アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第五部:シンガポール編 (2008−2020年)
Dream Theater― Images,Words & Beyond 25th Anniversary Tour
日付:2017年10月3日                                                                会場:Zepp@BIGBOX, Juron Lake                 
 ドイツ、フランクフルトで、このバンドを見たのは、彼らの3作目の「Awake」が出た直後であったので、1994年―5年頃であったと思う。当時、私はまったくこのバンドの名前さえ知らなかったが、若い同僚から、このドイツ公演があることを知らされ、新しいバンドを見るという興味から、彼と出かけていった。確か、その後も何度か訪れることになる隣町オッフェンバッハの市民ホールであったと記憶している。

 丁度上り坂にあったプログレ・メタル・バンドとしての彼らの技術力と迫力は圧倒的で、会場が然程広くないホールであったこともあり、特にM.Portneyのドラミングには驚愕した覚えがある。このあたりの経緯は、2012年11月の、Mike Portnoy, Billy Sheehan, Tony Macalpine, Derek Sherinianのライブ評(別掲)に記載したが、メンバーの名前を含め予備知識なく行ったライブであり、曲もまったく特定できず、その結果、ドイツでのライブで書き続けてきた評も書かないままになったしまったのであった。

 その後、当時の最新作であった「Awake」を手始めに、その前の2作、そしてその後も時折彼らのCDやDVDを調達していったことから、このバンドも馴染み深いものになった。もちろん加齢と共に、彼らの重厚なメタル的な音に、やや疲れを感じることも多くなってきたが、時折刺激が欲しい時には、彼らの音源や映像を引っ張り出してきたものである。また2004年の、John PetrucciとJordan Rudessのデュオでのライブ作品、「An Evening with J.Petrucci & J.Rudess」は、二人がほとんどの楽曲をアコースティックで演奏しており、普段は轟音に紛れている彼らの技術力の高さを見せ付ける作品となっていた。

 その彼らが、今年の2月から、2ndアルバム『イメージズ・アンド・ワーズ』リリース25周年記念”アルバム完全再現+α”を演奏するワールドツアー「IMAGES, WORDS & BEYOND 25th Anniversary Tour」を開始し、2月11日のデッセルドルフを皮切りに、5月終わりまで欧州各地で公演している。そして約4ヶ月の休息の後、今回のアジア・ツアーが、まず9月9日、名古屋(豊田市民会館)を皮切りに、10日、広島(文化学園ホール)、11日、東京(武道館)、13日、大阪(国際会議場)、14日、東京(国際フォーラム)と、日本から幕が下ろされた。続いて9月16日にソウル、19日、シドニー、20日、メルボルン、22日、台北、25日、マニラ、27日、バンコク、29日、30日とヨグヤカルタ、10月2日、クアラルンプールを経てのシンガポール公演である。ここで面白いのは、インドネシア公演がジャカルタではなく、ヨグヤカルタで、しかも2日間にわたり行われた、という点。ヨグヤカルタは、インドネシア中世のモスレム帝国であるマラタム国の中心地で、この国の中でもモスレム色の強い地域である。個人的には、この地を旅行で訪れた際に、夕食でビールを含めたアルコール飲料が飲めるレストランを探すのに苦労したような街である(別掲、「シンガポール通信・旅行」ご参照)。このバンドがこの町で2日間の公演を行うだけの人気があるというのはやや不思議である。尚、アジア公演はシンガポールが最後で、その後はドバイ、ムンバイ、イスタンブール、テルアビブを経て、10月末から12月始めまでは、米国各地を巡業して、今回のツアーを終了するようである。

 ネット情報によると、現在のメンバーは以下のとおり。

• ジェイムズ・ラブリエ James LaBrie - ボーカル (1991– )
• ジョン・ペトルーシ John Petrucci - ギター (1985– )
• ジョン・マイアング John Myung - ベース (1985– )
• ジョーダン・ルーデス Jordan Rudess - キーボード (1999– )
• マイク・マンジーニ Mike Mangini - ドラムス (2010– )

 いうまでもなく、ギターのJohn PetrucciとベースのJohn Myungの二人がオリジナルメンバー。ボーカルのJames LaBrieは、2作目の「Images & Words」から、キーボードのJordan Rudessは、前述のとおり、私もこちらでのライブに参加したDerek Sherinianの後任として1999年から参加している。そのDerekのライブに同行したMike Portneyの後任で、もっとも新しいメンバーがドラムのMike Mangini。私が持っている作品では、2013年のDVD、「Live at Luna Park」が現在のメンバーによる映像である。

 今回の会場は、Zepp@BIGBOX,Juron Lakeという、私は初めて行く場所である。勤務先の事務所から西に向かったジュロン・イーストという地下鉄駅の傍にある。自宅と反対方向にあることから、私はこの地域にあまり土地勘はないが、現在計画されているシンガポール・クアラルンプール間の高速鉄道のシンガポール側の始発駅となることが決まっている地域で、政府は今後この地域を第二ビジネス・センターとして大改造しようとしている。仕事が一段落している時期でもあったことから、前週末、彼らの音源をたっぷり聞いてから、ライブ当日、会場へ足を運んだ。年初めの欧州ツアーからは多くの映像がYouTubeにアップロードされており、特に2月12日のパリ公演が、2時間21分のライブをフルに見ることできる(さすがに、全部を通して見る時間はなかったが・・)。この公演のセットリストと、直前9月30日のヨグヤカルタでのセットリストは全く同じであるので、シンガポールも同じセットとなることが予想された。


 今回のチケットは、全員立ち見席。前方:S$188、後方:S$148という2つのカテゴリーだけであるが、当方は後方のチケットである。近所の地下鉄駅に直結している大型SC(JEM)で夕食を済ませ、そこから会場に向かう。事務所を出る時に雨が降り始めていたが、地下鉄駅から、SCをとおり、そこの2階と接続されている通路を通り、傘を使わず、会場のZepp@BIGBOXへ移動できる。開演の20分ほど前に、その3階にあるホールに到着したが、荷物チェック等で入り口には長蛇の列ができており、会場に入ったのはちょうど開演予定の8時を過ぎたところであった。適当な場所を探す間もなく、会場が暗転して、彼らのライブが始まった。暗闇の中、とりあえず前のスペースとの境界の鉄製の柵に寄りかかって見ることができる場所を探し、何とかステージに向かってやや左の場所に位置を確保した。会場は、いつも行きつけているIndoor StadiumやSuntec Hallなどに比べると小さく、客の入りも、このバンドにしてこれだけか、という程度である。

 前述のセットリストによると、当日の演奏曲目は以下のとおりである。

(演奏曲目)

(Act 1)

1. The Dark Eternal Night (Systematic Chaos, 2007)
2. The Bigger Picture (Dream Theater, 2013)
3. Hell's Kitchen (Falling Into Infinity, 1997)
4. The Gift of Music (The Astonishing, 2016)
5. Our New World (The Astonishing, 2016)
6. Portrait of Tracy (Jaco Pastorius cover / John Myung solo)
7. As I Am (bridged with an excerpt of Metallica’s “Enter Sandman”)(Train of Thought, 2003)
8. Breaking All Illusions (A Dramatic Turn Of Events, 2011)

(Act 2:「Images & Words, 1992」全曲)

9. Pull Me Under
10. Another Day
11. Take the Time (extended outro with John Petrucci guitar solo)
12. Surrounded
13. Metropolis Pt. 1: The Miracle and the Sleeper (with drum solo by Mark Mangini)
14. Under a Glass Moon
15. Wait for Sleep (with extended intro by Jordan Rudess)
16. Learning to Live

(Encore)

17.   A Change of Seasons: I The Crimson Sunrise
      (以下「A Change of Season, 1995」)
18. A Change of Seasons: II Innocence
19. A Change of Seasons: III Carpe Diem
20. A Change of Seasons: IV The Darkest of Winters
21. A Change of Seasons: V Another World
22. A Change of Seasons: VI The Inevitable Summer
23. A Change of Seasons: VII The Crimson Sunset

 まずはミディアムテンポの1、での開始である。多くの映像と同様、ステージ左から、ベースのJohn Myung(以下「ミュング」)、そのやや後方にキーボードのJordan Rudess(以下「ジョーダン」)、中央がボーカルのJames LaBrie(以下「ジェイムス」)、そして私の位置から一番近い右にギターのJohn Petrucci(以下「ペトルッチ」)。中央後方に、四角いセットで囲まれたドラムのMike Mangini(以下、「マイク」)というレイアウトである。ジェイムズがメインのメロディーを歌い終わったところからリズムが早くなり、ペトルッチとジョーダンの掛け合いに移り、早くもギターとキーボードの早弾きの応酬が披露される。ミディアムテンポに戻りボーカルが入り、最後はジョーダンによる携帯キーボードでのソロで収束する。会場も、私も、早くも一曲目から大いに盛り上がっている。

 ジェイムズのMC。「シンガポールは久し振りだけど、暑さにはいつもまいるぜ、俺たちは北極熊だからな」等と、「Fuckin’」を連発しながら会場を沸かせる。2、は、一転キーボードから始まるスロー・バラード、続いて3、は、私の好きな6/8拍子でのインスト・ナンバーで、ここでは後半のペトルッチの早弾きではないが、スペーシーなギターソロが心地よい。再びオルガンのイントロからハードな4、ミディアム・テンポの5、と続く。

 改めてジェイムスのMC。「バンドに入る前は、みんな何やってたんだ?」などと他愛もない話題をメンバーに問いかけた後、ベースのミュングが紹介され、彼のソロが始まる。

 彼の特徴である6弦ベースであるが、やはり全体の音が大きい中では、それまで余り聴こえてこなかったので、このJaco Pastoriusのカバーという6、は少し期待していたが、大したテクニックを見せることもなく短時間で終了し、ハードな7、に移行する。ここでは、後半、今年の初めに見たMetallicaのヒット曲であるEnter Sandmanが挿入され、その後もとの曲に戻り終了した。そして8、ではハードに始まるが、ボーカル・パートはスローになり、再びサビではギターとキーボードが激しく絡み、そしてスローなボーカルに戻り、そしてジェイムスの「20分したら戻ってくるぞ」という叫びで前半が終了した。ちょうど午後9時。前半は1時間のライブであった。

 彼らは時間には正確なバンドなのだろう。きっかし20分後に後半が開始された。後半は、今回のツアーのタイトルにもなっている1992年の彼らの出世作「Images & Words」の全曲演奏である。このCDは、私は日本に置いてきたので、今回改めて聴きなおす機会がなかったが、9、は聴きなれた曲である。そしてスローバラードの10。サビで会場からも歌が被せられる。後半、またギターとキーボードが激しく絡み合う。11、はアップテンポのロックであるが、セットリストで、「extended outro with John Petrucci guitar solo」と書かれていたので、完全なソロ・ギターを聴かせるのかな、と期待していたが、通常のバンドでの、ペトルッチのやや長いソロということであった。スローな12、ハードな13(マイクのドラム・ソロが入る)、14、と続き、再びジェイムスのMC。今度はキーボードのジョーダンが紹介され、15、では彼の美しいピアノ・ソロから始まり、その後ジェイムズとのデュオが披露された。そして後半最後は、ハードな16。最後は全員で盛り上がり、終了したのは午後10時35分。アルバム自体は50分程度の作品であったが、MCや長いソロなどもあり、結局1時間15分という演奏時間となった。

 いったんステージから引き上げるが、直ちに戻り、アンコールの17−23がいっきに演奏される。このCDも、私は日本に置いてきたので、今回じっくり聞き込めなかったが、アルペジオの静かなオープニングから、次第に盛り上がり、最後は、音の応酬となり派手に終了するドラマティックな'組曲である。全て終了したのは午後11時ちょうど。途中20分の休憩を考慮すると、2時間40分のコンサートであった。

 20数年前のドイツでのライブの記憶は薄れているが、それでも今回のライブでは、時間の経過と共に、より洗練された彼らの演奏を楽しむことが出来たような印象を持っている。20数年前は、やはり勢いが前面に出たライブという感じがあったが、今回は、むしろ円熟した彼らの演奏を楽しんだコンサートとなった。全体の音量も、例えば年初にもっと大きなIndoor Stadiumで見たMetallicaよりも、ずっと押さえられており、またスローなバラードも多かったように思える。かつては、ややダミ声的な感じがして、必ずしも好きではなかったジェイムスのボーカルも、この日はむしろ透き通った声が目立ち、またパトルッチのギターも、もちろん早弾きテクニックはそのままであるが、3、で見せたような、心地よいソロをその後も随所で聴かせることになった。しかし、彼は結局、前述の「An Evening with J.Petrucci & J.Rudess」で披露したアコースティックギターや、完全なソロ・ギターは聴かせることがなかったのは残念であった。彼らは一般的に「プログレ・メタル」と称されており、その高度なテクニックと目まぐるしく変化するリズムにより、単なるメタル・バンドと差別化され、それが彼らの成功を導いたと言えるが、個人的にはもう少し多彩な音楽センスを見せて欲しかった、というのが正直なところである。そんなことを考えながら、ほぼ3時間立ち尽くして疲労した足を、ガラガラの地下鉄の車中で投げ出しながら、家路についたのだった。

2017年10月4日 記