アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第五部:シンガポール編 (2008−2020年)
Metallica― Live in Singapore
日付:2017年1月22日         会場:Indoor Stadium 
 続けてMetallica、シンガポール公演である。

 前回、2013年8月のChangi Exhibition Centreでのライブは、忘れもしない。全員立ち見のコンサートはともかく、アンコール終了後、シャトルバスやタクシーが長蛇の列となり、バスに乗れたのが午前1時半過ぎ。そして家に辿りついたのが午前3時過ぎという、シンガポールでは最悪の帰宅時間となった(別掲「シンガポール音楽日記」参照)。それ以来、このメタル・バンドは、全般的に交通至近のシンガポールでのライブ会場の中でも最悪の場所でのライブとして記憶に留められることになった。しかし今回は会場が自宅からも便利なIndoor Stadiumということもあり、改めてこれに参加することにした。

 今回のライブは、彼らの最新作である「Hard Wired−To Self Destruct」のツアー。シンガポール公演は、1月11日のソウル(ここでは日本のベビーメタルと競演したようである)から始まり、15日上海、18日北京、20日香港に続くもので、この後は、2月にコペンハーゲンで4回公演した後、米国を経て、3月はメキシコ、ブラジルなどの中南米ツアーに移っていくようである。今回のアジア・ツアーには日本は入っていない。

前回の評にも書いたが、このバンドは、以前はレンタルで借りた何枚かをMDで聴いていた程度であったが、今回は年末の一時帰国時に日本でこの最新作を購入。そこそこ聴きこんだ上で、日曜夜、会場に足を運んだ。

 今回のS$162の席は、ステージに向かい左側の3階席。Indoor Stadiumには、これまでコンサートやテニス観戦で何度も足を運んだが、3階席があるということを知らず、席の発見が遅れたが、開演予定の8時過ぎには席についた。ステージは当然遠いが、前回の立ち見の後ろのスペースに比較すると、ステージ全体が見えるし、何よりも座って聴けるのが有難い。8時30分、会場が暗転し、米国西部の田舎をさ迷う男の映像が、(後から分かったのであるが)エンリコ・コリコーネのThe Ecstasy of Goldという、マカロニ・ウエスターンの映画のテーマ曲と共に映し出された後、メタリカの4人が登場する。 メンバーは、前回同様、ジェイムズ・ヘットフィールド(ボーカル・ギター)、ラーズ・ウルリッヒ(ドラム)、カーク・ハメット(ギター)、ロバート・トルゥージロ(ベース)の4人である。

 このバンドの場合、演奏曲目は、私はあまり関心はないが、コンサートの翌日、すでにこの日のセットリストがネットで公開されていた。それによると、以下の通りである(●は、最新作からの作品)。

(演奏曲目)
1. Hardwired ●
2. Atlas, Rise! ●
3. For Whom the Bell Tolls
4. Fuel (followed by Kirk’s solo)
5. The Unforgiven
6. Now That We're Dead ●
7. Moth Into Flame ●
8. Wherever I May Roam
9. Confusion (followed by Rob’s solo)  ●
10. Halo on Fire ●
11. Sad But True (preceded by “Jump in the Fire” snippet)
12. One
13. Master of Puppets (followed by Kirk’s solo)
14. Fade to Black
15. Seek & Destroy
Encore:
16. Fight Fire With Fire
17. Nothing Else Matters
18. Enter Sandman

 1曲目から轟音でのメタル・ロック。ここのところ聴き続けてきた最新作のオープニング曲での開始である。ステージはシンプルで、フロントの3人は、広いステージを縦横に動き回る。私の席からは、それぞれの表情は全く見えないが、前回コンサート時よりも大きな後方スクリーンがあるので、夫々の姿を捕らえられる。ジェイムズのボーカルは相変わらずパワフルで、楽器の轟音に負けていない。2曲目も最新作より。その後私が知らない曲でのカークのギターソロなども交えながら、ほとんどMCはなく進んでいく。途中、ジェイムズがアコースティック・ギターに持ち替え、スローに始まる曲もあったが、それも後半は相変わらずの轟音ロックに移っていく。前回のコンサートは、オープンエアーであったこともあり、音の大きさは然程印象に残っていないが、今回はインドアということで、音の圧力が倍加されている。しかし、そうした轟音にもかかわらず、演奏はしっかりしており、それがこのメタルバンドが30年以上にも渡り生きながらえてきた理由なのであろう。

 セットリストからも分かるとおり、前半は最新作からの曲が多く、後半に彼らのヒット曲を集めるという構成になっていたようであるが、個々の曲にはあまり興味のない私にとってはどうでもよい。轟音の中でのある種のカタルシスが感じられれば、それで十分なコンサートである。後半は、多少聴き覚えのあるメロディーと共に、色鮮やかなレーザーが会場を飛び交うという演出や、ロバートの派手な5弦ベース・ソロ、そしてカークのフィードバックを多用した再度のソロ等も交えながら、最後は “Seek and Destroy”で観衆にも ”Destroy” の部分を歌わせながらメインステージは午後10時20分に終了。予定通りアンコールで再登場、3曲披露し、最終的にコンサートが終わったのは午後10時40分。2時間超の音の津波に揺られたコンサートであった。

 帰宅時、雨が降り始め、11時過ぎに自宅前にたどり着いた時には結構な降りになっていた。遅い時間で傘を買うこともできず、家まで雨の中を走り、ずぶ濡れになっただけでなく、道路際に溢れていた水に、足を突っ込むことになった。この日に限って、いつもの休日用サンダルではなく、通常の靴を履いていたのもマーフィの法則。コンサートの轟音がもたらした興奮に加え、雨に塗れた体をシャワーで温めたり、グショグショになった衣類や靴を干したりと、帰宅後もなかなか寝ることができなかった。このバンドのコンサートにはこうした運命が付きまとっているようである。

2017年1月25日 記

 週明け、1月24日のThe Straits Times に、この日のコンサート評が掲載されたので、こちらも簡単に紹介しておく。

 「Homecoming for Metallica」。「このヘビーメタル・バンドは、ヒット曲と最新作を織り交ぜた2時間のmusic odysseyで、1万人の観客を興奮させた。」

 数々のロックバンドがいる。そしてその中に、ヘビーメタルで喝采を浴びる(Showstopper)バンドがある。メタリカは、そうしたメタルの神様として、日曜日の夜、Indoor Stadiumに集まった黒装束をまとった1万人の観客を、新たな作品と昔からのヒットを交え、2時間にわたり興奮させた。彼らのトレードマークである、エンリコ・モリコーネのEcstasy of Goldで8時半きっかりに登場した4人は、力の限りを尽くして演奏した。ステージから天井までの大きなスクリーンが、White Zombieと書かれたギターをかき鳴らすカークの飛び散る汗や指の動き、ドラムを打ち鳴らすラーズを大きく映し出す。美しいレーザー光線が会場全体を包み込み、Nothing Else Matters といったスローな昔のヒットから、ジェイムスが「人生を呑み込んでしまうような名声についての曲」と言うスピート・メタルの Moth Into Flame 等で観客を幻惑させる。

 2013年の公演では、Changi Exhibition Centre に4万人の観客を集めたが、この日は、それに比べてもっと親密感を感じさせる Indoor Stadiumである。そこは彼らが1993年にシンガポールで最初の公演を開催した場所だ。その意味で、この日はまさに故郷帰りの感覚をもたらした。ジェイムスは、観客に何度も「君たちは家族だ!」、「俺たちは騒ぐぞ。君たちも騒いでくれ!」と叫んでいた。そしてそれは確かに、長髪の若い子供から、歳は食っているがやはり長髪の観客すべてを巻き込む「家族的な」ライブであった。最初から彼らは新作の2曲を演奏、その後もこの12曲入りの新作から6曲を披露した。その内、 Halo On Fire のライブは、このアジアツアーで初めて演奏された。シンガポールは、韓国、中国、香港と続いたこのツアーの最後であった。

 すべての最新作からの曲が難なく演奏された訳ではなく、幾つかの曲は、これからドラムのラーズの故郷であるデンマーク公演を経て南米に移っていくツアーに向けての練習のような感もあった。またこれらの新曲は、One、Fade To Black、Seek & Destroyといったかこのヒット曲のように、観客からの熱狂的な踊りと合唱で迎えられた訳ではなかった。また最近のアルバムであるDeath Magnetic (2008) や St Anger (2003) からの曲はなく、多くはThe Black Album (1991) や Ride The Lightning (1984) のものであった。

 「みんな、ヘビーにいきたいか?Metallicaはヘビーにいくぞ!」Sad But True のギターイントロの前にジェームスが叫ぶ。カークは、ワウワウを多用した激しいギターソロに時間をかけ、ジェームスは絶えず観客と交歓する。ロブの、野獣のように弦をたたきながらのベースソロからは眼を離すことはできなかった。

 彼らが観客を「家族」といったのは嘘ではなかった。3曲のアンコールが終わり、会場のライトが点灯された後も、彼ら4人はステージに残り、各人がマイクを取り、観客にお礼を言い続けた。「またすぐ帰ってくるぞ」というラーズの約束に、観客は大歓声で答えたのであった。

2017年1月26日 追記