アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第五部:シンガポール編 (2008−2020年)
Mike Stern Band featuring Dave Weckl(写真付)
日時:2009年3月13日
会場:Esplanade Theatre Studio 
 2月中旬に予定していた元シカゴのベース奏者/ボーカリストであるP.セテラの公演が1週間前になって突然中止になったこともあり、何か替わりになるものはないかと探していたところ、このコンサートが引っ掛かってきた。これは、3月に入ってエスプラネードで行われている「MOSAIC MUSIC FESTIVAL」の一環として開催されたギタリスト、M.スターンに、チック・コリアと共に活動していたD.Wecklをドラムに迎えたバンドのライブである。このシリーズでは、他に、Brad Mehldau TrioやEliane Eliasなど、私がCD音源を持っているミュージッシャンも参加しているが、今回はこのプログラムだけを選択した。

 M.スターンというギタリストは、名前は時折聞いていたが、その音を聞くのは全く初めてである。しかし、D.Weckelは、チック・コリア・エレクトリック・バンドとしてCDを何枚か聴いている他、1992年にフランクフルトでの彼らのライブを聴いている。またやはりドイツで発見したアゼルバイジャン出身の女性ピアニスト/ボーカリスト、アジザ・ムスタファ・ザデの2枚目のアルバムで、彼女のトリオでのサポートとして客演しているが、このアルバムはデイブの切れの良いリズムに触発され、アジザの力強いタッチがいかんなく発揮された秀逸な作品であった。そんな理由から、おそらくマイクだけでは聴きに行く気にはならなかったのであろうが、デイブのドラミングも見られるということでチケットを購入したのであった。

しかし、それは主人公であるマイクに失礼なので、まずは、彼についてコンサート後仕入れた概要を記載しておこう。米国ボストン生まれのギタリスト、マイク・スターンは、80年代にフュージョン系ギタリストの登竜門であるマイルス・バンドに、マーカス・ミラーやビル・エヴァンスらと共参加し、ジャズ・シーンに登場。その後ジャコ・パストリアス、マイケル・ブレッカー、デヴィッド・サンボーンらと共演しながら、現在まで13枚のアルバムを発表、グラミー賞にも5回ノミネートされているという。音楽的には、「ジャズ・フュージョンを基盤に、フォーク、ブルース、ロックの要素も取り入れたフリー・アプローチを特徴とするギタリスト」と紹介されている。

 今回の会場は、スポンサーとしてHeinekenの冠がついたTheatre Studio。場所を確認するため、7時半開演の40分前に会場につき、その上でビールを一杯飲んでから開演の20分ほど前にそこに戻った。
 Studioというだけあって、小劇場という感じの小さなスペースである。今回は全て立ち見と言うこともあり、どの程度人が集まるのかが分からなかったが、開演20分前でも、ステージ最前部には、まだ充分スペースがある。ギター・エフェクターが床に置いてある位置の最前列で、チケットに含まれているドリンク券で買ったビールを飲みながら開演を待った。

 予定から数分遅れ、バンドが登場。予想通りマイクが、かぶりつきで待つ我々の真ん前に、使い古したと思しきストラトを持って位置し、後ろにドラムのデイブ。当日名前は分からなかったが、右フロントにスキンヘッドのテナーサックス奏者Bob Franceshini、その後ろにエレキベースのTom Kennedyという4人編成である。早速アップテンポのナンバー(恐らく「Who Let The Cats Out」のオープニングである「Tumble Home」)が開始される。ジャムセッション風の軽いノリで、マイクのギター中心のソロが繰り広げられて行く。我々の前にギターアンプがあるせいか、ボブのサックスはあまり聴こえてこないが、マイクのギターは、これでもか、といった感じで突き刺さってくる。特に、途中でエフェクターを使いファズに切り替えると、やや耳を劈くような鋭い音となって襲ってくる。デイブのドラムは、それこそ気楽なスタジオ・ジャムをやっているという感じで、チック・コリア・バンドで聴かせるような緻密な音作りではないが、ドライブ感のある力強いタッチは、真近で見ていることもあり、迫力満点である。ミック・ジャガーにかまやつひろしを足して二で割ったような顔のマイクは表情豊かににやけたり、歯を食いしばったりと、刻々と変化するのに対し、デイブはしばし真顔を崩さず、リズムを刻んでいる。結局このオープニング・ナンバーは30分近く演奏されることになった。
 続いてややスローに始まり、次第にアップテンポに展開する曲、そしてデイブのドラムをフィーチャーした曲と進み、4曲目は、ディレイを使ったスペーシなイントロから始まる曲(眼の前のギターでマイクが生の音を出した後、ディレイしてアンプから音が出てくる様子がよく分かった)が終わった時には既に予定の1時間を過ぎていた。更にアンコールで再びオープニング曲と感じが似たアップテンポのナンバーが終了した時には、9時近くになっていた。

 今回は予習を一切しなかったこともあり、曲については全く初体験であったが、今回の演奏はフュージョンといってもファンクやロックに近い演奏という印象であった。彼のギターは、時折確かに面白い早弾きフレーズを繰り出していたが、私が主として聞いてきたメセニー、ディメオラ、マクラグリン、コリエルといった人々と比べると、やや音に特徴がない。その意味で、確かにライブは楽しめるが、終了後、曲やギターのフレージング自体に強い印象が残るものではない。それに対し、やはり今回より強い印象を残したのはドラムのデイブであったといっても過言ではない。しかし、ドラムという楽器の性格上、やはりフロント楽器と絡んで初めてアンサンブルとしての力強さが生まれるので、その意味では、一流ミュージッシャンのバンドの割には、やや特徴のないステージになってしまったことは否めない。
 とは言いつつも、これだけのミュージッシャンのステージを、これだけ真近で見られるという感激は、そうした不満を補って余りある。ステージの途中から、周囲の観衆が、遠慮なくフラッシュをたき携帯で写真を撮っているのに気がつき、こちらもかぶりつきであるのを良いことに、自分の携帯で写真やビデオを撮りまくっていた。こんなことができるコンサートは、正直生まれて初めてである(と言うことで、当日撮影した写真の幾つかを以下に紹介する)。

      

 コンサート終了後、マイクは客席を通り、入口のCD販売カウンターに向かって聴衆と共に歩いて行ったが、その際「CD,CD」と叫んでいた。これは、その後見た彼に関するサイトによると、コンサート後の恒例の光景なのだそうだ。こちらは、購入の列に並ぶのも面倒なので、そのまま余韻に浸りながら会場を後にし、翌日一般のCD屋で彼の作品を1枚購入すると共に、関連するサイトを覗きながら、復習を行ったのであった。

 今回の編成は、実は日本のCD屋でよく見かけていた2006年の「パリ・ライブ」のDVDと同じメンバーであることが分かった。このDVDは、どうしようか迷って、結局購入せず、またここシンガポールでは目にしない作品であるが、いつか機会を見つけ手元に置いておこうと思う。また翌日購入したCDは、やはり2006年の「Who Let The Cats Out」であるが、これは前述の「Tumble Home」のような、フュージョン・ナンバーから、よりビバップに近いジャズまで広い曲想の作品が含まれており、また楽器も当日の4つに加え、ピアノやトランペットも加わっている。収録されている10曲中、ドラムはデイブが3曲で、サックスのボブは7曲で参加しているが、ベースのトムの参加はなく、代わりにRichard BonaやAnthony Jacksonといった大所が参加している。パリ・ライブのDVDには入ってるとはいうものの、やはり、今回のトムはやや急遽手配されたという感じのセッションマンなのだろう。

 コンサート後、当地の新聞にいくつかの評が掲載されたが、その一つ(3月16日付The Straits Times)を簡単に要約して紹介しておこう。

 「ギタリスト・作曲家であるM.スターンは現在活動するジャズ・ミュージッシャンの中でも最も創造的な一人である。彼のスタイルは、伝説的存在であるマイルスと共に活動した結果、ジャズのみならず、ブルース、ロック、ワールド・ミュージックの多彩なリズムが融合したものになっている。
 彼のシンガポールでの公演は、1990年代、ボタニック・ガーデンでのフリーコンサートで、ブレッカー・ブラザースと共演して以来であるので、彼のファンが長く待ち焦がれていたものであった。
 結果は、十分満足できるものであった。まず、ロック的なアプローチで、2006年のアルバム「Who Let The Cats Out」からの「Tumble Home」を居酒屋風の雑然としたアレンジで聴かせた後、直ちに次にはメージャー・セヴンコードを基調にしたエレガントな彼らいしいフレージングを聴かせる。ソロでは、ウエス・モンゴメリー風のオクターブを聴かせたと思うや、次には、チャーリー・パーカーとジミ・ヘンドリックスを混ぜ合わせたような熱狂的な強い音に移る。
 メンバーのうち、D.ヴィッケルは、彼のデビュー・アルバム「Upside Downside」でも共演している。
 同じアルバムからの「KT」は、レゲエとスイングの混ざったタイプの音楽であるが、ここではサックスのB.フランチェシーニがソニー・ロリンズ風のソロを聴かせ、ベースのT.ケネディーはジャコ・パストリアス風のグルーブでサポートしている。このジャズ・フュージョン風の音作りは、次の「Wishing Well」でも使われているが、この曲はニューヨークからしか出てこないような古典的なフュージョンになっている。次のバンド演奏であるバラード曲「What Might Have Been」に移る前に、マイクは、器用でやや不思議なコードのないソロを聴かせるが、そこには古典的アルペジオからビーバップの進行、そして粘っこいブルースといった要素が混在している。ヴォリューム・ペダルを上げてメセニー風のソロを聴かせた後、直ちにそのバラードに移っていくが、これは失われた恋を求めるエチュードのような作品である。かと思うと次の「Tipatina’s」では、ソニック・ギターのノイズを上げて燃えるような演奏を繰り広げる。ここでのハイライトはデイブの華麗なドラム・ソロである。トニー・ウイリアムス、マックス・ローチ、アート・ブレーキー、ジャック・デジョネットといった偉大な先達に加え、アフリカ系の著名なドラマーのタッチの影響も受けたそのプレーはドラムの歴史そのものであり、複数のリズムが同時に進行する(polyrhythmic)、まさにクールな演奏であった。
 4分の3ほど埋まった立ち見の聴衆に、バンドはもう一曲演奏するが、それはかの有名なマイルスがカムバックしたライブ・アルバムで、マイクも参加していた「We Want Miles」(1981年)からの「Jean Pierre」である。その曲でもバンドは、ジャズとパンクを結びつけたようなサウンドを聴かせるが、それは見事なまでに騒々しいものであった。
 M.スターンは変化を好まないようなタイプのミュージッシャンである。彼は同じようなフュージョン音楽を長年にわたって演奏してきた。もし彼が、メセニーやジョン・スコフィールドのように、もっと創造的に音楽の幅を広げてきたらもっと著名になっていたのであろう。しかし、この日のミュージッシャン達は、その広い音楽性と共に、規律と演奏技術とハードワークが備わった音楽がどのようなものであるかを見せてくれた。そしてそれ故に、彼らの欠点を見つけることは決して出来ないのである」(音楽評論家Kelvin Tan)。やや褒めすぎかな、という感もあるが、そこそこ共感できる部分もあるコンサート評である。

2009年3月21日 記