「紛争地帯の戦火をもろともしない」ドイツ人ジャーナリストの根性にも言及しているが、「独裁者に対して立ち上がる民衆を直ちに絶対善としてしまう」割には、イスラム原理派に対しては遠慮がちであるという。この「イスラム原理派」の中でも最も過激な勢力に「サラフィスト」(初めて聞く名前であった)がいるが、彼らは、ドイツ公安当局から危険視されているが割には、メディアで余り報道されることがないのは、ドイツ社会にいまだ残っている「ホロコーストのトラウマ」が一因ではないか、と著者は見ている。
その他、安倍政権の「ナショナリスト」的傾向や、インフレを考えない経済政策であるアベノミックス等についてのドイツでの批判的報道と、その対極でのドイツと中国の「蜜月関係」が報告されるが、その辺りは現在大きく変わっているので省略する。そして最後に、皇太子妃雅子(現在の皇后)についてのドイツでの「同情的」報道が語られているが、これも今ではどうでも良い過去の話である。
繰り返しになるが、ロシアのウクライナ侵攻と、中国の東アジアでの覇権主義的動きを受けて、現在ドイツー中国関係も大きく変わっていることから、ここで著者が報告しているようなドイツ・メディアによる「日本叩き」はなりを潜めているように思われる。そうした中、個人的にも最近、日本―ドイツの友好団体の活動に関与し始めたこともあり、今後の両国関係はより注意して見ていきたいと考えている。折から今日(11月23日)夜、サッカー・ワールドカップ初戦で日本はドイツと対戦する。この結果を受けてのドイツでの日本報道も気になるところである。
読了:2022年11月19日