アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第四部:東京編A (1998−2008年)
ルネサンス    Japan Tour
日時:2001年3月16日
場所:東京厚生年金会館 
 (演奏曲目)

@Carpet Of The Sun (Ashes Are Burning,1973)
AOpening Out (A Song For All Seasons,1978)
BMidas Man (Novella,1977)
CLady From Tuscany (Tuscany,2000)
DPearls of Wisdom (Tuscany,2000)
EDear Landseer (Tuscany,2000)
FNorthern Light (A Song For All Seasons,1978)
GMoonlight Shadow (Moonlight Shadow,1989)
HPrecious One (The Dawn Of Ananda,2000)
IAnanda (The Dawn Of Ananda,2000)
JMother Russia (Turn Of The Card,1974)
KTrip To The Fair (Scheherazade & Other Stories,1975)
LOne Thousand Roses (Tuscany,2000)
アンコ−ル
MI Think Of You (Turn Of The Card,1974)
NAshes Are Burning (Ashes Are Burning,1973)

 ルネサンス再結成にして、初の来日公演である。末期ヤ−ドバ−ズにJ.ペイジらと共に在籍していたK.レルフとJ.マッカ−ティ−が、ナッシュビル・ティ−ンズのキ−ボ−ド奏者、J.ホ−クンらと共に、R&B中心のヤ−ドバ−ズ(そしてそこからハ−ドロックに展開していったレッド・ツェペリン)とは180度異なる、クラシックを基調とするバンドを結成したのが1969年。そして1972年に、その第一期ルネサンスの末期に在籍したM.ダンフォ−ドにより発展的に再結成され、第二期ルネサンスのデビュ−アルバムである「Prologue」が発表される。そしてこのバンドは1970年代の英国プログレ・バンドの最盛期を、幾つかの傑作アルバムを残しながら駆け抜け、1983年、事実上のラストアルバム「Time Line」をもって活動を停止し、それぞれのメンバ−は、ソロ活動に入っていった。

 私とこのバンドの出会いを振り返ると、第一期ルネサンスのデビュ−アルバムを友人から借りて聴いた後は、1974年の新生ルネサンスの3作目「Turn Of The Card」まで彼らの音楽に接する機会を持たなかった。しかし、このアルバムと、続いて発表された「Scheherazade & Other Stories」で、その洗練された曲想と、新しいリ−ドシンガ−、A.ハズラムの透明感溢れる歌に惹きつけられるのに時間はかからなかった。とは言っても、こずかいに限りのあったこの時代、この2枚のアルバムも友人から借りたレコ−ドを録音したテ−プで聴いていたのみで、その意味では他のバンドに比較して、私の選好の中でのプライオリティ−が高かった訳ではない。実際にレコ−ドを購入し始めたのは、おそらく1977年に就職して以降のことであり、それもどちらかというと、廃盤中心の廉価版を見つけた時に思いついたように購入していたように思う。

 私が1982年にロンドンに赴任した時点では、他のプログレ・バンドの多くと同様に、このバンドも既に過去のものとなっていた。ラストアルバムである「Time Line」の非売品をロンドンのレコ−ド屋で見つけた時なども、「まだ活動していたのか」という感じで、また内容的にも、かつての栄光の時代の音楽と比較しても失望せざるを得なかったのである。しかし、英国での滞在が長くなるにつれ、全盛期の旧盤を繰り返し聞くことが多くなり、またA.ハズラムのソロ作も含め、気が付いた時には、彼らの作品をほとんど揃えるに至っていた。年齢を重ねることで、全盛期の作品とアニ−の歌声は益々心地よく耳に入るようになり、その後も気が付く都度、アニ−のソロや、M.ダンフォ−ドが Stephanie Adlington なる別のリ−ド・シンガ−を迎えて、新作やカバ−で作った2枚のアルバム、あるいはレア・アイテムを集めた「Song From Renaissance Days」や、「Carnegie Hall Live」を上回る作品を収めた「Royal Albert Hall Live」等を日常的に愛聴するようになっていたのである。

 そうした矢先のルネサンス再結成と初来日である。70年代の栄光をひきずりながら80年代にも引続き活動を続けていたバンドの多くはロンドン時代にライブに接する機会があったが、このルネサンスは、解散後の活動も伝わらず、結局生で見ることができず仕舞いであった(この様に現在までにライブのチャンスがなく、何とか見たいと思うバンドは、あえて言えば、ドイツ時代に何度かのチャンスを逃したピンク・フロイド位である)。少々無理をしてもこれは行かざるを得ない、と決意し、厚生年金会館に向かったのであった。

 当日は7時開演。インタ−ネットで申し込んだ席はステ−ジに向かい左側、前から10列目である。ステ−ジにはキ−ボ−ドが左右に二台セットされているが、左側のキ−ボ−ドはスピ−カ−が邪魔になり、やや死角になっている。客席はほぼ満員であるが、相当の老年のカップルや私と同じくらいの年齢の男の2人連れも結構目立ち、ス−ツの私にも余り違和感はない。予定時間より15分ほど遅れ開演した。

 「Royal Albert Hall Live」と同じ、「Prologue」のオ−ケストラ版のテ−プが流れた後、メンバ−が登場し、M.ダンフォ−ドのアコ−スティック12弦による「Carpet Of The Sun」でのオ−プニングである。「Carnegie Hall Live」、「Royal Albert Hall Live」という2つのライブ版のみならず、S. アドリントンによるカバ−、更にはアニ−のブラジル・ライブ等でも繰り返し取り上げられてきた彼らの代表曲である。初めて見るアニ−は、髪を頭の上で束ね、黒のヒラヒラ系のドレスで登場したが、思ったよりも小柄なうえ、英国人典型の中年太りが出て、いかにも田舎のおばさんという感じで、視覚的な楽しみはないが、それでもレコ−ドで聴きなれたあの透明なボ−カルが現れるとなかなか感動的である。

 続けて後期の傑作アルバムからの「Opening Out」。これは逆に今までにライブ版やカバ−も一切なかった曲であるので、やや意外感があったが、その分懐かしさと共に楽しむことができた。M.ダンフォ−ドが再び12弦に持ち替えた「Midas Man」が終了したところで、メンバ−紹介が始まった。ステ−ジ中央にアニ−とM.ダンフォ−ド、そしてベ−スの Dave Keyes。後方にドラムの Terence.Sullivan、そして左右にセットされたキ−ボ−ドが、 Rave Tesar と Mickey Simmonds。言うまでもなく、アニ−、マイケル、テレンスの3人がオリジナル・メンバ−、ミッキ−が最新アルバムでの参加メンバ−、そしてデイブとレイブの2人は元々はアニ−のソロ活動のサポ−ト・メンバ−である。最新アルバムではオリジナル・キ−ボ−ドの John Tout が何曲かで参加していたが、さすがにツア−に同行するまでには至らなかったようである。

 「有名なバイオリニスト、パガリ−ニを歌った曲です」というアニ−の紹介で始まったのが、その最新アルバムからの「Lady from Tuscany」。更に同じアルバムから「Pearls of Wisdom」、そして「ビクトリア時代のスコットランドの画家を歌った曲」と紹介された「Dear Landseer」と3曲が続けて演奏された。1983年の「Time Line」以来、13年振りのアニ−が参加したルネサンス名義での最新アルバムであるが、後期のややビ−トを強調し行き詰まった時代から復活したかのように、「Lady from Tuscany」はアップテンポになりながらも、メロディ−ラインを失わず、「Pearls of Wisdom」は初期のリリシズムを維持し、そして「Dear Landseer」も曲の展開を楽しめる作品に仕上がっており、確かに満を持して完成させたという思いが強く感じられる。オリジナル・メンバ−以外の3人も、昔の曲ではやや付き合って演奏しているという気配であったが、この最新作ではそれなりに緊張感を持って演奏しているように思われた。

 「Top 10に入った曲をやります」というアナウンスで始まったのは、これも彼らの代表曲で、その後多くのカバ−や別バ−ジョンでも聴いてきた「Northern Light」。それでもライブ版は今までなかった作品であるので、再び感動。
 
 9曲目は、アニ−が「AnandaにM.Dunfordが提供してくれた曲です」と紹介して始まったバラ−ドの「Precious One」。このソロ・アルバムは、日本で発売されていないことから、過日米国にインタ−ネットで申し込んで、現在配送待ちであるが、キ−ボ−ド2台とベ−スによる美しい曲である。しかし次に同じアルバムから、タイトル曲の「Ananda」が演奏されると、こちらは、ト−キングドラム風の強いビ−トとアラブ/東洋音階のメロディ−が特徴的で、ルネサンス本来の路線を越えようという意志が強く出た作品であった。恐らくアニ−は長くルネサンスの再結成を拒否してきたと言われているが、こうして再編成した後も、自分の音楽がかつてのルネサンスの時代から進化しているとの自己主張をしたかったのであろう。

 マイケルが「Way Back ,Way Back」と言って始まったのは、一転彼らの中期の代表曲「Mother Russia」。ベ−スによる静かなイントロからシンセサイザ−が被さり盛り上げたところで、再び静寂が訪れアニ−のボ−カルが入る。そして何度もライブで聴いてきたあのドラマチックな展開が、20年以上の歳月を経て、一寸の狂いもなく再現される。最終部でアニ−が歌うフレ−ズ、「Mother Russia is crying for you」の「crying」では感動の余り、悪寒が背筋を駆け巡るような感覚を抱いたのであった。そしてもう一曲のナツメロ。レイブのピアノ・イントロから始まったのは、「Trip To The Fair」。レイブのピアノ・ソロによるあのドラマチックなイントロから、ミッキ−の仕組んだオルゴ−ルによるつなぎとアニ−によるテ−マ、そして再び8ビ−トから4ビ−トへリズムが展開する中、かつてのJ.ホ−クンのそれよりもずっとジャッジ−なレイブのピアノ・ソロへと移っていく。この曲も、メイン・テ−マについてはS.アドリントンのカバ−でスタジオ録音されているが、オリジナル・メンバ−によるライブ・バ−ジョンはなかったものである。この日のもう一つの「サプライズ」であり、また聴きごたえのある一曲であった。そして最新アルバムのエンディングを飾るL。かつてのシンフォニック・ロック時代を再現するかのような、しっかりした展開を持つ10分近い大作であるが、スタジオ版そのままの、一矢乱れぬ演奏は見事であった。

 こうして若干の休息の後、ステ−ジはアンコ−ルに移った。オリジナル・メンバ−の3人、アニ−、マイケル、テリ−がステ−ジに並び、「I Think Of You」が、まずマイケルのギタ−のみの伴奏で一番が、そしてテリ−のボンゴが入り2番が演奏される。静寂の中、アニ−の澄んだ声が広がる、初期の名作である。続いて全員が登場して始まったのが「Ashes Are Burning」。セカンド・アルバムのタイトル曲で、2つのライブ版でもそれぞれ20分以上に渡り展開される彼らの代表曲である。シンバルの金属音によるイントロから、キ−ボ−ドが入り、盛り上がったところでアニ−のボ−カル、そして長いアドリブへ。まずエレキギタ−のないこのバンドで、ミッキ−がシンセサイザ−でエレキっぽいソロを聞かせた後、デイブのベ−スソロへ。オリジナル・ライブのJ.カンプのソロよりもテクニックは数段上である。ドラムとの掛け合いを経て、再びアニ−によるテ−マへ戻り、最後はあのアニ−特有のハイト−ン・スキャットがこれでもかこれでもか、と繰返される中、ドラマチックに終焉していったのである。演奏時間は丁度20分。もう何も言うことのないエンディングであった。

 ルネサンスの音楽の特徴は、何と言ってもしっかりした印象的なメロディ−ラインとそれを歌い上げるアニ−の透明なボ−カルにある。そしてそのメロディ−を核にして、演奏陣が、キ−ボ−ドを中心に、70年代の流行であったプログレ風のアレンジでサポ−トするという構造のバンドである。しかし、あえて言えば、イエス、キング・クリムゾン、EL&Pといったバンドが、個人の演奏力をぶつけ合い、そこから生まれる緊張を昇華させたものであったのに対し、ルネサンスの音楽は、むしろ始めからアニ−のボ−カルをしっかりとした演奏が支える「調和」を基調とするバンドであった。その意味でルネサンスは決して「プログレ風」バンドではあっても「プログレ」そのものではなかった。既に最初に書いたとおり、このバンドの全盛期に、私が彼らの音楽に親しみながらも、レコ−ドを買うまでに至らなかったのは、当時の私の感性では、このバンドの音楽が緊張感や刺激という点で、必ずしも選好度が高くなかったためであった。しかし、その後、次第に私が年齢を重ね「癒し系」への志向が強まるに連れて、このバンドの音楽は、ほどほどの緊張感と展開力を持った、しかし決して疲れることのない音楽として、私の嗜好の中心に移ってきたのである。

 このバンドが決してメンバ−のエゴをぶつけ合う、緊張感の高い音楽でなかったことから、発表から30年近く経った現在においても、音楽の質はほとんど変わることがなかった。例えば、EL&Pの再結成コンサ−トで感じたように、50歳前後のメンバ−が演奏する「タルカス」は、それなりに老練なテクニッシャンによる演奏ではあったが、70年代に、あの雨の後楽園球場で聴いた「タルカス」とは別物であった。同様に50歳前後になったイエス、キング・クリムゾンらは、引続き活発な活動を続けてはおり、そして彼らがそれなりに発展させてきた「現在の音楽」はあるものの、昔の曲を演奏する場合は、残念ながらその中身は過去の同時代で聞いていた時とは大きく異なる「現在の解釈」で再現されたものになってしまっている、と言える。その意味で「プログレ」バンドの代表曲は、「同時代」で聞く必要があったのであり、再結成で昔の曲を聴く場合は、ノスタルジ−は感じるものの、かつての緊張感溢れたライブとは自ずと異なっていることに気が付かざるを得ないのである。

 その意味で、このルネサンスは、決して「プログレ」バンドではなかったことから、そして演奏自体も「バトル」ではなく「調和」であったことから、30年近く昔の曲を、当時と同じ演奏として聴くことができたのである。「Mother Russia」や「Northern Light」はその意味でまさにロックのスタンダ−ドであり、メンバ−は替わりながらも同質の音楽を時代の流れを越えて再現できるタイプの音楽なのである。その意味では、まさにルネサンスと同様、「プログレ」としての刺激が足らないことから若い時代はレコード購入意欲が低かったにも関わらず、そのメロディ−ラインへの選好から、その後はほとんどを揃え愛聴しているMoody Bluesも同じような位置付けになるのであろう。

 こうしてルネサンス東京公演は、30年近い歳月をタイムスリップさせるものになったのである。継続的に活動を続けてきた Moody Blues と異なり、ルネサンスは20年近いブランクを経ての再結成であったが、過去の音楽は、一部の新しいメンバ−によるアドリブの新しさはあったものの、基本的に過去の同時代的雰囲気で演奏され、新たなアルバムからの曲は、かつての雰囲気を維持しつつも新たなスタンダ−ドの確立を予感させるものであった。老齢になっても疲れず聴ける「癒し系」ロックのひとつとして、アニ−のボ−カルと、ピアノとアコ−スティック・ギタ−中心のサポ−トは引続き私の心を占拠し続けるのであろう。そんなことを感じた新宿の夜であった。

2001年3月31日 記

(追記)

 この公演から13年を越える日々が過ぎた2014年6月、再度のシンガポールでの勤務に出発する際の持参音源として、この公演のライブ盤である「In the Land of Rising Sun」を購入した。

 このCD2枚組は、公演直後の2002年に発売されたが、当時迷った末に購入を先送りした作品である。まさに自分が参加し、感銘を受けた公演の実況版であるが、3600円近い価格だったこともあり、その時点ではあえて手を出さなかった。しかし、それから長い日々が過ぎ、今回ネットで転勤前の購入候補をあさっていたところ、値段も1300円まで下がってきていたことから購入したものである。もちろん収録曲は、13年前の上記レビューのとおりである。そして改めてCDでこのコンサートを通して聞き直してみると、上記のレビュー通りの感覚がよみがえるのを感じたのである。

 彼らは、現在のメンバーで、最盛期の2枚のアルバム、「Turn Of The Card」と「Scheherazade & Other Stories」を再現したDVDなども出している。これも迷ったが、今回の日本滞在中に、ユーチューブで、1972年の彼らのフル・コンサートの映像を見ることができたので、購入は先送りすることにした。しかし、また10数年後に、もし私がまだ生きながらえていたら、またこうした作品に手を出してしまうのではないか、と感じている。ルネサンスは、間違いなく私にとっては生涯の伴侶であるバンドの一つである。

2014年6月7日 記