アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第五部:シンガポール編 (2008−2020年)
One Night of Queen
日付:2012年6月23日                                                                                         会場:Sands Theatre 
 Gary Mullen & The Works というQueen のコピー・バンドによる公演である。コピー・バンドなので、一番高い席でもS$125。私は二番目のS$108を買ったが、それでもたかがコピー・バンドにそんな値段を払うのか、という躊躇もあった。しかし昨年11月の Whitesnake 以来、ハードなロックの生音には接していないこと、一応それだけの値段を払うのであればバンドの質はそこそこであろうこと、そしていずれにしろ Freddie Mercury は死んでいるので、本物の Queen を聴く機会はないこともあるので、取り敢えず、コンサート当日の昼過ぎに安売りされていた本物の1981年のモントリオール・ライブのDVDを買い込み、簡単に予習した上で、夕刻MBSに足を運ぶことになった。

 英国出身のボーカリストと彼のバンドによる、今週木曜日から日曜日までの4日間の公演である。初演日である21日(木)の新聞で、いつものように簡単にこの公演が紹介されていた。それによると、この Gary Mullen という男は、38歳のスコットランド出身の元コンピューター・セールスマンで、幼児の頃に Queen の “We Are The Champions” を聴いて以来、熱狂的な Queen ファンになったという。ただ、インタビューによると、彼は自分の流儀で歌っているのであり、友人たちが「声がフレディーに似ている」と言われたが、それはお世辞だと思っており、今でもあまりまじめに取っていない、とコメントしている。しかし、この3人の子供の父親は、TVタレントショウで優勝した後、「Mercury in 2000」という企画でブレイクし、その後2002年から現在まで、この「One Night With Queen」のショウを続けているという。当然のことながら、彼はフレディーを真似るために、時間がある時はヴィデオでフレディーのステージでの癖を研究しているとのこと。「(ステージでいつもプレイしている) Queen を聴いて気が滅入らないか?」という質問に対しては、「全然。僕は彼らの大ファンだからね。そして、僕はファンであると同時にエンターテイナーだからね。」と答えているという。ショーン・コネリーやダーク・ヴェーダーの物まねなどもするというこの男にとっては、フレディー・マーキュリーも物まねの一つのネタなのだろう。

 7時半きっかりに、この日の公演は開始された。コピー・バンドなので、今回は演奏曲目を全部調べることはしないが、私がその場で分かったものは以下のとおりである。特に前半では、聴いたことはあるが、曲名が特定できなかったものも幾つかあったが、後半はさすがにヒット曲中心にまとめていた。

(演奏曲目)
(前半:19:30−20:30)
・Seven Seas of Rhye
・Under Pressure
・Somebody to Love
・Killer Queen
・Bicycle Race
・Don’t Stop Me Now
(後半:20:50−21:30)
・Keep Yourself Alive
・Love Of My Life
・Jailhouse Rock
・Crazy Little Thing Called Love
・Bohemian Rhapsody
・Radio Ga Ga
(アンコール:21:30−21:40)
・We Will Rock You
・We Are The Champions

 Gary Mullen(以降「ゲーリー」)は、フレディーを真似た、白のズボンと、同じく白地に派手な飾りをつけた上着で登場。バンドはギター、ベース、ドラムにキーボードが入っている。オープニングは私の知らない曲で、ゲーリーの声は、しっかりしているが、それほどフレディーに似ているという感じでもない。むしろ新聞記事でも言われていたとおり、ステージでのフレディーの仕草に、よりコピーの軸を移しているような感じである。途中でまず派手な上着を脱ぎ、白のランニングシャツになり、そして最後は上半身裸で歌うのは、全くフレディーのコピーである。MCでは一生懸命観客を盛り上げようとしているが、やはり、その辺にいるおじさんの風貌であるゲーリーは、フレディーの持つあのセクシーなカリスマ性は感じられない。その意味ではギターを中心にした演奏の方が、よりQueenをきちんとコピーしているという印象である。

 観客は、当然青眼も多いが、シンガポール人の若者も結構目に付く。曲のイントロが出ると、私の知らない曲でも反応しているので、それなりにシンガポールでも Queen フリークは多いのであろう。

 Seven Seas of Rhye でのピアノのイントロや、Under Pressure でイントロから繰り返されるベースの短いフレーズ等、なかなかコピーではあるが印象的である。前半の最後近くで、ギターがソロを披露するが、これはブライアン・メイがよく演奏した、エコーによりソロのフレーズをダブらせる深みのあるソロを聴かせただけでなく、自らのスタイルでのソロも披露し、前回聴いた Whitesnake の二人のギタリストのソロと比較しても、決して劣るものではなかった。あるいは、このくらいのギタリストは欧米にはいくらでもいる、ということなのではあろうが・・。前半は丁度一時間のステージで8時半に終了。正確に20分の休憩時間の後、後半が始まる。

 Keep Yourself Alive でのギターのカッティングからドラム・ソロ、アコギとのデュオでの Love Of My Life、フレディー同様「ロックン・ロールだ!」と叫んで演奏される Jailhouse Rock、本物同様ゲーリーもギターを持ちイントロを聴かせる(但し、本物ではフレディーはアコギであったが、こちらはゲーリーがエレキで、リードギターがアコギであった。リードギターがその後エレキに持ち換えるのは本物と同じである)Crazy Little Thing Called Love など、個人的には後半特に盛り上がったが、何よりも面白かったのは Bohemian Rhapsody での演出であった。

 前述した本物の1981年のモントリオール・ライブでも演奏されているこの曲は、途中の重層コーラス部分がテープ編集になっていたが、この日も、ここでは全員がステージから消え、しかし、全くレコーディングと同一のテープが流され、バンドの演奏開始に合わせ再び彼らがステージに戻るということで、その流れは非常にスムーズであった。後半、ゲーリーの声が良く出てきたこともあり、これはなかなか聴きごたえのある演奏であった。こうして Radio Ga Ga から、予想通りのアンコール2曲が披露され、God Save The Queen のテープで締めくくられた。終了は9時40分。後半は50分の演奏であった。

 フレディーが45歳でエイズにより亡くなったのが1991年11月であるので、既にそれから20年以上が過ぎたことになる。その後、バンドとしての Queen は既に伝説となり、数年前には、Paul Rogers が残りの3人と共演する等、時折余暇的な活動を行っていることが聞こえてくる程度である。しかし、多くのQueen フォロアーが現在でも多く活動しているであろうことは間違いない。今回のボーカル、ゲーリーはフレディーが死んだ時で、計算上は17歳くらいであったということになる。こうした世代が、この伝説的バンドのコピーを商売にして、それにより海外公演までも行っているというのは全く面白い。日本でもこうしたコピー・バンドでプロとしてやっていけるのはビートルズのコピーくらいであると思われるが、恐らく欧米では、そこそこ売れたバンドであれば、それをコピーすることでプロとしてやっているバンドも有象無象いるのであろう。しかも、今回のバンドで示されたように、その演奏水準は決していい加減ではない。あるいは、技術的には、もしかしたら本物が30年前に演奏していたよりも上である可能性さえある。コピー・バンドで生計を立てているということに一抹の寂しさを感じながらも、こうしたエンターテイメントの形もあるということを知り、それを能天気に楽しんだ一夜であった。

2012年6月24日 記