アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第五部:シンガポール編 (2008−2020年)
Sting―57th & 8th Tour
日付:2017年5月28日                                                                   会場:Indoor stadium 
 続けてStingのシンガポール公演である。

 今回のライブは、彼の最新作である「57th & 8th」のツアー。このアルバムは、ここのところ、リュートでのデュエット(2006年)、クリスマス・アルバム(2009年)、クラシック・オーケストラとの競演(2010年)、ミュージカル(2013年)と、ロック以外の分野での作品を続けてきた彼による、2003年の「Sacred Love」以来の久し振りのロックアルバムということで話題になっている。私も、この間、いくつかのCDを購入したが、今ひとつぱっとせず、また2008年12月のリュートでの公演は、私が当地で行った初めてのコンサートであったが、あまり印象に残るものではなかった(別掲、シンガポール音楽日記参照)。その後、当地では一回、彼のロック・コンセプトでの公演があったようで、私は何かの事情があり参加しなかったが、参加した友人によると、それなりに感動的であったという。

 彼の音楽との個人的な関わりは、2008年の評で書いたとおりであるので、それをご参照頂きたい。今回のシンガポール公演は、アジア・ツアーの初日で、その後、31日にソウル、6月3日香港、そして8日の東京(武道館)、10日の大阪(中央ギムナジウム)と、アジアでは合計5ヶ所での公演が予定されている。

 今回の会場は、何度も足を運んでいる Indoor Stadium 。日曜午後の定例テニスを終えた後、同行する友人と軽い夕食を済ませ、開演の8時少し前に、やや消耗した状態で会場に入った。S$152の席は、ステージ正面に向かいやや右側奥。ステージからは遠いが、ほぼ正面である。8時過ぎに会場が暗転するが、それは前座のスタートであった。エレキギターの弾き語りのソロ歌手(彼が、後ほど紹介するスティングの息子の Joe Sumner であったのかは、現在確認中)が3−4曲。続いてテキサス出身という5人組のバンド(The Last Bandoleros)が同じく4−5曲披露。後者は、演奏もコーラスもまずまずうまいバンドであるが、ブレークするには、まだ特徴がないという感じ。8時45分に前座が終了し、セッティングの変更が行われる。ただこれは短時間で終わり、ステージは、ドラムと僅かなアンプとマイクだけのシンプルなレイアウトになっている。

 9時少し前、再び会場が暗転し、スティングとバンドが登場。私も持っているポリス時代のライブ映像やCDのオープニングと同じ1、で演奏が開始される。ステージは、向かって左から、ギター、スティング、ギター。後方にドラムと男性コーラス二人、というシンプルな構成。開始時点では、キーボードらしき姿はない。言わば、コーラスが入っていたポリス時代の構成にギターがもう一人加わった程度の編成で、ソロになってからの音源や映像で顕著なホーンやストリングは含まない、純粋ロックバンドでの演奏である。しかし、このアップテンポのポリス時代の曲で、会場も、また私個人もいっきに盛り上がる。

 ネットで公開されていた5月20日のメキシコ・モンテレーでの公演のセットリストと比較すると、8、の順番が早まったことだけが、唯一の違いであった。(●は、最新作からの作品)。

(演奏曲目)

1. Synchronicity II (The Police song) (Synchronicity 1983)
2. Spirits in the Material World (The Police song) (Ghost in the Machine 1981)
3. Englishman in New York (Nothing Like the Sun 1987)
4. I Can't Stop Thinking About You (●57th & 9th 2016)
5.   Every Little Thing She Does Is Magic (The Police song) (Ghost in the
    Machine 1981)
6. One Fine Day (●57th & 9th 2016)
7. She's Too Good for Me (Ten Summoner’s Tales 1993)
8. Seven Days (Ten Summoner’s Tales 1993)
9. Fields of Gold (Ten Summoner’s Tales 1993)
10. Petrol Head (●57th & 9th 2016)
11. Down, Down, Down (●57th & 9th 2016)
12. Shape of My Heart (Ten Summoner’s Tales 1993) 
13. Message in a Bottle (The Police song) (Reggatta de Blanc 1979)
14. Ashes to Ashes (David Bowie cover) (Scary Monsters (And Super Creeps),
    1980)
15. 50,000 (57th & 9th 2016) 
16. Walking on the Moon (The Police song) (Reggatta de Blanc 1979)
17. So Lonely (The Police song) (Outlandos d’Amour 1978)
18. Desert Rose (Brand New Day 1999) 
19. Roxanne / Ain't No Sunshine (Outlandos d’Amour 1978)

Encore:

20. Next to You (The Police song) (Outlandos d’Amour 1978)
21. Every Breath You Take (The Police song) (Synchronicity 1983)

Encore 2:

22. Fragile (Nothing Like the Sun 1987) 

 2曲目も、ポリス時代のアップテンポのロック。そして早くも3曲目に、ソロ初期の代表曲が披露される。
 
 この作品は、ソロとなったスティングのジャズへのアプローチを明確にしたもので、当時B.マサリスら、ジャズの一流ミュージシャンをバックに呼んだことで話題となった。CDではB.マサリスのアルトソロが印象的であったが、この日のアレンジは当然バンド版。ジャズというよりもロック調の演奏であった。しかし、曲とスティングのボーカルが良いので、これも心地よい。続いて最新作からのシングルカット曲である4、と続く。

 ほとんどMCがないまま、やはりポリス時代の5、を終えたところで、短いメンバー紹介が入る。最近の彼のバンドの固定メンバーは、ギターのDominic Miller位で、その他は最新作ではドラムがVinnie Colaiuts、キーボードのMartin Krierzenbaum、バッキング・ボーカルで、Jerry Fuentes/Diego Navaira/Derek Jamesといった名前がクレジットされている。この紹介では、Dominicは確認できたが、その他のメンバーの名前は聞き取れなかった。唯一例外は、ステージ右で目立たないギターを弾いていた男を、スティングが「私の息子」と紹介したこと。彼には、再婚した女優のTrudie Stylerとの間に二男二女の子供がいるが、その内長男のJoe Sumner(Fiction Planeというバンドで、父親と同じベースをやっているようである)がこの日の公演にギターで参加していたということのようである(但し、前座のソロ歌手との関係は、現在確認中である)。

 メンバー紹介の後、コンサートは、新作からの6、ソロ1993年発表の「Ten Summoner’s Tales 」からの、7、8、9、新作からの10、11、と続いていく。スティングは、エレキベースを抱えながら、ひたすら歌に専念するという感じで、ポリス時代のような「跳んだりはねたり」のアクションはまったくない。ただソロになってからの内省的な曲に比べ、聴衆はポリスのアップテンポの曲で盛り上がっていた感じで、最新作からの曲についてもいま一つ乗りが少なかった。またこのあたりから、今まで気がつかなかったキーボードが、肩掛けの機材で参加してきていた。12、はアコギの伴奏で、スティングがしみじみと歌い上げる名曲。そして再びポリス時代の13、で盛り上げる。

 ここで、スティングは、「息子、お前も歌え」と言って、ステージから去り、Joeのボーカルとギターで、David Bowie作品の14、が演奏される。そもそも事前に、モンテレーのセットリストを見て、何でボウィのカバーが入っているのだろう、と疑問に思っていたが、実はこれは息子のレパートリーということだったようだ。スティング抜きのバンドのサポートで、顔はそれなりにスティングに似ているが、スタイルは父親よりもずんぐりしている彼のボーカルで、このカバーから、そのまま最新作の15、に移行し、この日のスティングの「親バカ」パートが終了した。

 再びスティングがステージに戻り、ポリス時代の16、17、そしてソロ作からの18、と続く。特に、18、では、それまでも存在感の強かったDominicのギターが、スタジオ版では、オーケストラの弦楽器で表現されるアラブ音階のサビを、硬質なピッキングのエレキギターで、バンド用にアレンジし直していたのが印象的であった。メインステージの最後は、やはりポリスの代表曲。但し、途中でR&Bのトラッドをはさむ編曲で盛り上げ終了した。10時半ちょうどである。

 予定通り、直ちにスケージに戻り、最初のアンコールで、ポリスの2曲。特に21、は会場の誰もが期待していた曲で、個人的にも感動。そしていったん引揚げた後、再度のアンコールでは、この日初めてスティングがアコギをもって登場。「マンチェスターの被害者に祈りを!」と、これまたこの日ほとんど初めてのメッセージらしい一言を受けて、ほんの僅かのバックバンドのサポートで、この名曲を、ギターソロを含めて弾き語ったのであった。すべての終了は10時45分。彼の部分だけで、1時間45分の充実したライブであった。

 前回のリュート・デュオのコンサート評で引用した新聞記事によると、私がこの地に赴任する直前の2008年2月に、今回と同じインドア・スタジアムで行われたポリス再結成コンサートは、シンガポールでの単一コンサートとしてはS$3百万という最大の興行収入を稼いだ、と言われている。もちろんそれはシンガポールだけではなく、全世界的にも、ポリスはそれだけ人気があったということを物語っており、今回の公演でも、全22曲中、9曲がポリス時代の曲であったのは、そうした聴衆の期待に答えようという彼のサービス精神であった。試行錯誤を繰り返しながら、再びシンプルなロックの世界に帰ってきた今回のライブは、私にとってもようやく彼の真髄に触れたものになった。決して美声ではない彼のボーカルではあるが、やはり曲の素晴らしさと、カリスマ力のある外見が、彼がスーパースターに相応しいことを改めて納得させてくれた、現在65歳(1951年10月2日生まれ)の彼のライブであった。

2017年5月29日 記

(追記)

 5月30日(火)の当地新聞(The Strait Times)に、スティングのインタビュー記事とコンサート評が掲載されたので、後者を簡単に紹介しておく。

 「Every little thing he does is still magic」と題されたコンサート評では、「スティングの6回目のシンガポールでのコンサートは、彼の原点に帰るものであると同時に、彼の家族や友人へもスポットライトをあてたものであった」として、彼の40歳になる息子、Joe Samnerが、オープニングを務め、その後父親のステージにもバック・コーラスで加わることになったと報告されている。更に、もうひとつの父―子のペアとして、スティングの長年にわたる盟友ギタリスト、Dominic Millerに彼の息子、Rufus Millerがやはりギターで参加した。スティングは、それについて6800人の聴衆に対し「ある種の保険として、彼の息子を雇ったんだ」とコメントした。そしてある時は、彼らは、あたかも家族で旅をするバンドのようで、もう一つの前座であった、テキサスーメキシカンのThe Last Bandolerosが、やはり美しいハーモニーのバック・コーラスを提供しただけでなく、そのバンドのアコーデオン奏者が、スティングのステージでも時折登場し、注目を集めたのであった。

 しかし、やはりコンサートの中心はスティングであり、またこれは最新作である「57th & 7th」のツアーであったが、聴衆を興奮させたのはポリスの曲であった、としている。それでも、レゲエ風にアレンジされた「Englishman in New York」は新鮮で、聴衆は「woah oh-ed」とユニゾンで答え、また東洋神秘を漂わせる「Desert Rose」では、「Yallah(アラブ語での「Come on!」)」と叫んだのだった。最新作からの何曲もうまく挿入され、またスティングの息子のJoeは、David Bowieのカバー、Ashes to Ashes でソロをとり、それはそのまま、スティングがPrince とBowieの死を悼んで作った強烈なロック曲「50,000」に移行していった。この親子競演は、息子もそのハイトーンが父親譲りのものであることを示したのだった。

 そうは言っても、やはりステージを支配したのはスティングだった。鮮やかな照明と共に歌われた「Fields of Gold」や、Joeがコーラスに加わりしっとりと歌われた「Shape Of My Heart」は、聴衆を虜にしたのだった。
アンコールは、まずポリスの2曲、そして最後はマンチェスターでのテロの犠牲者に捧げられた「Fragile」であった。それは多くの情感を沸き立たせると同時に力強い感動的な終幕であった。スティングは、以前その力を持っていたのである。

 この評でようやく当日の役割分担が分かることになる。やはり、オープニングを努めたのは息子で、その後のメイン・ステージではコーラスに参加していたこと、そしてAshes to Ashesを歌ったのは、Dominic の息子のギタリストだと思っていたが、これもJoe だったということである。ただ、彼は若かったように思えたので、私はいまだに、それはDominicの息子だったのではないか、と考えているのである。

2017年5月30日 追記

(追記2)

 その後、業務多忙で余裕がなくなってしまったが、ようやく週末に入ったこともあり、新聞掲載のインタビュー記事も簡単に見ておくことにする。それは、「スティングの音楽は、特にスタイルにはこだわらず、ただ歌(心?)に根差したものだ」と題されている。

 コンサートに先立って行われた、The Straight Times とのインタビューは、当初予定されたインドア・スタジアムの会議室ではなく、複雑な模様のカーペットの上に細長いランタンが置かれ、薄明りの中にアロマの香りが漂う彼のドレス室で行われた。ツアーの時は、彼はいつも同じ品々を持ち歩いているが、「これらに囲まれていると家にいるようにリラックスするんだ」と、新作のアジア・ツアーでこの地に来た65歳のミュージシャンは語っている。このインタビューは、日曜日の公演の直前に行われたが、彼はこの後韓国、香港、日本に向かう。

 彼は自分が音楽で何を求めているか、良く分かっている。本名 Gordon Sumner というスティングの音楽は、多くのスタイルを変遷してきた。初期のポリス時代のレゲエから、2006年の「Songs From The Labyrinth」のような英国ルネッサンス期の古典音楽、あるいはアルジェリアの 歌手Cheb Mani と共演した Desert Rose のようなワールド・ミュージック等々。また「The Last Ship」(2014年)は、少年時代を過ごした Wallsend という造船所の街の情景を織り込んだミュージカル作品である。そして新作の「57th & 7th 」については、評論家は「古典ロックに回帰した」と持ち上げているが、彼は「それは勝手にレコード会社が言っているナンセンスだ」と一蹴している。彼は特定のジャンルにこだわらない。彼の音楽は、「スタイルではなく、ただ歌(心?)から出てきているだけなんだ」と言う。「自分の音楽DNAには、もちろんロックがあるが、それだけではない。長年自分がやってきたことは、まさに自分がやりたかったことなんだ。」彼は次の作品がどのようなものになるか知らない、と言う。そのようにやっていきたいのだ。「私が音楽を聴くときは驚きを求める。作曲する時も驚きを作りたい。そして次に来るのも驚きなんだ。」40年のキャリアを積んだ彼にとっては、現在流行のエレクトロニック・ダンス音楽も例外ではない。

 彼の音楽は、家族にも引き継がれている。彼の40歳の息子 Joe は、既に自立したミュージシャンであるが、今回のツアーでバック・コーラスを務めている。この若い Sumner は、2007−2008年のポリス再結成ツアーでも前座で登場した。「彼が子供の頃、私はツアーで留守をすることが多かったので、今それを埋め合わせているんだ。彼と一緒にいるのは楽しいよ」とスティングは言う。「彼らが小さい時は一緒にツアーに出たが、学校に行くようになって、それが出来なくなり、とても寂しかった。だから、今彼らが私のポケットの中にいるのは楽しいよ。」そして自身の音楽キャリアを進めている彼の子供たちも、彼やその仲間たちの伝説についていろいろ思うところがあるのだろう。

 新作に収録されている「50,000」では、スティングは「不死」と向かい合った。David Bowie とPriceというロック界の巨人に捧げられたこの作品では、「また今日訃報が届いた。また同志が倒れた。」と歌われる。「ロックスターが永遠だ、なんて馬鹿な考えだ。でもそれは我々の中の子供心が信じたいことなんだ。」この作品が流れる中、今度は5月初めに Soundgarden のフロントマン、Chris Cornellが亡くなった。「私たちは、文化的な巨人が亡くなる都度、大きなショックを受けてきたけれど、それは恐らく私たちに大きな教訓を与えている。それは限りある生を受け入れるってことさ。」「別に悩んだり悲しんだりする必要はない。ただある時点で人生が終わるということを受け入れれば、人生は豊かになるんだ。それが近い将来ではないことを祈っているけれども。」

 シンガポールでの公演の直前のインタビューである。

2017年6月3日 再追記