世俗宗教としてのナチズム
著者:小岸昭
ヒトラーの築き上げたナチ第三帝国を、その擬似宗教的側面に光を当てて整理した作品である。こうした著者の切り口には、オウムや法の華に見られる最近の宗教集団と民衆との関係が影を落としており、50年前のドイツの政治を語りながら、最近新聞等でみたような表現が随所に見られることになるのである。
著者がナチの擬似宗教集団的性格を示す時に何よりも重視しているのは、ヒトラーが多くの啓示を受け、終生愛して止まなかったオーバーザルツブルグの山岳地帯であり、そこからこの政治集団がある種の山岳密教的側面を有していたと考える。1923年4月、「auf gut Deutsch(「単刀直入に」「歯に衣きせず」)」という民族派週刊誌の主催者にして文学者のD.エッカルトをペンション「モーリッツ」に訪ねたヒトラーが、その壮大な景観の中で「創生の啓示」を受けてから1944年7月14日に、敗戦濃厚な気配が広がる中、最後にそこからベルリンに向かって旅立つまで、オーバーザルツブルグの山荘での時間は彼にとって安らぎであり、また多くの狂気に溢れた世界戦略と政策を夢想し、決断する場所でありつづけたのである。著者は、「ヒトラーのテーブルトーク」からの多くの引用を使い、この山岳地域がヒトラーに与えた影響を自らの口で語らせている。
ヒトラーが最初に購入したベルヒテスガルテンの「バッフェンフェルト荘」は質素な南バイエルン風の別荘であったが、彼の権力の拡大に合わせ事実上別の壮大な館が建設され、秘密警察や身辺警護隊の詰め所を含め、内円3キロの垣根で囲まれた「ベルグホーフ」と呼ばれる「教団本部=神殿」が成立することになる。そしてヒトラーがこの地で出会ったエッカルトから「キリスト教神秘主義と人種主義をないまぜにした新しい第三帝国論」を受け継いだのと同じように、ゲッペルスを始めとして多くの者がこのオーバーバイエルンの山中での擬似宗教的な感覚のもとでヒトラーとナチ運動に帰依していくことになるのである。
更にこの神殿には他国の要人が招かれ、独特の雰囲気での政治交渉の舞台となる。ロイド・ジョージや王位を捨てたウインザー公、そして盟友ムソリーニなどは気楽な客人であっただろうが、オ−ストリア併合の最後通告に呼ばれた同国首相シュシュニックやミュンへン会談でのN.チェンバレンなどは、この山岳密教の圧力に屈したり、幻惑されてヒトラーの思うがままの結論を受諾することになったのである。
人で溢れる観光地を嫌った私たちは、戦争末期に連合軍の爆撃で破壊されたこの「神殿」跡を訪れることはなかったが、ル−ドビッヒ2世のノイシュバンシュタインの窓から見下ろした南バイエルンの景観は、同様の山岳信仰に思いを馳せるに十分である。孤独な独裁者が、俗世間の喧騷を離れて壮大な景観の幻想に浸る時、そこには超越的・偏執的な理念の数々が展開する。ル−ドビッヒがそうであったように、ヒトラーの狂気がここで拡大していったことは間違いない。
著者はこうしたナチ密教の拡大をいくつかの側面から追いかけていく。ひとつは終生ヒトラーに従い、最後も共に自殺したゲッペルスの活動。彼はドフトエフスキーの影響を受けた文学青年期の夢想を、ナチの文化・広報担当として、丁度オウムで上祐が担っていた機能を果たしながら、神がかり的な才能により実現していくことになる。1933年の焚書は擬似宗教的イニシエ−ションのひとつであったし、ヒトラーの神格化幻想は彼の小説中で、指導者崇拝と反ユダヤ主義への盲目的羨望として跡つけられている。
また著者は、ビスコンティの名作「地獄に落ちた勇者たち」を素材に、「匿名宗教の司祭」ヒトラーにより作られたナチズムを「死と破壊の衝動」として読み解こうと試みる。理性を破壊する狂気のシンボルとしての火又は炎。焚書や国会放火あるいは「水晶の夜」で示された、ナチス政権掌握に至る幾つかの事件で燃え上がる炎は、ピスコンティ−の描く大資本の凋落を予想させ、そして映画の中でも多くの人物が敵により、あるいは自ら命を絶っていくが、それは終末論的な美学の帰結とも言える。戦争末期、ヒトラーがドイツを焦土化させることもいとわず徹底抗戦を行ったことは、この「破壊に対する美学」、教祖の死が世界の死を意味する、戦後も世界各地で現れては消えているある種の新興宗教に見られる特徴である。ヒトラーのお抱え建築家シュペ−アの回想録で語られるのは、ヒトラーが戦争末期にますます終末論幻想を強め、旧約聖書に言われる「世界を焼き尽くす炎=ムスピリ」を待望する姿である。この「ハルマゲドン」待望は、人間の中に決して消えることなく残っている原初的衝動であり、ヒトラーはそれを極限まで追求したのである。
今、多くの宗教が、世俗と超越の間を徘徊しつつ、勢カの拡大を模索している。政治勢力と化した創価学会は言うまでもないが、アメリカや欧州をみればサイエントロジーや統一教会の影響力は侮れないものになりつつある。他方でオウムやアフリカ系新興宗教のように自己破壊や殺人も辞さないものもある。宗教体験と政治体験を分ける境界がますます曖味となり,個人の側でもその質的相違、即ち政治は現実世界における結果責任の世界であり、宗教は個人的内面世界の救済という心情倫理の世界であるという相違が無視される時、政治の擬似宗教化が行われる。あるいはそれ程極端でないとしても、他人への影響力を行使しうるのが「権力」であるとすれば、直接的暴力装置が便用しにくくなっている先進諸国においては、宗教はより重要な権力維持手段であり続けるであろう。ナチは、この宗教幻想と直接暴力の混在した手法を使ったが、これからの政治=宗教がより洗練された手法を使うであろうことは疑いない。殺伐としつつある現代の人間関係の中で、個人の側に、こうした誘惑に抵抗できるだけの力が、集団意識として残されているのであろうか。
読了:2000年5月18日