アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第五部:シンガポール編 (2008−2020年)
Scorpions― Live in Singapore
日時:2016年10月21日                                                          会場:Suntec Convention Centre 
 昨年12月のロック3連荘の後、この手のイベントのネタがないまま10か月近くが過ぎていたが、ようやくその機会が訪れた。今回は、「50th Anniversary World Tour」と銘打ったScorpionsのシンガポール・ライブである。このツアーは、アジアでは、直近は10月3日の台北に始まり、東京、大阪等を経て、直前は10月15日のニューカレドニア、18日のメルボルン、そしてシンガポールの次は23日のハノイと続いていく。その前はブラジルなど、南米を回っていたようなので、結構長い、大掛かりなツアーである。ウェッブ情報によると、ギターのルドルフ・シェンカーがこのバンドを結成したのが1965年ということなので、このツアーは「50周年ワールド・ツアー」と名付けられることになったが、メンバーのほとんどが70歳近くになる中で、ストレートなメタル系の音楽をやりながらこれだけのツアーをやるには、相当なエネルギーを要することは間違いない。

 Def Leppardと同様、このバンドは、実は私は同時代ではほとんど追いかけていなかった。彼らは既に70年代から、出身地ドイツのみならず、英国でも一定の人気を得ていたようであるが、私が認知したのは、丁度私が英国に赴任した1982年に発表された「Blackout」からである。当時ロンドンでライブを見たUFOに、このバンドに一時期参加し、その後自分のバンドを組むことになるマイケル・シェンカーがいた、ということもあり、このアルバムを入手した。確かに彼らの中では、これはセールス的にも好評で、彼らの人気を決定付けたと言われているが、当時の私にはやや単純なスラッシュ系のメタルに思われ、その後はこのバンドの音源を入手することはなかった。折からUFOのライブなどで、ややこの手の大音量ロックが年齢的にも難しくなっていると感じたことも、それ以上このバンドを聴くことがなかった理由と思われる。

 そんなことで、今回のライブが発表されるまで、このバンドの音に接することはなかった。そして、しばらくライブの機会がなかったこともあり、この公演のチケットを入手してから、ようやくウェッブを中心に、「予習」を始めたのである。ウェッブ情報によると、彼らはメンバー交替を経ながらも、現在まで継続的に活動、アルバムも発表してきているという。2010年には、いったん解散宣言を行うが、その時期のツアーが商業的に成功したことで、その宣言を撤回したようである。現在のメンバーは

• クラウス・マイネ Klaus Meine – ヴォーカル (1969- )
• マティアス・ヤプス Matthias Jabs - リードギター (1978- )
• ルドルフ・シェンカー Rudolf Schenker - リズムギター (1965- )
• パウエル・マキオダ Paweł Mąciwoda - ベース (2004- )
• ミッキー・ディー Mikkey Dee - ドラムス (2016- )

ということで、オリジナル・メンバーのルドルフに続き古いのは、ヴォーカルのクラウスであるが、ドラムのミッキーはまさに今回のツアーから加わったようである。

 今回の会場は、Def Leppardと同じマリーナ地域にあるSuntec Convention Centre。ドイツ出身バンドだから、ということでもないが、会場近所のドイツ・レストランで、同行する友人たちとドイツビールとソーセージを腹に詰め込んでから会場に向かった。ステージ前の立見席と、その背後の半円形の席というのも、Def Leppard の時と同様。我々のS$152の席は、ステージを正面右から見る、シート席の前から2列目。Def Leppardの時よりはややステージに近い感じ公演前にである。

 予定開演時刻から20分遅れ、8時20分に会場が暗転し、コンサートが開始される。今回のツアーのセットリストはウェッブで公開されており、直前のメルボルンのリストを持参していったが、公演後直ちにこの日の演奏曲目も掲載された。それによると、当日のリストは以下のとおりである。

(演奏曲目)

1. Going Out With a Bang
2. Make It Real
3. The Zoo
4. Coast to Coast
5. Top of the Bill / Steamrock Fever / Speedy's Coming / Catch Your Train
6. We Built This House
7. Delicate Dance
8. Always Somewhere
9. Eye of the Storm
10. Send Me an Angel
11. Wind of Change
12. Rock 'n' Roll Band
13. Dynamite
14. Overkill (Motorhead cover)
15. Drum Solo (by Mikkey Dee)
16. Blackout
17. No One Like You
18. Big City Nights

(Encore):

19. Still Loving You
20. Holiday (A capella, small part)
21. Rock You Like a Hurricane

 オープニングから、ストレートなロックである。ヴォーカル、ツイン・ギター、ベースが前面に並び、後ろに16×2、計32台のアンプが壁を作り、その上にドラムが位置するというレイアウト。フロントの4人は、時折立見席に突きだした花道に繰り出したり、アンプの上のドラム横に移動したりする。アンプの数から、これは、かつてのUFOで食らった爆音の再現かと、やや危惧したが、音量は抑え気味で、また各楽器のバランスも非常にクリアで安定している。

 冒頭の数曲は、ウェッブでは数回聴いたものの、あまり強い印象はない。しかし、さすがに50年、荒々しさはないが、年相応に安定した演奏である。4、のインストルメンタルでは、ツイン・ギターに加え、ヴォーカルのクラウスもギターを持ち、トリプル・ギターとなる。オリジナル・メンバーのルドルフは、フライング・ブイでの演奏であるが、これは恐らく結成以来の彼の好みなのであろう。

 「70年代に帰るぞ!」という紹介を受けメドレーで歌われた5、は、私は知らない曲であるが、彼らの初期の作品群なのであろう。恐らく代表曲の一つと思われる6、インストルメンタルの7、を経て、クラウスが「皆で歌おうぜ」と呼びかけ、8、から11、までがアコースティックで披露される。私の予習過程では、全くアコースティックの音源は聴いてこなかったので、やや意外であったが、なかなかしっとりと聴かせる演奏である。そして再びハードなロックンロール。13、では、クラウスが電子楽器に負けない強さの口笛を披露する。14、はミッキーの高速ビートに合わせたモーターヘッドのカバーで、背後のスクリーンではモーターヘッドの面々(元メンバーである、その時代の彼か?)が映し出される。そのままミッキーのドラム・ソロに入るが、これは力強いが、まあ普通のソロ。そして16、以降は私も聴きなれたヒット曲のオンパレードである。一つ直前のメルボルン公演と異なっていたのは、アンコール2曲目に、20、がアカペラで歌われたこと。このままこの曲に入るのかな、と思ったらさわりだけで、そのまま20、に移り、そして10時ちょうどにこの日の公演が終了した。1時間40分。年齢と、体力も消耗するこの手の音楽の性質を考えると、よく頑張ったと言える、この日のコンサートであった。個人的にも、久々のロック公演で、十分に発散できたカタルシスとなった。

 公演前に、当地新聞(The Straits Times)に、彼らのインタビュー記事が掲載されたので、簡単にそれを見ておこう。

(10月20日付、The Straits Times、「Still rocking after 51 years」)

 スコーピオンズのギタリスト、ルドルフ・シェンカーは、彼について知ってもらいたいものの一つを挙げるとすれば、それは世界平和への彼の貢献であるという。1990年代初頭、彼らの代表曲であるWind of Changeは、冷戦終了と、それに続く東欧諸国の政治・社会変革の非公式なテーマソングとなったのである。

 この、バンド創設者である68歳のギタリストは、まだロシアが共産主義国であった頃からそこでの演奏を呼びかけてきた。シンガポール公演前に、東京からの電話インタビューに応じたルドルフは言う。「1982年に僕はロシアで公演しようぜ、と呼びかけたんだ。皆は、お前はバカなんじゃない、ロシアにはファンもいなければレコード会社もなんだぜ、と。でも僕はロシアの人々に、我々は新しい世代で、音楽を通じて平和な生活をもたらすんだ、と伝えたかったんだ。」

 実際彼らは、1988年にロシア公演を行った。そして実際に起こったこの地域の変化を受け、ヴォーカルのクラウスは翌年、モスクワ川やゴーリキー公園といったモスクワの情景を織り込んだWind of Changeを書いた。そしてベルリンの壁の崩壊を歌ったその曲とビデオは、世界的な大ヒットとなり、ドイツ出身のバンドとしての、その後の長いキャリアを維持する要因となったのである。今回のシンガポール公演は、昨年から始まった「50周年記念のワールド・ツアー」となる。創設者のルドルフと1970年に加わったマイネは、共に現在68歳。今年から加わったドラマーのミッキーは、元モーターヘッドのメンバーである。

 シェンカーは、まさか誰も僕たちが50年も続けられるとは思ってなかった、と言う。「僕が24代の頃、音楽をやる、と言った時、皆が、もっと現実的なことを考えてキャリアを作った方が好い、と言ったんだ。」Wind of Changeや、Rock You Like A Hurricane、Still Loving Youといったノスタルジックなヒット曲だけでなく、彼らはコンスタントに作品を発表し、最新アルバム、Return To Foreverも昨年発表され、ドイツのチャートで2位を記録した。米国のデュオ、Twenty One Pilotsといった最新の音楽も聴いているというシェンカーは、スコーピオンズが、常に新しい世代のファンを獲得してきたことを誇りに感じていると言う。「こうした新しいファンが僕たちのコンサートに参加してくれるのは嬉しい限りだ。今僕たちのフェイスブックの登録者の8割は、18歳から28歳なんだ。」と。実際、彼はいつもステージに出ると全力で疾走している、と言う。「それはドイツのエンジンそのものなんだ。素晴らしい車を運転する時、皆、その車の最高の性能を引き出そうとするだろう。それが僕たちなんだ。常にエンジン全開なんだ。」

2016年10月23日 記

(追伸)

 週明け、10月24日の The Straits Times にも、彼らの公演後の評が掲載されたので、こちらも以下に紹介しておく。

「Scorpions still sting―ドイツのベテラン・ロックバンド、スコーピオンズは、その熱気とスタイルでファンを沸かせるエンターテイメントを提供した」

 この金曜日、古典的なロック・ショウは、派手な演出で若いファンの度肝を抜いた。ドイツ人同胞が製造していることで有名な油の行き届いた機械のように、スコーピオンズは、会場であるサンテク・ホールに集まったソールド・アウトしたチケットを手にした7000人の観衆を前に、約90分のドライブのきいた演奏を繰り広げた。彼らが、Always Somewhere のような古い曲を演奏しようが、We Built This House のような新し目の曲を演奏しようが、多くのファンは歓声で答えていた。中年男女のみならず、ツアーのティーシャツを着た20代前後の若者たちも多い観衆は、ある時は文字通り足を踏み鳴らし、床を振動させるような、熱狂的な一団と化したのだった。とは言っても、バンドが促しても、着席シートの観衆を、スタンディング・チケットの人々のパーティーに引き入れるまでにはならなかったのではあるが。

 それでも、彼らは熱狂的なファンに向かって素晴らしいパフォーマンスを演じた。リード・シンガーのクラウスは、何度もドラムスティックを観衆に投げ入れ、二人のギタリスト、ルドルフとマティアスはさまざまなスタイルのとろける様なギターフレーズを繰り出した。そして Wind of Change では、予想されたように、観衆がこの古典を大声で一緒に歌いながら、感情のエネルギーを高揚させるという最も精気のこもったバンドとの交歓を行ったのだった。ドラムのミッキーは、そのグレイの長髪を振り乱しながらの演奏で、観衆を魅了した。スコーピオンズが、ミッキーがかつて在籍したモーターヘッドの Overkill を演奏し、彼らへの敬意を示した後で、彼の5分間のドラムソロに移行、そして最後に彼らのアルバムジャケットが、後方スクリーンに大きく映し出されることになる。そしてそれは、アンコールの Still Loving You と Rock You Like A Hurricane で、この夜の絶頂に達したのである。

 スコーピオンズは、ここシンガポールでは、1994年と2001年に演奏しているが、彼らは数10年を経て活動を続けている数少ない熟練バンドとなった。ローリング・ストーンズやザ・フーと同様、この夜の彼らの公演は、彼らがこれだけ長く活動できた理由を示した。彼らは、ロックの良質なライブ・ショウを提供してきたのである。

 クラウスの「Rock’n Roll Forever」と刺繍された皮ヴェストに趣味の悪さを感じた者もいたかもしれない。しかし、彼らはこの言葉のとおり生きてきた。そしていまだにその尻尾は聴く者たちを刺激し続けているのである。

2016年10月25日 記