アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第五部:シンガポール編 (2008−2020年)
Hiromi(上原ひろみ) Live in Singapore
日付:2012年5月22日                                                             会場:Esplanado Theatre 
 ニューヨークを拠点に、最近目覚しい活躍をしている日本人女性ジャズ・ピアニスト、上原ひろみ(以下「ヒロミ」)の、ここシンガポールでのコンサートが開催された。この時期にエスプラネード劇場で定期的に行われている一連の音楽イベントである「MOSAIC」の一環としての公演である。今年のこのイベントでは、日本人ジャズ・ピアニストとしては小曽根真も来ていたが、こちらはやや変わった楽器編成での大人数のバンドであったことから、シンプルなトリオで、今年初めのグラミー賞も受賞していて旬のアーチストであるヒロミに行くことにした。

 まずは、コンサート前に当地新聞に掲載された、彼女への電話インタビューを中心とした紹介記事を見ておこう(5月18日付、The Straits Times)。

 「日本人ピアニストのヒロミは、コンサート・ツアーにはうんざりしているが、それでも聴衆との交歓を楽しみにしている」と題された記事は、概ね好意的なコメントを寄せている。

 「“コンサート・ツアーに出ていると、ほとんどそれ以外のことをすることができないのでうんざりするが、それでも世界中の聴衆の前でプレイできる喜びで、この苦労を耐えることができる”、とこの33歳の上原ひろみという女性ピアニストは感じている。今回のコンサートは2006年の3月と12月以来のシンガポールでの公演である。この時のコンサートでは、米国のジャズ雑誌“Jazz Time”が、“素早い指の動きと超絶エンジンを備えた野生女”と表現したこの細身の音楽家は、表現豊かで生き生きとしたプレイ・スタイルでファンの度肝を抜いた。どこからこのエネルギーを得ているのか、という質問に対し、彼女は“皆が奨める美味しい食事を平らげることよ”とジョークで返した後に、“ステージに上がって観客の姿を見ると、大きな力が湧いてくるの”と答えている。続けて“全てのライブは、一回限りのもので、中には同じ人が聴いているかもしれないけれど、同じ時間に、同じ場所で、同じ観衆に対し演奏することはない。それが素敵なことで、楽しいのよ。”」

 「今回の公演での彼女のサポートは、米国ジャズ・シーンのヴェテランの二人のミュージシャン、6弦ベースのAnthony JacksonとドラムのSteve Smithである。“私たちの相性はぴったりで、彼らとのプレイは最高。彼らをとても尊敬しているわ。”」

 「静岡県生まれの彼女は、6歳からクラシックのピアノを始め、その後一人のピアノ教師からジャズを紹介される。そしてこの神童は、12歳にして既に海外での演奏を始めることになる。彼女の記憶に残っているのは、その頃台湾で行った演奏で、この時、彼女はピアノが自分の天職だと感じたという。“それは子供のコンサートで、私は2曲演奏したのだけれど、中国語が分からない私は、ただ誰かに肩を叩かれて自分の演奏の順番だと分かったくらいだった。でも、いったん演奏を始めると、皆が笑顔で聴いてくれた。それで、私は言葉ができなくても、音楽の魔力で彼らを楽しませることができることを知ったの。”」

 「17歳の時開催された東京ジャズ・フェスティバルで、彼女はジャズ界の大御所、Chick Coreaに個人的に指名され、二人で即興演奏を行うことになる。その後、彼女は、ボストンにあるバークレー音楽院に入り、そこで米国ジャズ界では有名なAhmad Jamalに師事する。“私は全ての偉大なミュージシャンの音楽を聴き、それによって自分を音楽的により良く表現できるようになった。自分の好きなミュージシャンと練習することが最大の楽しみで、彼らと接することで、益々賢くなることができたの。”」

 「2003年、彼女はデビュー作である“Another Mind”をリリースするが、それはレコード業界で話題となり、日本の年間最優秀ジャズアルバムを受賞する。それ以降、彼女は昨年リリースされた最新作の“Voice”を含めて更に5作を発表している。今回のコンサートでは、主としてこの最新アルバムで彼女自身が作曲した作品が披露されることになるだろう。“私は、シンガポールで演奏できることにとっても興奮しているわ。過去2回のそこでのコンサートは素晴らしかったし、シンガポールは大好きよ。また戻れてとってもハッピーよ。”」ということで、惜しみなく愛嬌を振舞う彼女のコメントで、記事は締めくくられている。

 今回購入したチケットはS$88、S$58、S$38の内、最も高いS$88のチケットである。席は、アリーナの中央N列、アルファベット通りの設定であれば、前から14番目。先般のオリビア・ニュートン・ジョンの時の天井桟敷席とは大違いの、ステージ至近の好位置である。開演予定の7時半に席に着くと、直ぐに会場が暗転し、7時40分、コンサートが始まった。

 ステージのセッティングは、ステージ向かって左にピアノ、中央がベース、右側がドラムというセットである。ピアノの上にはシンプルなピンク色のシンセサイザーが置かれている。ヒロミは、タイツの上にノースリーブの膝まである上着。ベースのAnthony Jackson(以下「アンソニー」)とドラムのSteve Smith(以下、「スティーブ」)の二人も、もちろんラフな格好である。ドラムの合図で、この日のコンサートが始まった。

 ジャズ・コンサートの曲目は、よほど聴きなれた楽曲でないと判別が難しい。ましてや、私が音源として持っているのは、昔レンタルで借りて録音した2006年発表の「Spiral」のみで、冒頭の新聞記事でこの日の演奏の中心と言われていた「Voice」も、直前に町のCD屋で探したが見つけることができず、聴いていないままである。その結果、最初の3曲は、2曲目終了時のヒロミのMCで曲名が特定できたが、それ以外の曲名は会場では分からなかった。結果的に当日の演奏曲が全て特定できたのは、後述の新聞レビューを見てからである。それによるとこの日の演奏曲は以下の通りである。

(演奏曲目)
@ Desire (Voice, 2011)
A Delusion (Voice, 2011)
B Now or Never (Voice, 2011)
C Beethoven’s Sonata No 8 (Pathetiqye Sonata) (Voice, 2011)
D Labyrinth (The Stanley Clarke Band, 2010 / Voice, 2011)
E Haze (Place To Be, 2009 / Voice, 2011)
F Dancando No Paraiso (Another Mind, 2003)
G アンコール XYZ(Another Mind, 2003)

 オープニングは、8ビートのミディアムテンポのテーマで始まるが、すぐにアップテンポに盛り上がる。テーマの一部でシンセサイザーを使うが、これは短いフレーズだけであり、余り印象的ではない。むしろ彼女の本領は即興に入ってからの力強いタッチでの早弾きであり、興が乗ってくると、ステージに近い右足を持ち上げながら身体を左に傾けるのが、意図的かどうかは分からないが、彼女の癖のようだ。ドラムのスティーブは、正確なビートを刻むが、ベースのアンソニーが余り聞こえてこない。音のバランスとしては、ドラムが強く、ピアノがそれに続き、ベースが弱いというように、ややバランスが掛けている感はあるが、ヒロミの演奏の迫力で許せてしまう。スローな部分では、スティーブが、右手はスティックを使いながら、左手はエレキ・ドラムを素手で叩くという乗りも見せていた。

 2曲目もスローに始まるが、直ぐにアップテンポとなり、ヒロミ節全開の即興に入っていく。即興部分の展開は、@と似たような感じである。双方とも10分程度の演奏である。@でも感じたのであるが、テーマのメロディーや和音は、昔ドイツ時代によく聴いた、アゼルバイジャン出身のピアニストAziza Mustafa Zadehの演奏を連想させるが、これはジャズ系の技巧派のひとつのパターンなのだろうか?

 2曲目が終わったところで、ヒロミがマイクを取り上げ、メンバー二人を紹介すると共に、簡単な英語での挨拶を行う。「2年振りにシンガポールに来られてとても嬉しいわ。I miss Singapore」、と愛嬌を振り撒いたところで、1曲目、2曲目と、これから演奏する3曲目を紹介する。これらは全て昨年リリースの「Voice」からの作品であるとのことである。

 3曲目は、ブルースっぽいミディアムテンポのテーマで始まり、しかし、また即興に入ると、再び激しい指使いになる。この辺りからは、何となく学生時代に傾倒したマッコイ・タイナーのソロも思い起こすことになる。彼の音楽をテーマにした私の大学時代のレポートでは、彼の叩きつけるような強いフレージングの原点を「パッション」と表現したものであったが、ヒロミの音楽は、それ程悲愴感の漂うものではない。むしろ、確かに楽しみながら弾いているという気持ちが伝わってくる。その意味では、緊張感あるインタープレイが繰り広げられながらも、基本的には能天気に聴いていられる音楽のような気がするのである。終盤に近い所でややスローになり、ヒロミのピアノとシンセ、そしてアンソニーのベースの3つで短い掛け合いを披露するが、これはあまり刺激的ではなかった。

 これらやや早い演奏の3曲が続いたところで、Cでは一転、静寂がテーマとなる。スティーブはたわしに持ち替え、エレキ・ドラムも手で舐めるように演奏される。静寂の中で初めてアンソニーのベースがそれなりの自己主張を始める。ヒロミも静寂を心にしみこませるかのような柔らかいタッチでの演奏である。続いて再びアップテンポのDに戻るが、この曲のテーマは、丁度フォークソングの「チムチム・チェリー」を連想するような珍しく聴きやすいメロディーである。途中8ビートのアップテンポに移り、再びその耳触りの良いテーマに戻り終了。そしてそのまま今度は彼女のソロのEに移る。メロディアスな、それほど激しい演奏ではなく、むしろ随所にK.ジャレットのソロを意識したようなフレーズも聴くことができた。

 ソロが終わると再びトリオに戻り、よりアップテンポのFが展開される。後半スティーブのドラム・ソロが入り、そして大団円に向けて一気に昇華していく。ヒロミは最後には拳骨で鍵盤を叩きつけ、そして終了。会場は、スタンディング・オベーションに包まれる。そしてアンコールで登場した3人は、再びアップテンポのGを演奏するが、その変則ビートの演奏と、今まで以上に多く使われたシンセサイザーのおかずのせいか、すぐにEL&Pの「Tarkus」を連想させる作品であった。彼女の演奏を「ジャズではない」と言った評論家もいたというが、まさにこうしたプログレ・ロック的なアプローチが、そうした批評を招くのであろう。しかし、私に言わせれば、やはりそれはジャズからのアプローチであり、プログレ・ロックそのものではない。こうしてアンコールが終了。会場はもう一曲のアンコールを期待したが、そこで会場の照明がともることになる。9時10分。約1時間40分のコンサートであった。

 この日の最大の不満は、ベースのアンソニーの絡みの少なさである。私は、コロンビア時代のアル・ディ・メオラのサポートで彼に初めて接し、その後はミシェル・ペトルチアーニのトリオなどでも聴くことがあったが、その頃の若きディ・メロラとアンソニーとの壮絶なバトルは聴きごたえがあった。しかし、この日のアンソニーは中ほどでのスローバラードを除き、あまり存在感を示すことがなかった。その分、ドラムのスティーブが、ミキシング的にも大きめの音で自己主張していたのが目立つことになった。公演開始直後はヒロミのピアノも、ややこのドラムの前に霞むこともあったくらいである。

 しかし、いずれにしろこの日の主人公はヒロミである。そのテクニックと聴衆を弾きつけるパフォーマンスは、NYのブルーノートで、日本人として初めて6年連続、一週間の単独公演を行ったという実績が、決して大げさではないということを感じさせる。作曲面では、例えばチック・コリアのような印象的な作品はなく、またソロでは、K.ジャレットのような個性を確立するところまでは至っていないが、それでも、この1979年静岡に生まれた彼女が、そうした一世代上の偉大なジャズ・ピアニストの音楽を消化し、次世代のジャズ・ピアノを開拓していこうという意欲と可能性は十分に感じさせられた。聴衆は日本人が圧倒的に多いのではないか、という予想に反して、会場―少なくともアリーナが、ローカルと青眼中心でほぼ一杯であったことも、彼女の国際的な知名度を感じさせることになったのであった。

 コンサート後、2つの新聞に、この日のコンサート評が掲載された。ここでは最後にその二つの評をそのまま掲載することにする。それぞれの評で、コンサートの印象だけでなく、曲の演奏順序などにも、やや認識の相違があるのが面白い。
                      
(5月24日付、The Straits Times)

 上原ひろみをジャズ・ピアニストというのは、モーツアルトを教会音楽家と呼ぶようなもので、レッテルでは、その非の打ちどころのない見事な才能を表現することはできない。先月行われた国連主催のジャズ音楽祭で主役を務めた余韻が残る中、彼女は激しく叩きつけるようなオクターブやコードの塊を撒き散らしながら、そして時折椅子から立ち上がり「はい!(Yesの日本語)」と叫び、ベーシストのA.ジャクソンの刺激的なサポートも受けながら、自分が素晴らしいミュージシャンであることを示したのである。元ジャーニーのドラマー、S.スミスも、97分間のコンサートの間、衰えることのない強打のリズムを刻み続けた。

 この日の演奏は、7曲中、2曲を除き全て彼女の最新作である「Voice」からであったが、これは彼女が言葉では伝えられない思いを音楽で表現した作品である。このトリオは、1曲目の「Desire」から、既に熱狂の波を作り出すような演奏を繰り広げる。2曲目の「Delusion」も同じようなリズムの曲であるが、ここでのあまり印象的でないメロディーラインは、朽ち果てた壁に振り落ちた最初の雨粒のような印象である。3曲目の「Now Or Never」はシンコペーションを使ったホンキートンク風演奏であるが、ここではヒロミは、左手でピンクのシンセサイザーを使い「わわわ」といった音を出しながら、右手はピアノの鍵盤を叩き続けている。この夜の熱気が高まってくる。

 トリオの戦略は、聴衆の純粋な喜びを徐々に高めていこうというもので、「Now Or Never」の終わりに向けて、ヒロミとアンソニーのインタープレイが繰り広げられる。そして会場の喜びの小波がステージに近づき、静かな一瞬が訪れたタイミングを見計らって、次の内省的な「Labyrinth」に移行していくのである。

 この曲の間中、彼らはただ生きていることを楽しむかのように静かな音色の演奏を繰り広げるが、最後には「Beethoven’s Sonata No 8」の彼女なりの解釈に向けて、再び攻撃的な演奏の合図を送る。彼女も結局人間なのだ。彼女はさもなければ、静かに始まり次第に高まっていくような彼女自身のソナタにしていた。

 アンソニーは、この日はほとんど表には出てこなかったが、ここではエレクトリック・ベースで哀愁のあるヴィオラのような音を奏でることで、演奏を落ち着かせていた。彼とスティーブは、ここでしばし休息し、ヒロミが華麗なトレモロでのソロのHazeを演奏する。しばしのメランコリーの後に、またいつもの驚くような展開が続く。聴衆はまた彼女のクールな早い指使いを存分に楽しむことになる。

 そこで突然スティーブが激しいビートを叩き出し、最後の曲である「Dansando」に移る。ヒロミとアンソニーも急き立てられるようなリズムに合わせて高速の演奏を繰り広げる。そして当然のアンコールでは、全ての高度な技術が示され、ヒロミは最後にこぶしを宙に突きあげる。そしてそれが満場の聴衆に対する彼女の最後のサービスであった。聴衆の二回目の喝采に続くアンコールはなく、聴衆も大きく、そして長い溜息を洩らすことになったのであった。

(5月25日付、The Business Times)

 日本人ピアニストのヒロミは、片手でピアノを、片手でシンセサイザーを繰りながら、その羽のように膨らんだ髪を振り乱した、アドレナリンに満ち溢れた自由奔放な演奏を繰り広げたが、火曜日のコンサートは、彼女の基準からすればむしろ内省的なものであった。 
   
彼女が6年前に同じ会場で初めて演奏した時は、もっと奔放であった。そしてこの日のプログラムでは、彼女の最新作である「Voice」からの、もっとエネルギーに満ちたプログレッシブ・ロック的な演奏は封印した。そしてその予想外に内省的なこの日の演奏は、初めて彼女の音楽に接した聴衆には少し違う印象を与えることになった。

 バランスがとれていたかどうかは別にして、それぞれの演奏に対する聴衆からの歓声や口笛から見ると、彼らはこの日、ヒロミのジャズ・ハーモニーとロマンティックなメロディー、巧みなテクニック、そして際限のないエネルギーの比類ないブレンドに強い印象を抱いたようだ。9曲(ママ)の内の6曲は最新作の「Voice」からであったが、切望に満ちた「Desire」から始まり、熱いけれどもリリカルな「Delusion」に続き、「Now or Never」に移るが、ここではこの夜のもっともエネルギーに溢れた演奏に加え、曲の半ばではシンセサイザーで、Deep Purpleの「Smoke on the Water」のリフを思わせるような茶目っけのあるソロを聴かせる。彼女はまた、Beethovenの「Pathetiqye Sonata」の静かな一節についての自分なりの解釈を提示し、またこの夜のもっとも激しい曲である「Dancando No Paraiso」や、2003年の関序のデビュー作である「Another Mind」からの作品である「XYZ」を披露するが、この「XYZ」は、彼女は2008年に自分のバンドであるSonicbloomでも録音している。そしてこれがこの夜の唯一のアンコールであった。

 しかし、この夜のもっとも重要な曲は「Labyrinth」と「 Haze」であった。「Labyrinth」 は、「Voice」に収録される前に、2010年に「The Stanley Clarke Band」で録音されたものである。

 「Voice」で参加したドラマーのSimon Phillipsは、今回はSteven Smithに替わったが、ファンは彼女の最近の3つのバンドを通じての曲の進化を比べることができる。この夜の演奏は、より「Voice」での演奏に近いもので、ドラムのサポートも面白く、テンポも早いものであった。

 「Haze」は「Voice」では唯一のソロで、彼女の最初のソロ作品である2009年の「Place to Be」で切り開いた道を展開した作品である。

 火曜日の公演は、60分のスタジオ録音を3分の1以上も上回る時間に渡ったが、メロディアスな高音域での即興と、後半での違ったスケールが反復されるような実験の部分が混在していた。それは明らかにスタジオ録音より優れていたので、まだ彼女のライブ演奏が正式には発表されていないのを残念に感じさせたのである(注:CD版はまだであるが、何作かのライブの映像は過去にリリースされている)。

 ヒロミは三週間前に行われた電話インタビューで、自分の作品の進化が確認できる唯一の手段は、全てのライブ・パフォーマンスを録音することである、と答えていた。そのポイントは、その違いを説明するのは難しいが、もしヒロミの「Haze」が火曜日の演奏のように素晴らしければ、それはできる限りのライブを収録する価値があるということである。

 ヒロミが2回目のアンコールに答えなかったのは残念であったが、それは、彼女が直前にクアラルンプールのジャズ・フェスティバルで演奏し、またこの日は公演終了後に、3日間の中国ツアーに向けた上海行きの飛行機に乗らなければならないという事情があったからである。それを考えると、この日の100分のプログラムは十分納得できる。公演の主催者は、もう一回彼女をここに招待するべきである。何故なら、彼女は既に毎年シンガポールで公演できることを楽しみにしているのだから。火曜日、彼女は「I missed Singapore so much.」と述べた。彼女は、この地ではまだ彼女のSonicbloomというバンドでは演奏したことがないが、このバンドはトリオでの演奏よりももっと刺激的である。またここではソロ・コンサートも行ったことがない。従って、次回この国に帰ってくる時は、是非この2つの可能性を期待したい。何故ならば、この2つのスタイルで演奏された3枚の作品は、まだライブでは演奏されたことがなく、そしてその中の幾つかの作品は彼女のベストのものであると考えられるからである。

(後記)

 このコンサートが行われた週の金曜日の夜行で、私は仕事で日本に向かったため、この書きかけの評はそのままとなってしまった。しかし、この日本からの帰国便の機内のオーディオサービスで、シンガポールでは今までのところ見つからなかった彼女の「Voice」をたっぷりと聴くことができた。特にこの日のコンサートの最初の6曲は全てこの作品からであったことから、機内では、この日の演奏順にそれらを聴くことにより、またこのコンサートを追体験することができたのである。改めてこの作品は手元に置いておきたいと考えている。

2012年6月8日 記