アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第五部:シンガポール編 (2008−2020年)
The Iron Maidens - Live in Singapore(写真付)
日付:2015年6月14日                                           会場:NeverlandU@ St James Power Station 
 今年(2015年)に入ってからは、コンサートとしては、1月にジャズ・フュージョン・ギタリストのLarry CarltonとSteve Lukatherのギター・デュオ・バンドを見て以来、ご無沙汰が続いていた。その間、以前にもこちらで見た日本のガールズ・バンド、スキャンダルや、オーストラリアのポップ歌手 Katy Perry のスタジアム・ライブなどもあったが、今ひとつその気にならないまま過ぎていた。

 そんな中で、今回は The Iron Maidens という、元祖 Iron Maiden のカバーバンドの公演に出かけていった。元祖 Iron Maiden は言うまでもなく、英国のヘビーメタル・バンド。1975年にロンドンで結成され、1979年にメジャー・デビューを果たした後、80年代から90年代を通じて評価を確立。その後メンバーチェンジを繰り返しながらも、現在も活動中である。彼らがスターダムにのし上がっていった80年代は、まさに私のロンドン滞在時期と重なっているが、当時 UFO や Whitesnake など、それまで日本で聴いていた「ハード・ロック」と呼ばれていたコンサートには時々出かけていたが、さすがに彼らのような新世代の「スラッシュ・メタル」と呼ばれていたバンドのコンサートに行く気力はなかった。ゾンビが描かれた、おどろおどろしい彼らのLPジャケットは、そのコンサートに集まる聴衆を予想させたし、それは当時のフーリガンが溢れるロンドンの町の中では、相当リスクを感じさせるものであった。その結果、現在に至るまで、私は、この元祖 Iron Maiden の音源には全く接することがないままであった。

 それにも関わらず、今回このカバーバンドのライブに行く気になったのは、上記のように生の音楽に飢えていたことに加え、これが女性5人組のバンドであるということからであった。言わば、音楽的な興味というよりは、視覚的な関心でのチケット購入だったといえる。またコンサート会場も、私の自宅に近いセントサ・ゲートウェイ入り口、頻繁に買い物に訪れているショッピング・センター、Vivo Cit yの道を挟んだ反対側にある、港湾施設に隣接する倉庫街にあるクラブ、ということで、場所的な興味もあり、全席立ち見のチケットをS$72で購入した。

 シンガポールとしては、珍しく朝から小雨が降り続き、午後も曇天の涼しい気候の中、日曜午後定例のテニスを早めに切り上げ、自宅でシャワーを浴びてからバスで5時半頃、会場に到着した。合流した友人から、開場が6時ということを聞いたことから、コンビニでビールと摘みを買い込み、閉まっているバーのテーブルで時間を潰してから、6時半前に入場することになった。会場は、倉庫をそのまま使ったようなクラブで、正面ステージと奥のバーカウンターの間が、立ち見のオープンスペースになっている。観客も然程多くなく、場所をキープする必要もなさそうなので、バーカウンターを囲んで設置されているテーブル席で、改めてビールを飲みながら開演を待つことになった。

 6時45分頃、前座のバンドが演奏を開始する。華人のギタリスト中心のバンドで、オリジナルのインスト曲の間に、小柄な女性がボーカルを取り、ハートの「バラクーダ」やツェッペリンの「Since I Have Been Loving You」などを披露。席でビールを飲みながら聴いていたが、インスト曲は兎も角、このカバー2曲は楽しめた。

(前座バンド)



 セッティングの変更を終えて、7時45分、The Iron Maidens が登場。早速演奏が開始される。メンバーは、ボーカル:Kirsten Rosenberg (またの名をBruce Chickinson) 、ドラム:Linda McDonald (同 Nikki McBurrain) 、ベース:Wanda Ortiz (同Steph Harris)、ギター(ステージ左):Courtney Cox (同Adriana Smith) 、ギター(ステージ右):Nikki Stringfield (同Davina Murray) という5人である。演奏開始当初は、やや離れた席でビールを飲み続けていたが、それがなくなったのを機会に、3−4曲目から、立ち見のステージ前に潜り込んだ。

 前述のとおり、私は元祖 Iron Maiden の音源には全く接することがなかったので、曲名はまったく特定できないが、ほとんどがアップテンポのメタルである。しかし、かつて耳がおかしくなったUFOのような爆音ではなく、ステージ真ん前でも十分耐えられる、程々の音量である。ただ、ルックスを期待した割には、特にボーカルの Kirsten がとんでもないデブで、声は出ているものの、あまり見る気がしなくなり、よって視線は他の4人、なかんずくブロンドの髪を振り乱しながら演奏するステージ右サイドのギタリスト Nikki と小柄でやや童顔のベーシスト Wanda に行ってしまうことになった。その二人の真ん前に陣取り、しばらく音に身を任せることになった。またドラムの Linda も正確なビートを叩き出し、また左サイドのギター Courtney も、動きは少ないけれども、Nikki とのリフのユニゾン等で、存在感を主張していた。時折、元祖のレコード・ジャケットに登場していたゾンビの仮面をかぶった妖怪(Eddie)がステージを徘徊していたが、これは気持ち悪いというよりも、ほとんどお笑いの乗り。かぶり付きの聴衆も、一部の青眼が、一瞬ビールを振りまいたりしていたが、概して大人しく、安心して久々にメタルのライブを楽しんだのであった。一曲のアンコールでコンサートが終了したのが9時15分。約1時間半のライブであった。

(The Iron Maidens)









 コンサート後、彼女たちのサイトがあったのに気がつき眺めてみると、彼女たちは2001年にカリフォルニアで結成されたとのこと。かつてのギタリストには、その後Alice Cooperバンドに加わったメンバーもいるようで、米国音楽界の中でも、一定の評価を確立しているようである。今回は、アジア各地を回るツアーで、実はこのシンガポール公演に先立つ6月10日から12日の3日間、大阪梅田、名古屋、東京渋谷でライブを行っていたことが分かった(因みに、日本でのスタンディングのチケット料金は6000円)。またシンガポール公演後は、香港から中国(広州、北京、上海)を経て、6月20日の台北で、今回のアジア・ツアーを終える予定とのことである。

 当日のセットリストは見つからなかったが、サイトによると、彼女たちが頻繁に演奏している元祖の曲は、The Number of the Beast / The Trooper / Wasted Years / Run to the Hills / Phantom of the Opera /Aces High / 2 Minutes to Midnight / Hallowed Be Thy Name/ Die With Your Boots On / The Evil That Men Doといったところであるので、この日もこうした曲が演奏されたのであろう。

 以前、Queen のカバー・バンドのライブ評にも書いたとおり、欧米では、かつてのスーパー・スター・バンドのカバー・バンドでも、それなりの聴衆が集められるようだ。そして彼らの演奏力自体は、決してその元祖にひけを取らない水準になっている。この日のバンドも、まずは「女性だけによる元祖 Iron Maiden のカバー・バンド」という売りに加え、そもそも元祖の曲を知らない私でも十分楽しめる演奏力を持っていた。もちろん、今まで多く参加した一流バンドのライブとの比較では、PAがやはり弱く、ギターのソロがきちんと聞こえなかったり、途中でベースの音が出なくなり、数分の間であったが、サポートがステージをうろうろする等の不満、トラブルはあった。しかし、それにも関わらず、私はこの久し振りのライブを十分楽しむことが出来たのであった。コンサート終了後、改めてマリーナを臨む Vivo City にあるレストランの屋外テーブルでビールを飲みながら、十分に気分を発散した開放感に包まれたのであった。

2015年6月17日 記