アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第五部:シンガポール編 (2008−2020年)
Journey World Tour 2013 - Live in Singapore
日付:2013年3月19日                                                会場:Indoor Stadium 
 2013年春のシンガポールの外人懐メロ・ロック音楽シーンは、まずSantana、Deep Purple という、過去にこの地で見る機会があった2つからスタートした。さすがに、この2組は、当地で一回見れば良いかな、ということで見送ったが、続いて公演が予定された Journeyは、1972年のデビュー以来、それなりに追いかけてきたバンドであるが、今までライブの経験がなかったことから、11月にチケットが発売されると同時に購入した。

 振り返ってみると、このバンドのオリジナル・メンバーである Neal Schon(以下「ニール」)がサンタナの第三作目のアルバムで、サンタナと並ぶツイン・リードとしてデビューしたのが、1971年。彼は、現在私と同じ59歳であるので、この時は若干17歳であったことになる。その頃見た彼の写真は、真丸のカーリーヘアーに顎鬚という出で立ちで、とても自分と同じ歳とは思えなかった記憶が残っている。その後、サンタナから独立し、1975年、同じくサンタナのキーボードであったGregg Rolieやブルース・バンド、Ansley Dumber Association のドラム、Aynsley Dunbar、そして、彼と並ぶオリジナル・メンバーとして現在まで行動を共にするベースの Ross Valory(以下「ロス」)らと Journey を結成することになる。サンタナの初期の音楽に傾倒していた私は当然、このバンドも追いかけることになるが、但し資金不足から彼らの音源を揃えるのは、その後社会人となって、ロンドンに赴任してからのことになる。そしてその頃には、既にこのバンドは1977年に新しいボーカルとして迎えた Steve Perry (以下「スティーブ」)の活躍で、アルバム「Escape」(1981年)を大ヒットさせ、スーパー・バンドの仲間入りをしていたのであった。

 しかし長い間、私はスティーブが入り、ポップなヒット曲を連発する前の、地味なブルース系ハード・ロック・バンドであった頃の音源の方を好んで聴いていた。もちろん最初の大ヒットとなったアルバム「Escape」だけは、その後廉価版で調達することになったが、それでもポップな楽曲と、あまりにストレートなスティーブの声よりも、荒削りでアドリブの冒険を試みていた初期の音源がより面白く感じたのである。その後、日本で、1998年のスティーブ脱退を受け、ボーカルが替わった2001年の再結成ライブDVDを調達。そしてシンガポールに来てから、やはり偶々2枚組みのベスト廉価版を入手したことから、時折それを聴くことはあったが、それでもこのバンドの音源や映像に接する頻度はそれほど多かった訳ではない。しかし、今回このライブの予習で、この映像を見たり、音源を聴きこんだりしているうちに、確かにこのバンドの全盛期は、優れた楽曲が多く、またスティーブのボーカルも、それほど単調である訳でもないことが感じられた。これも当方の加齢による緊張感の弛緩と、メロディアスな楽曲を心地よく感じるようになったという変化によるものなのだろうが、それでも2001年のライブDVDでのニールの緊張感溢れたギターワークや、Greg Lorry 脱退後、キーボードを引き継いだ Jonathan Cain( 以降「ジョナサン」)のリリカルではあるがしっかりと自己主張するキーボードはなかなか刺激的であった。こうして、先週末に行った、日本のガールズ・ロック・バンド、スキャンダルのライブの余韻も抜けきらない週初の夕刻、彼らの初めてのシンガポール公演に出かけていった。

 何度も足を運んでいるインドア・スタジアムであるが、従来はステージを横から見る位置が多かったが、この日のチケット(S$151)は、ステージを正面に見る位置で、アリーナ席との境界からは4列目で、その値段の席の中では最前列に近い。距離はやや遠いものの、ステージの全体感も把握することができる。渋滞に巻き込まれ、8時の開演時間に対し、到着したのは8時10分であったが、幸いなことにまだコンサートは始まっていなかった。そしてそれから20分ほど経った8時半丁度に、会場が暗転し、大ヒット曲である@のシンセサイザーのイントロが奏でられると大きな拍手が沸き起こり、この日のライブが始まった。

 セッティングは、ステージ向かって左にキーボード、その横にベースとボーカル、そして右側にギター、後方の壇上にドラムという一般的なフォーマット。この日のメンバーは、ニール(現在59歳)、ロス(同64歳)、ジョナサン(同63歳)に加え、ドラムの Deen Castronovo (以下「ディーン」。同47歳) とボーカルの Arnel Pineda (以下「アーネル」。同45歳) の5人であるが、特に最新のメンバーであるフィリピン人のアーネルが、コンサートに先立って当地の新聞でも紹介されることになった。

 いうまでもなく、このバンドの成功は、フロントマンとして、その声やルックスのみならず、作曲でも貢献したスティーブに負うところが多かった。そのスティーブが、1998年、腰の故障などもあり脱退した際は、バンドの存続が危ぶまれる事態になったが、彼らのプロデューサーが、同種のバンドで、スティーブと同じような声を持つ Steve Augeri を紹介し、彼の後釜のボーカルとして迎えることになる。前述の2001年のDVDは、その彼がボーカルを担当しているが、確かにスティーブのボーカルと比較しても遜色のない歌を披露していた。しかし当地の新聞記事によると、2007年、アーネルが YouTube にアップロードした Journey のカバーをニールが見て、彼に入れ替えたという。別の情報では、Steve Augeri も体調が悪化し脱退、その後短期間別のボーカルを迎えたようであるが、最終的にアーネルをリクルートしたようである。それ以来5年、アーネルはこのバンドのボーカルを続けており、記事では触れられていないが、既にスタジオ録音の新譜も、2008年の「Revelation」と最新作である2011年の「Eclipse」と2作のオリジナル作品に参加している。記事によると、彼も、前任の Steve Augeri と同様、この伝説的なバンドのボーカルを努めることは、たいへんな栄誉であると考えている。ツアーは、4人の子どもと2人の養子を抱えているアーネルにとってはたいへん厳しいものであるが、その彼の Journey でのツアーをドキュメンタリーにした映像が今月初め米国で公開され、この種のものとしては珍しくNew York Times の音楽批評で激賞されたという。Steve Augeri がそうであったように、彼もオリジナル・ボーカルであるスティーブと比較される厳しい立場にあるが、取り敢えず彼は今までの5年間は、何とか楽しみながらこの仕事をやってきた、と記事は結んでいる。しかし当然ながら、私もオリジナルのスティーブ参加のライブ経験はないものの、この日、他の4人よりもアーネルに厳しい視線が行ってしまうことは避けられないことであった。

 当日の曲目は、私が分かった範囲では以下の通りである。

(演奏曲目)
@ Separate Ways (Worlds Apart) (Frontiers, 1983)
A Any Way You Want It(Departure, 1980)
B Ask The Lonely (Sound Track / Two Of A Kind, 1983)
C Send Her My Love (Frontiers, 1983)
D Only The Young(Sound Track / Vision Quest, 1985)
E Guitar Solo – Stone in Love(Escape, 1981)
F Keep on Rolling (Escape, 1981)
G Unkown
H Faithfully (Frontiers, 1983)
I Lights (Infinity, 1978) 
J Unknown
K Keyboard Solo – Open Arms (Escape, 1981)
L Just The Same Way(Evolution, 1979)
M Escape (Escape, 1981)
N Unknown
O Guitar Solo – Wheel In The Sky (Infinity, 1978)
P Don’t Stop Believin’ (Escape, 1981)
(アンコール)
Q Be Good To Yourself (Raised On Radio, 1986)
R Lovin’, Touchin’, Squeezin’(Escape, 1981)

 コンサートは@から始まり、ABとアップテンポの大ヒット曲が、MCなしで続けて演奏される。PAが良くなく、個々の楽器の音は必ずしもクリアーには聞こえないが、ニールの鋭いけれども安定したフレージングは心地良い。ディーンは、手数は多いが正確なリズムを刻み、ロスはDVDの映像のように淡々と演奏を続ける。ジョナサンのキーボードは、普段はあまり聴こえないが、時々重要なフレーズを挿入している。そして肝心のアーネルのボーカルであるが、私の印象では、オリジナルのスティーブや Steve Augeri ともまた少し違った声と歌唱スタイルを持っているように思われた。それにも関わらず、やはりこれらのヒットは、曲が良いだけに、きちんと歌えれば、オリジナルのスティーブとは多少は違っていても、十分楽しめる。但し他の4人と比べ圧倒的に小柄で、また当地の新聞に掲載された写真よりも髪の毛を短く切ったアーネルは、どこにでもいるような東南アジアのお兄ちゃんという感じで、オリジナルのスティーブが持っていたであろうカリスマ性のようなものがあまり感じられないのが気になった。

 Cのスローバラードから、再びDのアップテンポへと続いたところで、早速ニールのギター・ソロとなる。どちらかというと轟音でコードを掻きならす中に早弾きフレーズを挿入していく、というスタイルである。先般小ホールで聴いた Tony MacAlpine との比較では、圧倒的に音の大きさが違う。もちろんテクニックは安定しているが、面白さ、という点では今一。そのままミディアム・テンポのEに移っていくが、やはり彼らは曲で聴かせるバンドである。この曲から数曲、ジョナサンはキーボードからギターに持ち替え、サイド・ギターとしてニールをサポートすることになる。

 FGと私がすぐには特定できない曲、おそらくはアーネルが参加した最近の作品からであろうーが続いたが、Fではアーネルはステージから退き、ドラムのディーンがソロ・ボーカルを取る。なかなかの美声で、激しいドラムがなければ、リード・ボーカルも取れるー少なくとも先般の Drek Sherinian のアンコール曲でのボーカルよりは圧倒的に良い―という印象であった。続くHIはスローバラードの名曲。Hのサビでは、会場からの声が被さるのが聴こえる。

 ニールがアコースティックに持ち替え、アーネルとデュオで演奏するJもおそらくは最近の作品か。ジョナサンのリリカルな、しかしそれほどのテクニックは感じられないピアノ・ソロから予想されたとおり、これまた大ヒット・バラードのK、そして今度はジョナサンがリード・ボーカルを取るLと演奏は続く。ここで裏に引っ込んでいたアーネルが、黒のTシャツに着替え再登場して歌うアップテンポのMN、そして改めてニールが、こちらはスペーシーな音作りで、面白いギター・ソロを聴かせた後、そのまま、これまた彼らのブレークのきっかけの一つとなったOのイントロに移っていく。ここではジョナサンが、結構長いハーモニカでのおかずを入れていた。そして、最後に、これまた彼らのヒットを代表するP。これらで大いに盛り上がったところで、メインステージが終わる。時刻は丁度10時を過ぎたところである。

 アンコールで現れた彼らが、まず演奏したのは、アップテンポのQ、そして最後はスローブギーのRで、最後はコーラスだけになり終了した。時間は10時10分。約1時間40分のコンサートであった。

 コンサート後、当地新聞2紙にレビューが掲載されたが、この内の3月21日のThe Straits Timesのものだけ簡単に見ておこう。

 「音響の貧しさが、新しいシンガー、アーネル・ピネダのエネルギッシュなパフォーマンスを損なう」と題されたレビューでは、まず評者が Steve Perry の熱狂的なファンであることを認めた上で、この日「Separate Ways」でコンサートが始まるや否や、この元々スラム育ちで、ユーチューブで発見された頃の長髪をさっぱりと短くしたアーネル・ピネダという小柄な男に、現在64歳のオリジナル・シンガーが戻ってきたかのように感じたという。実際、この現在45歳のシンガーは、ステージを駆け回り、このベテラン・バンドが好評であった2枚組アルバム(注:2008年の「Revelation」)で復活し、ワールド・ツァーを行うことができるまでに再活性化させた。しかし、彼のエネルギッシュなステージも、会場の音響の悪さのために、若い世代を含むこの日の8500人のファンをやや気落ちさせた。実際、オリジナル・ギタリストのニール・ショーンの切り裂くようなギターのリフで、ボーカルがかき消されることも多く、アップテンポの曲では、サビのコーラスを除くと歌詞が聴き取れないことも多かった。

 2時間に近いコンサートは、アリーナでのロックコンサートとしてはベストに近い音の洪水であった。但し、実際のところそれが最高であった、とは言えない。演奏された22曲(ソロなどを1曲と勘定したのだろうか?)のうち、彼らは「Anyway You Want It」や「Wheel In The Sky」、そしてバラードの「Send Her My Love」、「Lights」、「Open Arms」等を過去のカタログから引き出してきた。ドラムのディーンやギター/キーボードのジョナサンも素晴らしいボーカルを披露し、ロスは快速ベースを弾き続けた。しかし、時として些細なことで聴衆はヒヤッとしたり、あるいはリズムに身をまかせ続けることができなかった。それは激しいギターがピネダの声をかき消してしまったからである。実際、「Escape」を歌った後で、彼はマイクを取り上げ「シンガポール。まだ聴いてくれているかい?」と聴くこともあったのである。

 もちろん聴衆は乗りたがっていた。古典バラードの「Faithfully」では彼らは声の限りを尽くしてリフのコーラスを一緒に歌っていたし、TVシリーズの「Glee」のテーマソングとなり再度ヒットした「Don’t Stop Believin’」のリフが演奏されると、彼らの興奮は最高潮に達した。心優しいアーネルはこの曲を、癌の治療のための移植手術を受けて退院したばかりの13歳の少年に捧げ、最前列に座っていたこの少年の家族に、サイン入りの写真を贈っていた。誰もがー最後にステージに駆け上がり、警備員に連れ去られた酔っ払い女性を含めー歌い、踊ったのだった。確かにJourneyは戻ってきた。そして私はまだSteve Perryの復活を信じている。それまでピネダ、頑張れよ!

 ということで、この記事は、彼らの音量が、この会場の設備と比較し余りに大きすぎた、という感想を持ったようである。そして何よりも、彼にとっては、アーネルは、結局のところSteve Perryの代替に過ぎなかったようである。

 冒頭にも書いたように、多くの Journey ファンにとっては、Steve Perry があまりに強い印象を残したことから、彼の幻想を求め、彼の代替に物足りなさを感じてしまうのはしかたがないのであろう。それに対して、私は、Steve Perry 加入前のリスナーで、加入後は、それほどこのバンドに傾倒した訳ではないことから、特に彼でなければならない、という思い入れはない。そうした私にとっては、この日のアーネルのボーカルは十分楽しめるものであった。やはりこのバンドの魅力は、ニールのギターを中心に、ロックの激しさと、曲のリリシズムが共存しているところにあり、それを表現するボーカルは、特定の声である必要はない。新聞評が書いている通り、確かにPAは余り良くなかった。特にアップテンポの曲では、CDで聴く、彼らの音楽の洗練された構成が損なわれたように感じてしまったことは間違いない。そして冒頭にも書いたとおり、確かにアーネルは上手いけれども、ステージを引っ張っていくカリスマ性を持つまでに至っていない。これはややアジア人蔑視になるのかもしれないが、他のメンバーと並ぶと圧倒的に小柄なアーネルがステージを駆け回り、ドラムの位置からジャンプしたりするのを見ていると、何か子供がはしゃいで跳ねまわっている姿を連想してしまったのである。その意味で、この日のコンサートでは、ニールのギターを筆頭に、バンドの演奏と過去の大ヒット曲のオン・パレードには満足したが、アーネルだけがやはりやや浮いていたように感じたのであった。そんなことで、幾つかの不明である演奏曲の確認を含めて、アーネルが参加している最近のスタジオ録音作品を聴いて、彼のバンドとの相性を改めて確認してみたい、と考えている。

 尚、ライブ中のスクリーン技術についてはおおいに不満が残った。ニールやジョナサンのソロが続いている時に、スクリーンでは、動き回るアーネルや逆にほとんど動くことのないロスが移ったりしていた。特に聴衆は、各人のソロの時は、彼の指使いや表情が見たいのは明らかであり、曲のハイライトと関係の無いプレーヤーが映し出されるのは興醒めであった。これに関しては、まさに彼らが全盛期であった80年代の稚拙な映像技術を見せられたような気がしたのである。

2013年3月23日 記

(追記)

 新ボーカル、アーネル・ピネダが参加している最近のスタジオ作品は、当地のCD屋を何軒か回ってみたが、残念ながら入手することは出来なかった。やはりこの国では、このバンドは過去のバンドであり、その新作を追いかけている程のファンはいないということなのだろう。

 その替わりに、この機会に昔から目にしていた「Greatest Hit DVD 1978-1997」というDVD(2001年)を買い込み、イースターの3連休に眺めてみた。

 単なるプロモ・クリップ集かと思っていたが、これは別にフル・バージョンが出ている80年代のアトランタでのライブを含めた、幾つかのライブも収められており、思ったよりも楽しめるDVDであった。特に1978年の映像では、当時まだ「尖っていた」ニールや、先日のコンサートでおじさん然として淡々とベースを弾いていたロスの、長髪が揺れる格好良い姿に加え、懐かしいGregg Rolie や Aynsley Dunbar の姿も見ることができる。

 しかし、やはりこの映像集で印象深かったのは、やはり当時の Steve Perry の存在感の大きさである。このバンドは、スティーブ歌うポップなメロディーとニールの荒々しいギターが二枚看板であったのは確かであり、そのルックスと共に、スティーブがある種のカリスマ性を持っていたことが、これらの映像から改めて感じられたのである。これを見てしまうと、確かに、その後彼を継いだSteve AugeriもArnel Pineda も、歌唱力や声の質はスティーブと比較して遜色はないものの、このライブでの存在感では、スティーブに一歩も二歩も遅れを取っていると考えざるを得なかったのである。その意味で、やはり前述のThe Straits Time の評でも書かれているとおり、全盛期のこのバンドのフリークからすると、この日のコンサートがやや物足りなかったというのも頷ける。

 しかし、それにも関わらず、このバンドはまだ現在進行形である。旬は過ぎているとは言え、まだまだそれなりの楽曲は送り出してくれることは間違いない。それを期待しながら、新聞評と同じように、私もアーネルには個人的なエールを送りたいと考えるのである。

2013年3月31日 追記