ドイツ流、日本流
著者:川口マーン惠美
今までも何冊も読んできたドイツ在住の音楽家でエッセイストである著者の、2011年出版の著作を、文庫化にあたり改題し、2014年5月に再版したものである。最近は政治的な発言も目立つ著者であるが、ここでは自分の30年に渡るドイツでの日常生活から見えてきた日本とドイツの相違について語っていて、気楽に流し読むことができる。
話題は、かつて私もドイツ滞在時代に経験したものが多く、「そうだよな」と共感するところが多い。冒頭、食住衣についての両国民の優先度が、日本は「食・(衣・)住」であるのに対し、ドイツは「住・衣・食」であるとくるが、その通りである。実際、私の滞在時にも、賃貸していた住居の清掃を含めた状態について、大家から文句を言われたことは数知れない。また帰国時に、家の現状復帰について細かい注文を受け、こちらは係争を行うだけの時間的余裕もないことから、それなりのコストを言われるままに支払ったことも良く覚えている。また当時、日本人は、ドイツ人が余り使わないキッチンを料理で多用することから、その汚れに注意しろ、と言われたことも記憶している。雪の降った朝、長屋の通路で隣人が滑って怪我をするとその家の責任になり賠償を求められると教えられ、自分の家の前を、早朝の出勤前に起きて雪かきしたこともある。ゴミの分別回収も、当時の日本では一般的ではなかったが、ドイツでは、特に外国人が近隣に来ると、隣人がそのゴミ箱捨てがきちんと行われているか中身まで漁られて監視される、と聞き注意を払ったものである。これについては、現在の日本でも、当時と比べ相当進んだが、他人の状態について監視をして文句を言う、というところまでは行っていないと思う。それから約30年、欧州統合の推進やそれに伴う外人の域内移動も増えた現在、こうしたドイツ人の態度が変わっていないかどうかは興味深いところである。
ドイツ人と日本人の金銭感覚の違いや、サービスに対する配慮の違いは良く言われるとおりである。この辺りから、著者はドイツ人の夫との間にでき、ドイツで育った3人の娘の話が多く語られ、「私評論」的雰囲気が強まるが、それはそれで面白い。また歴史認識について、ヒトラーの暴挙に匹敵するものとして、日本軍による「南京事件」を引き合いに出すドイツ人がいる、というのも留意しておこう。もちろんナチスのユダヤ虐殺に匹敵しる大量殺人は日本軍はやっていないが、その辺りはドイツ人の負い目に油を注ぐ可能性が高いということであろう。それとは対極的な両国での男女関係や性モラルの相違などは、笑いながら読み飛ばすことになる。裸に関する羞恥心については、私自身、著者が書いているような昔の日本とドイツの類似性を常用のネタにしているものである。
学校教育については、著者の娘3人の学校経験から、私が知らない細かい情報が多い。一般情報として持っていた、「10歳で、ギムナジウム、実業学校、基幹学校のどこに進学するかが決まる」という旧来のシステムが批判的に紹介されているが、大学進学率の高まりや職人志向の衰退といった現象を受けて、この著作から10年を経て既に相当の変化が生じているのではないかと想像される。その意味で、これについては最新の情報を知る必要があろう。そして最後は、語学力と自己主張についての日独比較。これもよく引き合いに出される話題であるが、もちろん時代が進み、若い世代を中心に、日本人の中でも個人差が広がっている部分ではないかと思う。
現在関わっている日独の友好団体でも、こうした日独比較に関わる講演会は何度も企画されている。この著者を講師に読んだことがあるかどうかはまだ確認していないが、こうした話を面白おかしく提示できるという点では、著者は間違いなく適任者であろう。今後そんな機会があることも期待したいと思う。
読了:2023年3月11日