アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第五部:シンガポール編 (2008−2020年)
Mike Portnoy,Billy Sheehan,Tony Macalpine,Derek Sherinian - Live in Singapore(写真付)
                                        日付:2012年11月10日                          会場:TAB,Orchard Hotel 
 ここのところ、幾つか面白そうなポップ/ロック系のコンサートが続いていたが、スケジュールが合わなかったりしてなかなか参加できない状態が続いた。日系ハーフの米国若手シンガー・ソングライターのMarie Digby、日本人ボサノバ歌手の小野りさ、バンドでは懐かしいNew Order やアイスランドの一風変わった音作りをする Sigur Ros 等。中でも10月29日にIndoor Stadium で行われた Chicago は、丁度私がティーンエイジャー時代に衝撃を受けた彼らのデビューアルバムのリミックスCDを廉価版で見つけ、懐かしさに浸りながら聴きこんでいた時期に来星が公表されたが、結局出張と重なり行くことができなかった。昨年のサンタナではないが、それこそ約40年振りにライブに行けるかと期待していただけに残念であった。

 そんな矢先に新聞の片隅で見つけたのが、この日の Mike Portnoy, Billy Sheehan, Tony Macalpine, Derek Sherinian の4人によるコンサートである。これは予定のない土曜日の夜であったことから、Chicago に行けなかった憂さ晴らしも兼ね、発売と同時にチケットを購入した。会場は「TAB、Orchard Hotel」。全席スタンディング、フリーシートでS$88である。

 言うまでもなく Mike Portnoy と Derek Sherinian はアメリカのメタル・プログレ・バンド Dream Theater の出身者である。 Mike はオリジナル・メンバーのドラマー、Derek は、私の持っている音源でみると、少なくとも1995年の「A Change of Season」から1997年の「Falling into Infinity」までは在籍しているキーボード奏者である。Dream Theater は、私のフランクフルト時代、10歳ほど若い、かつてバンドをやっていた後輩から名前を聞き、1994年発表の「Awake」から聞き始め、それから前後の作品を揃えていったバンドである。そしてフランクフト滞在時にオッフェンバッハの狭い会場で彼らのライブにも接している。しかし、その時は彼らの音楽を余り聞きこんでいない時期であったこともあり、結局評は書かずに終わってしまった。この日のプレーヤーである Mike のドラミングには圧倒された記憶はあるが、キーボードについての記憶はほとんどない。時期的には間違いなく Derek が参加していたと思われるのだが、当日のパンフなどもなく、今となっては確認できない。

 その Derek は先に Dream Theater を脱退し、1999年発表の「Planet X」という作品でソロ活動に移ることになるが、その後ゲストとして著名な超絶ギタリスト達を迎え、インストルメンタルでのバトルを繰り広げるというコンセプトで多くの作品を残すことになる。作品はソロ名義と、デビュー・ソロアルバムのタイトルをバンド名にした Planet X 名義の2つの活動を続けているが、私は特に2007年の Planet X 名義の「Quantum」というアルバムが、A.Holdsworth が参加していることで愛聴している他、ソロ、Planet X の作品を何枚か保有している。これらの作品は、基本的にハイテク・フュージョンであるので、疲れている時には重たいが、気合いが入っている時には、変則ビートと超絶テクニックが織りなすその極度なまでの緊張を楽しむことのできる作品になっている。そして、この日の他のメンバーである Billy Sheehan と Tony Macalpine も、Derek のソロ転向以降、継続的に Derek 作品に登場している常連である。

 他方、Mike Portnoy については、今回のコンサートが公表されるまで彼が Drek と合流したことは知らなかった。私が持っている Dream Theater の最も新しい作品である2009年の「Black Clouds & Silver Linings」ではまだ彼の名前がクレジットされており、その後別のスーパー・プログレ・バンドである Transatrantic で活動していた(このバンドの音源は、私は2010年の「Whirld Tour 2010」しか持っていないが、これも素晴らしいバンドである)ことから、少なくとも彼が Derek と合流したのはつい最近のことだと思われる。いずれにしろ、それぞれがソロで活動していけるだけの実力をもった連中によるセッションということで、当日、期待感に溢れながら、自宅から30分もかからずに行ける会場に出かけていったのである。

 会場は「TAB、Orchard Hotel」ということであるが、そのホテルには、今までも客が宿泊した際に、ロビーで落ち合うためなどで行ったことがあるものの、そこにコンサートが出来る会場があるという認識はなかった。午後7時の開演ということなので、早めに軽い夕食を済ませてから、6時半に家を出て、地下鉄で二駅のこの会場へ向かった。20分ほどでホテルの近くに到着すると、歩いていたオーチャード通りに沿って50メートル程の長い列ができていた。嫌な予感と共にその列に沿って前に進んでみると、確かにそれは「TAB」と書かれたクラブの入口で開場を待つ人々であった。このバンドにこれほどの人が集まるとはとても考えられなかったこと、それに全席立ち見というので、会場に入るのに並ぶということなどは予想していなかった。取り敢えず道端で煙草を吹かしながら、人の流れが進み始めるのを待って列の後方についたが、結局入るだけで20分かかってしまった。

(会場)


 入り口からエスカレーターに乗り、2階の会場に入ってみると、そこはライブステージのある気楽なバー・レストラン(と言っても、食べ物は「Fish & Chips」程度)であった。私が入ったのは相当最後であったが、それでも中はそれほど混雑しておらず、ステージ最前列も、数10人が群れている程度である。その後ろでも十分近くから見ることができる。いったい何のために20分も並んでいたのかと思いながらも、小振りの会場でもあり、これからのライブへの期待感を抱かせてくれることから、その不満もすぐ鎮まることになった。一杯S$10のビールを飲みながら、ステージ中央後方のソファー席最前列で、前にある仕切りの上にビールなどを置ける場所に自分の位置を確保した。

 7時45分、会場が暗転し、4人がセットに着く。左からDerek、Tony、Billy、Mike の順である。すぐに Tony のアルペジオから、聴きなれたアンサンブルでのアップテンポな演奏が開始される。

 彼らの音楽は、全てインストであることと、例えば Pat Metheny や Al Di Meola の作品のような印象的なメロディーをもったヒットがないことから、個別の曲を特定するのは難しい。しかし、最初から Mike が叩き出す、手数の多い正確な変拍子のリズムに乗った緊張感のある展開は聴き応えがある。Tony のギターは、あまり特徴はないが、その早弾きのテクニックは凄まじい。そのギターに、Derek のシンセサイザーが絡んでいくが、そのキーボードの音があまり聴こえてこない。と思っていたら、Derek がPA に向かって指で「音を上げろ」といった感じの仕草をしていたので、やはり音が十分出ていなかったのだろう。このオープニング曲は、そのまま15分ほど続くことになる。

(オープニング)


 一曲目が終了したところで Mike がマイクを握り、「今晩はインストだけだ。歌はみんなが歌ってくれ」と、簡単なMC。結局この日は、全て Mike が MC を努めることになり、Derek はほとんど喋ることはなかった。「次は、Strangerという曲だ」という紹介で、これは短い5分くらいの曲。続けてややスローな3曲目が演奏される。「次はDerekのファースト・ソロ・アルバムと Planet X のアルバムに入っている曲だ」として演奏された「Apocalypse 1470 BC」が、この日唯一特定できた曲である。

 続いて Tony のギター・ソロに移る。彼のギターは、音を歪ませたり、トーンを極端に変えたりといった小手先の技術を使わない、ストレートなフレージングを中心にした早弾きである。ギター・ソロとしては、今年初めに見た Queen のコピーバンドのギター・ソロ以来であったが、やはりこれとの比較でも圧倒的なテクニックであった。Tony は、如何にも音楽を楽しんでいるという感じで、例えば極度に神経質な表情でギター・ソロをやっていた R.Blackmore あたりと比較すると「明るいギタリスト」という印象であったのは、今までの私の彼に対する印象を変えることになった。

 6曲目は、ハードな演奏で始まりその後 Billy のベースのベース・ソロに移る。Billy は、帽子を深く被っているので、表情は必ずしも見えないが、帽子からはみ出ている髪の毛には白いものが混じっているので、年齢はそこそこいっているのではないだろうか。しかし、そのベース・ソロは、ギター的な早弾きのみならず、左手での演奏など、なかなか派手なパフォーマンスで会場を沸かせることになった。続いてまたスローな曲から、ミディアム・テンポでギター・ベース・キーボードが掛け合いのバトルを行う、緊張感溢れた展開に移る。やはり、こうしたテクニックの応酬が、この手の音楽の最大の聴き所である。

(ギター・ソロとベース・ソロ)




 続く曲は Derek の静かなエレピのイントロで始まり、次第に盛り上がっていくが、これはDream Theater の作品でどこかで聴いたことがあるような曲である。ここでも Derek はPA に不満があったようで、何度か指示するような動作をしていたのが気になった。そしてその Derek のキーボード・ソロ。冒頭から、今ひとつキーボードの音が聴こえていなかったので、どんなソロをやるか興味津々であったが、実際彼のソロは、シンセでギター的な音でのソロを展開することになった。これで分かったのは、むしろ彼は、伝統的なキーボード奏者というよりも、ツインギターの片方として、ギター的な音色で掛け合いを好むキーボード奏者であるということだった。それが、彼がまさに様々な超絶ギタリストとの競演を好んで行ってきた最大の理由であったのだろう。このキーボード・ソロに続き、これまた Dream Theater 的な一曲(「Lines In The Sand」ではないかと思う)が続き、一旦終了した。

 アンコールで登場した彼らは、「今回は歌うぞ」と言って、Billy がメイン、 Mike がコーラスのボーカルを取り、最後の演奏を行う。後からUチューブで調べたところ、「She Boy」という曲であった。彼らのオリジナルなのか、カバーなのかは現時点では不明。まあ、歌はご愛嬌ということで、観衆は盛り上がったものの、曲自体はあまり面白くなかった。こうしてコンサートが終了したのは9時25分であった。

(アンコールとエンディング)




 行きがけに、2階入り口で彼らのCDとDVDを販売していたので、帰りにじっくり眺めてみた。確かに、こちらの一般のCDショップでは販売していない類のバンドの音源なので、仕入れるには良いチャンスであったが、CDは Dream Theater の「Bootleg」版、DVDは Mike の「Drum Clinic」といった作品ばかりで、残念ながら彼ら4人の演奏で、私の保有していない作品は見つからなかった。

 こうしてコンサート後、Uチューブでの彼らの画像をチェックすると共に、ここのところあまり接していなかった Dream Theater を含め、彼らに関係する作品をまとめて聴き続けることになった。やはり、ボーカルが入っている Dream Theater に比較すると、インストだけの Derek のソロ作品や Planet X は、聴いている時は面白いのだが、聴いた後の印象が残らない。そしてそれはこの日のコンサートについても同じであった。実際に会場で聴いている時は、其々のテクニックとバトルの緊張感を心行くまで楽しむことが出来るのだが、終わってみると、其々の曲の印象が今一つ残っていないのである。その意味で、このバンドは究極のジャムセッション・バンドであると言えるのではないだろうか。ジャムの最大の魅力は、刹那的な衝撃が、思いがけないタイミングで聴衆を襲うことである。ジャズの世界では一般的なこうした手法は、かつて60年代末期に、ロックが大きく変革していった時のドライバーとなった。そしてこうしたロック側からのジャムの伝統を現在まで引き継いできているのが彼らなのではないだろうか。以前の写真では鋭い表情をした細身の顔立ちであった Derek は、この日は丸々とした顔と身体つきをした中年男になっていたが、それでもこの刹那的な音の戦いにかける情熱は失っていないと感じた、この日のコンサートであった。

2012年11月13日 記