アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第三部:ドイツ音楽日誌 (1991−1998年)
キング・クリムゾン
日時:1996年6月10日
場所:Alte Oper 
 1982年9月、ニュ−アルバム 「Beat」 をリリ−スしたばかりのライブにロンドンで接して以来、実に14年振りに見る King Crimson のステ−ジである。その当時、私は彼らの音楽を、その1969年の衝撃的なデビュ−以来、はぼ同時代的に体験してきており、この時のライブはこの流れの中で受容した記憶があるが、今回はまずは、過去の感覚を追体験するという先入観で会場に足を運ぶことになった。実際、この14年前のコンサ−ト以降発表された彼らの作品は、1984年の 「Three of a Perfect Pair」 のみであり、今同のツア−に先立って発表された 「Thrak」 は前作から何と12年振りに発表された新作であった。その間、バンドの主要メンバ−である A.Belew はむしろソロを中心に活動し、B.Bruford は、自分のプロジェクトを進める傍ら、J.Anderson らと共に Yes の再結成に参加(1990年のロンドン、ウェンブレイでの Anderson, Bruford, Wakeman and Howe のコンサ−トは感激のステ−ジであった)し、又T.Levin は、そのスタジオミュ−ジシャンとしてのキャリアから、P.Gabriel を始めとする英国プログレの古参達のレコ−ディング、ツア−に同行する等、キング・クリムゾンというコンセプトからは離れて活動してきた。そして何よりも、このバンドを一貰して率いてきたR.Fripp 自身が、ギタ−スク−ルの教師として、日本の田舎で合宿を組織したり、あるいはこの日の前座を努めた California Gitar Trio らの後進を育成するという、言わば現役を引退したかのような日々を過ごしていた。そうした日々、個人的には時折過去に購入していなかったCDを廉価版で買い揃え、彼らの歴史を再確認することもあったが、客観的にはロックの歴史の流れの中で、このバンドが、60年代末から80年代始めにかけて築いてきた、英国プログレの中でも最もアバンギャルドで、革新的なアクチュアリティ−を保持するのは困難であった。Beatles の Abbey Road を蹴落とし、シングルのヒットもない無名の新人バンドのアルバムが全英アルバムチャ−トの1位に踊り出たという伝説や、その後の斬新な音作り、あるいはこのバンドに参加した人間達のその後の成長等も、現在から見ると70年代の英国ロックの革新という過去の栄光でしかなくなっていたのである。

 そうした状況下、80年代の後半から多くの英国プログレバンドが活動を再開したのと同様、このバンドが、まずミニアルバム 「VROOOM」 に続き、「Thrak」 で復活したのは驚きであると同時に、その他の多くの復活プログレバンドと同様に、過去の幻想を覚ますものにならないか、という不安をも抱かせるものであった。しかし、当初は余り気が進まないまま、冬のフランクフルトでの一人暮らしの退屈からこの新作を購入し、そこに80年代と比較してもより荒々しく且つ繊細な音作りを見出した時に、その驚きは更に倍加されることになった。「まだ彼らはこうしたサウンドの冒険ができるのだ」それがこの新作を聞いた時の私の偽らざる感想であった。そしてその印象は、今回のライブで益々強まったと言えるのである。

 例年に比べ、天候の不順な、それでも夏の訪れを感じさせる暑い6月始めの夕刻8時、Alte Oper でのコンサートは、前述の California Guitar Trio によるサポ−トで開始された。この男性3人組のアコ−スティック・ギタ−・トリオは、フリップが育てたバンドということと、私が今も追いかけているアコ−スティックギタ−音楽という両面で、以前から場合によってはCDを買ってもよい、と考えていたバンドである。前座で、彼らの音に初めて接することができたのは幸運であった。しかし、パコ、ディ・メオラ、マクラグリン(又はコリエル)のス−パ−ギタ−トリオの洗礼を受けた耳には、アルペジオとストロ−ク中心の彼らの音楽は、それなりに私の感覚にフィットするものの、所謂ギタ−バトルから生み出される緊張はなく、特にオ−プニングからの3曲は、そうした緊張を今か今かと待っている間に終わってしまい、やや失望感を抱かせるものであった。それでも、4曲目に披露されたベ−ト−ベンの「運命」で見せた各人のテクニックは申し分なく、又向かって左で演奏している東洋系の男が、モリヤ・ヒデヨなる日本人であったのも新たな発見であった(フリップの日本での成果の一つか)。最後にベンチャ−ズのアパッチを、立ち上がり、ステップを踏みつつコミカルに演奏し、このバンドの幅の広さを示唆した後、この前座は約25分で終了した。

 約20分の休憩を挟み、8時45分、キング・クリムゾンのステ−ジが開始された。暗転したステ−ジの中で、まず二人のパ−カッションがオリエンタルな基調のリズムを刻み始める。14年前のアルバム 「Beat」 からの 「Talking Drum」 である。リズムが盛り上がったところでライティングがスタ−ト。14年前のコンサ−トと同様、背後のカ−テンが、「Beat」 のジャケットである真っ青に染められる。セッティングは、前後に2列。正面から見て、前列左にスティックの Trey Gunn 、中央にギタ−の Adrian Belew、右にスティックの Tony Levin、後列左右にパ−カッションの Pat Mastelotto と Bill Bruford がシンメトリ−に位置し、その中央にRobert Fripp という構成、即ち中央のギタリスト二人を中心に、ギタ−トリオが二組シンメトリ−に並んでいるという配置である。このダブルトリオが今回のこのバンドの最大の特徴と言われているが、実は82年のコンサ−ト時の4人に、ドラムとスティックが一人ずつ加わったに過ぎない。しかし、この曲のようにパ−カッションが展開の中心になるインストルメンタル曲では、ダブルドラムの迫力は圧巻である。かつて君き獅子といった鋭さを持っていたB.Bruford も今やいい叔父さんという外見であるが、彼はスネアとバスドラを除き、電気ドラムを使用、もう一人の P.Mastelotto はアコ−スティックドラムを使用しており、これがダブルドラムの音質の微妙なずれを誘っている。今回の席は、正面左の5列目と、82年程ではないが(但しこの時は3時間以上立ち見であった)各人の表情ははっきりと捉えられる。A.Belew もさすがにかつての精悍さを失い、剥げた額が目立つ長髪で、今回は山下達郎風の雰囲気。他方 T.Levin は昔からスキンヘッドで通しているので、何時見ても余り変化はない。そして中央奥に鎮座する R.Fripp も昔から老成していたせいか、14年の時間を全く感じさせない。しかしその後の展開で分かったのであるが、彼の内向性は益々高じており、今や観客さえも全く意識しない自己陶酔の域にまで達しているかのようであった。

 さてこうして開始されたこの日のコンサ−トの演奏曲目を分かる範囲でメモすると以下のとおりである。

@Talking Drum(Beat、1982)
ALarks’Tangue ln Aspic(同名アルバム、1973)
B ?(Three of a Perfect Pair、1984からと思われる)CDinosaur(Thrak、1994)
D0ne Time(Thrak、1994)
ERed(Red、1974)
FB’Boom(Thrak、1994)
G21st Century Schizoid Han(In The Court 
0f The Crimson King、1969)
HWaiting Man(Beat、1982)
INeurotica(Beat、1982)
JUnknown、KUnknown、
LUnknown、MEncore:Unknown、NUnknown
OVR000M/Coda/Marine 473(Thrak、1994)

 インストルメンタル2曲でスタ−トした後、Bで初めてアドリアンのボ−カルが入るが、しょっぱなは、PAが悪く、彼の声が全く聞こえない状態。反面、硬質にエッジを刻むフリップのギタ−が時に騒音のように暴力的に介入している。14年のブランクがあることから、今回のコンサ−トは最新アルバムの 「Thrak」 からの曲が中心だろうと考えていたが、CDはここからの曲。CでようやくPAが調整されアドリアンのボ−カルが聞こえてくる。よく通るクリア−な声は以前の印象と比べても衰えは感じさせない。間奏を含め、ここまではギタ−ソロはアドリアンが中心で、重鎮はひっそりと控えている。この間奏では彼が、ギタ−シンセによるメロトロン調の音を出していたのが印象的であった。Dはスロ−なボ−カルナンバ−で、アドリアンのボ−カルが印象的な曲であるが、同様に間奏のソロも彼が取り、依然フリップはほとんど前面に出てこない。彼は全く無表情でコ−ド中心にサポ−トし、目立った動作は時折気難しげにアンプを操作する程度で、曲が終了しても、挨拶ひとつするでもなく全く無愛想に次の曲に移っていく。

 Eは14年前のコンサ−トでも演奏された J.Wetton 在籍時の代表曲であるが、演出もその時と同様カ−テンを真っ赤に染めて行われた。Fでようやく主役がフリップになる。ステ−ジが暗転し、他のメンバ−が引っ込みギタ−ソロが開始される。クリムゾンの活動再開と時を同じくし、英国アシッド・サイケデリック・ロックの雄、D.Allen の Gong が25周年誕生日コンサ−トと銘打ったライブアルバムを発表し、そこで彼らの宇宙音の世界に久々に接していたが、この日のフリップのソロは、雰囲気的にはアルバムと同じであるが、それ以上に Gong 的なトリップ感を強調した演奏で、テクニックを楽しむというよりは、コンピュ−タを使用した音作りを楽しむといった作品であった。10分程のソロの後パ−カッションの二人が現れ、今度はドラムの掛け合いに入り、その後全員でのテ−マとなり収束する展開はアルバムとほぼ同じである。

こうして現在のクリムゾン=フリップの実験に浸っていると、突然にGが開始されたのであった。言うまでもなく伝説的なファ−スト・アルバムのオ−プニングを飾り、その斬新なギタ−ソロに誰もが興奮した彼らの代表曲である。昔のライブアルバムで取り上げられていたが、それは録音状態も悪く、繰り返して聞く価値のあるものではなかったし、14年前のコンサ−トでは演奏されることはなかった。しかし、こうして突然25年前に回帰するという展開にやや戸惑いながらも、私はこの日最大の興奮に包まれていったのである。スタジオ版では G.Lake がファズマシンでひずませたボ−カルを聞かせたが、この日のアドリアンのボ−カルは硬質なギタ−にそれなりにマッチしていた。テ−マから6/8拍子の間奏ヘ。私の最も好きなこのリズムで、フリップのソロが唸るように展開される。ドラム/ギタ−の掛け合いから再びテ−マヘ。それは疑いなく25年の歳月を飛び越えて私の感性に直接訴えてきたのだった。私はこの曲を聞くことができたことで、既にこの日のコンサ−トには満足できる気持ちになっていた。

 この興奮を覚ますかのようにスロ−なH。14年前のコンサ−トのオ−プニングである。アドリアンの絞るようなボ−カルに続いて、ドラムの二人の掛け合い展開され、そのまま今度は同じアルバムからアップテンポのIに移っていく。J以降はしばらく私の聞き覚えのない曲が続いた。Jはブラッフォ−ドが長方形の箱型の木製パ−カッションを手に持ち、東南アジア風のリズムを刻むスロ−バラ−ド、Kはアドリアンがリ−ドをとる、ミディアム・テンポのロックナンバ−、そしてブラッフォ−ドのドラムとレビンのスティックの掛け合いに始まりハ−ドに展開するLで、適常のステ−ジが終了した。

 当然にアンコ−ルはそれなりに知られている曲で来るかと期待していたが、中央にセットされた大太鼓2つとリズムボックス的パ−カッションをドラマ−二人とアドリアンの3人で、丁度日本の祭り太鼓の雰囲気で叩くアンコ−ルの1曲目は私の耳にしたことのない曲であり、またアドリアンがボトルネックのソロをとるスロ−なアンコ−ル2曲目も同様に知らない曲であった。そして最後にようやく最新アルバムのエンディングのOで私の聞き慣れたテ−マが入り、そして10時40分、約2時間に渡ったこの日のコンサ−トが終了したのである。

 基本的にキング・クリムゾンの音楽は、同時代的に聞いていた時は、常に私の感性の少し前を進んでいた。デビュ−アルバムを初めて聞いた時の違和感、「Lizard」 のけだるさ、あるいは「Lark’s Tongue in Aspic」 の無秩序は、その後しばらくしてから初めて、如何にフリップの音作りが計算され、ロックの可能性を広げていったかが理解されたものである。こうしたクリムゾン体験は、12年振りのアルバムと14年振りのコンサ−トでも再び繰り返されたような気がする。もちろん、その後私が年齢を重ねていったことで、昔のようなギャップは生じることはなくなっている。しかし、それでも今回のアルバム及びコンサ−トが、今一つ私の現在の頭脳と感覚にフィットしない、という意識は消えることはなかった。動と静を交互に繰り返す彼らの選曲パタ−ンのなかでは、そうした意識はまさにハ−ドな曲の際により強く感じられたのでる。フリップも含め、おそらく中核メンバ−が50才近く、あるいはそれ以上になる中で、ここまで荒々しい騷音を組み立てられるのか、というのがその感覚の中心にあったのである。

 しかし、この日のコンサ−トにはそうした連和感を抑えきるに十分なだけのインパクトがあったと言える。それはかつてのクリムゾン体験の中で私が頭で理解してきた感覚、即ちどんなに無秩序な音楽を聞かせていようとも、実は精密に計算された実験が背後にある、という彼らの音楽の特徴である。二人のドラマ−により変拍子で展開されるリズムには、時としてオリエンタルないしは和太鼓的な風味が加味され、Tony Levin のスティックは、タッピングから、弓を使用したりと変化し(但しもう一人のスティックは、このコンサ−トを通じ全く目立たず存在価値が分らなかったが)、そして二人のギタリストは、ギタ−シンセサイザをフルに利用しつつ、サイケ、アシッド、スラッシュの要素をも取り入れつつギタ−サウンドの新境地を常に求め続けていた。こうした彼らの音楽は簡単に言ってしまえば、ロックにおけるアバンギャルトを求める試みと表現することができよう。バブル時代に形成された軽佻浮薄な文化的下方硬直性を持ってしまった現代、こうしたアバンギャルド性というのはファッションとしては余りうけるものではない。しかし、それにもかかわらず、冷戦終結と不況の持続により政治的・経済的な混沌がび漫している今は、丁度1920年代のワイマ−ル期がそうであったように、文化的革新が求められ、又登場する可能性を秘めている時代であると言えなくはない。かつての同時代的体験と同様、彼らはまた現代の一歩先を走る音楽を作っていったな、というのが、この日のコンサ−トを総括する私の感想である。コンサ−ト中、観客には一瞥だにせず、アンコ−ルの終了時にも、他のメンバ−がステ−ジ上に並び挨拶するのを尻目に、さっさと引き込んでしまった R.Fripp 、クリムゾンの音楽を率いてきた彼の革新性が、自閉症的に内向する彼の意識の中で今後いかなる時代を移し出してくれるのか、音楽自体のみならず、文化現象としても興味は尽きない。