アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第二部:東京編@ (1988−1991年)
パコ・デ・ルシア  ギタ−・トリオ・コンサ−ト
日付:1990年5月27日(日)
場所:オ−チャ−ド・ホ−ル 
 パコ・デ・ルシアの名前に初めて接したのはアル・ディ・メオラのアルバム、『エレガント・ジプシ−』の中に収録されている『Mediterranian Sundance』を聞いた時のことだった。1977年に発表されたこのアルバムを私自身さして期待して聞いた訳ではない。もちろんアルがチック・コリアの第2期リタ−ン・トゥ・フォエバ−に参加し、斬新なプレイを聞かせたことはつとに承知していたが、このややファンクの流行に便乗した感のあるバンドを私はあまり好んでいなかった。しかしそうした先入観を全く打ち破る程このアルの2枚目のソロ・アルバムは素晴らしい出来であった。エレクトリック・ギタ−のパ−トは驚異的な早弾きのなかにもメロディアスな流れを失わず、またラテン色の濃い軽いリズムもそのギタ−のト−ンによくマッチしていた。しかしそれ以上に私を驚愕させたのは、いうまでもなく前述のパコ・デ・ルシアとのアコ−スティック・ギタ−によるデュオ曲であった。

 その頃私はFMで聞いたモンタレ−・ジャズ・フェスティバルでのラリ−・コリエルとフィリップ・キャサリンのギタ−・デュオに衝撃を受け、アコ−スティック・ギタ−による音楽を追い求めていた。この2人による、『 Twin House 』『 Splendid 』という2枚のアルバムは、まさにアコ−スティック・ギタ−により、ロック以上に緊張感と迫力のある音楽を作りえることを実証した、名アルバムであった。また同時期にラリ−は、スティ−ブ・カ−ンとのデュオで『 Two For The Road 』を発表しジャズギタ−に於けるアコ−スティック・サウンドの復活に邁進していた。こうした動きに大きな衝撃を与えたのが、このアルとパコによるデュオであった。ラリ−が進んでいた道は言わぱジャズ・ミュジッシャンの世界の中に留まっていた。いまやそこにパコ・デ・ルシアというスパニッシュ・ギタ−のスタ−が究然に参加してきたのである。

 その後のこのアコ−スティック・ギタ−音楽の流れについては多く語る必要はない。パコのジャズ界への登場は1979年のジョン・マクラフリン、ラリ−・コリエル(又はアル・ディ・メオラ)とのス−パ−・ギタ−・トリオの結成となり,『Friday Night in San Francisco 』『 Passion Grace and Fire 』という歴史的な2枚のアルバムを残すことになる。同時にラリ−はソロでラベル、ストラビンスキ−、ガ−シュイン等を再構成すると共にジョン・スコフィ−ルド、ジョ−・ベック、ブライアン・キ−ン、渡辺香津美、エミ−ル・レムラ−等とデュオ、トリオの作品を発表。アルは、アイア−ト・モレイラとのアコ−スティックの傑作『 Cielo e Terra 』を1985年に録音。ジャズ・シ−ンの他方よりは、パット・メセニ−がアコ−スティック・ソロの『 NEW CHAUTAUQUA 』を、ラルフ・タウナ−がソロまたは、ジョン・ア−バ−コロンビ−とのデュオと、次々と名作が生まれ、このカテゴリ−がジャズ・ギタ−音楽の中で確固たる地位を築いていったのである。

 こうしてジャズ・シ−ンに多くの衝撃を与えたパコはその後も伝統的なスパニッシュ・ギタリストとしての活動を行うと共に、引き続きジャズ・ミュ−ジッシャンとの競演も継続していく。80年代にはいってからは、自らのセクステッドを結成、これが彼の活動の中心になっていたが、昨年新たにギタ−・トリオを結成し今回の来日となったものである。今回の公演は管弦楽団との共演によるアランフェス協奏曲が中心のプログラムAと、ギタ−・トリオ中心のプログラムBの2種類があったが、私が選んだのは当然にしてプログラムB。トリオのメンバーはパコに加え、ファン・マニエル・カニサレス、ホセ・マリア・バンデラ・サンチェスという2人の新進スパニッシュ・ギタリスト。会場のオーチャ−ド・ホ−ルは私たちの予想に反し満員の聴衆で溢れていた。開演に先立ち、渋谷のホコテンで貰った我々の風船が会場に舞い上がったのは御愛敬。

 コンサートはまずパコがソロで登場、2曲弾いたところで他の2人が加わり前半計5曲、後半は時折デュオも交えながら、アンコ−ルも含め計9曲、正味1時間40分のものであったが、一言でいえば一瞬たりとも気が抜けない緊張に満ちた期待どおりのものであった。私が持っているパコのリ−ダ−・アルバムは、1982年にマドリッドで購入した『魂剣』『二筋の川』、そして日本版の『カストロ・マリン』の3枚であるが、第一部の5曲は、これらには含まれていない。それでも、パコの指先に溢れる情熱はひしひしと伝わってくる。他の2人のうちサンチェスは伴奏主体であるが、カニサレスはパコとはまたタイプの違う早弾きでパコに立ち向かっていく。この2人のバトルが何といってもこの日のハイライトであったと言える。
第二部はクラシック調の『スペイン舞曲第一番』で始まったが、次第にお馴染みの曲が登場。まずは、『カストロ・マリン』に収録されている『モナステリオ・デ・サル』。アルバムではソロで演奏されているが、今回はカニサレスとのデュオ。後半近くに2回繰り返される早弾きを2人が見事に合わせたのが印象的。続いて、同じアルバムで、ラリ−・コリエル、ジョン・マクラフリンと共演した『パレンケ』。ルンバのリズムに乗せて今回はまさに2人のスパニッシュ・ギタリストの激しいソロが繰り広げられ、本日のコンサ−トの最大の見せ場であった。そしでおなじみの『二筋の川』。ス−パ−・ギタ−・トリオの『 Friday Night 』では、『Mediterranian Sundance 』とのメドレ−で演奏されたパコの大ヒット曲であるが、この日はまさに『 Mediterranian Sundance 』のイントロでスタ−ト、ただちにメイン・テーマに移るという展開で会場を沸かせた。
 
こうして2度に渡るアンコ−ルを受けてコンサ−トは終了した。アンコ−ルのエンディングは驚いたことにアル・ディ・メオラの作品『 Passion Grace and Fire 』。以前にアルとのデュオ、そしてス−パ−・ギタ−・トリオでも取り上げたこの曲を今回はスパニッシュのギタ−・トリオで演奏したのである。かつてパコは『二筋の川』でベ−スとポンゴを導入することによって、伝統音楽としてのフラメンコ音楽に、よりポピュラ−な香りをもたらすのに成功した。その後のジャズ・ミュ−ジッシャンとの交流を通じ、彼の音楽がまた新たな変貌を示していることが、このアンコ−ル・ナンバ−からもまたひしひしと伝わってきた。こう感じたのは決して私だけではなかったのではないかと思う。その超絶的なテクニックを別としても、ジャンルを超えた音楽に対する貪欲なまでの彼のこうした姿勢が、スペインはアンダルシアの小さな町で生まれたこのギタリストを世界的なミュ−ジッシャンにしているのはまちがいない。日曜日も終わりに近づき、アマチュア・バンドがセットを片付けつつある原宿のホコテンを歩きながら、こんなことを考えつつコンサ−トの余韻に浸ったのだった。

1990年5月  記