アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ドイツ読書日記
第七章 文化
第四節 文学 
アルト−ハイデルベルグ
著者:マイヤ−・フェルスタ− 
大正12年生まれの客が、どうしてもハイテルベルグヘ行きたいというのを聞き、これは旧制高校のドイツ語テクストとして使われていたというこの戯曲の世界を求めているに違いないと思い、目を通しておいた。学生の町、ハイテルベルグを舞台に、箱入り皇太子カ−ル・ハインリッヒと学生酒場兼下宿の看板娘ケ−ティ−の出会いと別れ、そして再会と最後の別れを図式的にたどったこの月並みな作品は、そうした古い世代の人々による感傷旅行の伴侶以上の価値を持っている訳ではない。

しかし、それにもかかわらず、この本を読んでから訪れたハイテルベルグは、以前、既に冬のとばりが垂れ込める時期に訪れた時と随分印象が異なっていたのは驚きだった。それは、必ずしも今回の訪問が春の陽光に迎えられたことによるのみではなかった。アルト・ブリュッケで、渓谷をゆったりと流れるネッカ−川を渡り、古い学生たちの写真が壁一面に飾られているマルクト広場の汚いカフェに座っていると、この小説のように、どこからともなく、ビ−ル片手に歌い踊る学生たちの、数世紀変わることのない姿、あるいは喧嘩が高じて決闘に向かうブルシェンシャフトの集団の歓声が聞こえてくるような気になるのである。確かに、ドイツの町にはそうした歴史を思い起こさせる気配が漂っている。ハイデルベルグ城のパルコニ−から町を見下ろすと、赤茶色のとんがり屋根で統一された中世の大学町が、川に向かい静かにたたずんでいるのが見て取れる。人々は変わっても、彼らを包み込む町は中世そのままのように維持されている。ルイ14世により一部が破壊されたこの古城を除けば、これといった観光資源があるわけではないこのドイツの学生町が、いまだに多くの人々を引き付けるのは、間違いなくこの歴史性の故である。そして我ながらミ−ハ−と思いつつも、この何か懐かしい感情に逆らうことなく身を任せてしまったのである。

読了:1992年2月4日