地図で見るドイツハンドブック
著者:ミシェル・デシェ
1966年生まれのフランスの大学(ロレーヌ大学)勤務の地理学者による、地図を参照しながらドイツの概要を説明した著作で、オリジナルのフランス語版は2019年、邦訳は2020年の出版である。著者の国籍は明示されていないが、勤務する大学や名前から想像するとフランス人のようである。ということで、フランス人の視点から見たドイツについての入門書という感じであるが、関連テーマについて地図を示しながら説明していく手法は分かり易く、また個人的には余り馴染みのなかったドイツの一部地方についてもイメージを喚起することが出来た著作であった。
まずは、神聖ローマ帝国時代の領邦国家の分布地図から東方移民の進出ルート、1871年の統一と第二次大戦後の領土喪失、そして1990年の再統一時の地図が示される。よく知られた歴史であるが、改めて地図で見ると、特に1871年の統一時、バルト海東方沿岸に至るドイツの広大さを痛感する。これがヒトラーによる第三帝国復活の東方における領土的野望となったことは自然と思われる。
次に北部の平原から、中部の中位山地地帯(ミッテルゲビルゲ)を経て南部のアルプスに至る自然の地形と、その下で生まれた農業や北部の海岸干拓事業、あるいは南部の伝統産業の成長と現代における新技術の集積状況などについての地図による説明。この中では、滞在中に訪れることがなかった北部の海岸沿いの、中世以来行われてきたという干拓事業や、現代での、そこでの風力発電事業と環境問題のバランスへの配慮についての説明が興味深い。
21世紀に入ってからの出生率低下を主因とする人口減少、特にルール地方などかつての炭鉱地域での減少は、ドイツ固有のものではないが、他方で統一後の東独地域の人口減少は、ドイツの特殊な現象である。しかし、それが東欧やバルカン半島、そしてアフリカ、中東からの移民流入で、全体としての人口増に繋がっていることが示される。しかし、こうした移民の流入地域は、旧西独の都市部であり、東西ドイツ間、あるいは都市部での貧富格差の拡大をもたらしている。当然ながら、出身先の多様化により、移民のアイデンティティ問題も、1990年代に私が滞在した時以上に複雑になっているのは確かである。
ドイツの産業構造とその立地、あるいは都市化とそれを結ぶ交通網といったテーマは、余り新鮮味はないので省略し、現在大きな課題となっている再生可能エネルギー移行の地域格差に触れておこう。原発廃止が決まる中、2025年までに、再生可能エネルギーによる発電量を全発電量の40−45%まで高めるというドイツのエネルギー政策の実現は難しい、というのが著者の見方である。また再生可能エネルギー依存には地域差があり、北部は風力、バイオマス、太陽光であるのに対し、南部は水力くらいしかない、という状況である。その意味で、エネルギー政策を維持しながら、産業化が進む南部のエネルギー供給をどのように確保していくかというのが、現在のドイツの大きな課題であることが地図で示されている。
そして最後の大項目は、欧州や世界におけるドイツの位置とその外交政策についてである。EUの拡大もあり、以前にも増して欧州各地に移住や旅行で滞在するドイツ人が増加していることは指摘されるまでもない。ただドイツ連邦軍のNATOや国連軍に参加しドイツ国外での作戦活動を行うことが認められたのが、私が滞在していた1995年であったことは認識していなかった。その後、1999年のボスニア戦争やNATOのセルビア攻撃に加わったことや、2001年からのアフガン派兵はよく覚えている。この辺りは、ドイツは日本よりも一歩踏み込んだ対応をしているのは確かである。そして最後は貿易面におけるドイツの、フランスや英国などの欧州地域での大幅貿易黒字(自動車、工作機械、化学製品等)と対中国での輸入超過(情報、エレクトロニクス製品、繊維製品等)。しかし、中国への輸出増加もあり不均衡は是正されつつあるとして、この時点ではまだドイツ・中国間の経済関係の強さが強調されている。同様にロシアとの関係もまだこの時点では決定的な亀裂は入っていないが、その両国との関係が、この著作出版以降に大きく変化したことは言うまでもない。
ということで、ドイツについての入門編解説書で、それを地図で示したことが特徴の一冊で、流し読みするので十分である。今後必要ある時は、これは図書館で立ち読みすることにしようと思う。ただ巻末にあるドイツ映画リストには、まだ観ていない作品が多く掲載されているので、今後テーマを確認しながら、面白そうなものがあれば観ていきたいと考えている。
読了:2023年5月9日