アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
第五部:シンガポール編 (2008−2020年)
Mr.Big ー Live in Singapore 2017
日付:2017年10月15日                                                                   会場:Kallang Theatre           
 1989年にデビューした米国ハードロック・バンドのシンガポール公演である。このバンドは、かつて1993年11月に、フランクフルトで見ているが、この時はエアロスミスの前座で、そのテクニックは卓越していたが、当時の評によると、ミキシングが雑で、観客も今ひとつ盛り上がらないまま40分で終了した(別掲「ドイツ音楽日記」参照)。

 しかし、今から考えると、この1993年の公演は、1991年発表の2作目のアルバム「Lean Into It」で、パワフルなハードロックと、全米No1ヒットとなったバラード「To Be With You」等で、彼らがまさに勢いを増して、スターダムに上っていく、ある意味「旬」な時期のものであった。またその後、何故か米国以上に日本で人気が出て、1996年には武道館公演(これはDVDとして出回っており、今回も、私はYouTubeで予習のために見ていた)を実現した他、ギターのポール・ギルバートは「日本で特に評価が高いロック・ギタリスト」と称されることになる。またベーシストのビリー・シーンは、2012年に元Dream TheaterのDerek Sherinian、Mike Portneyらとの競演ライブをこの地で見ている(別掲「シンガポール音楽日記」参照)。

 ネット情報によると、彼らは、1997年、メンバー間の不和から、まずポール・ギルバートが脱退し、替わりに、先日シンガポール公演を見た、リッチー・カッツェンが参加したが、更に今度はビリーとメンバーとの関係が悪化し、2002年からしばらく、バンドとしての活動は休止することになったという(リッチーとビリーは、その後しばらく、Mike Portneyとのトリオ、Winery Dogsで活動することになる)。

 その後、2008年に再結成された後、2010年には、オリジナル・メンバーでは約15年振りになる新作「What If..」を発表。そして今年に入ってから新たな作品である「Defying Gravity」を引っさげた今回のワールド・ツアーを行うことになった。しかし、2014年に、オリジナル・ドラマーのパット・トーピーがパーキンソン病を患っていることが公表され、、それ以降のツアーや、今回の新作やツアーは、サポート・ドラムとしてマット・スターが参加することになる。

 ということで、今回のメンバーは

• エリック・マーティン (Eric Martin) ヴォーカル (1989- ) (以下「エリック」)
• ポール・ギルバート (Paul Gilbert) ギター (1989-1999, 2009- )  (以下「ポール」)
• ビリー・シーン (Billy Sheehan) ベース (1989- )  (以下「ビリー」)
• パット・トーペイ (Pat Torpey) ドラム (1989- ) (以下「パット」)
• マット・スター(Matt Starr)ドラム(2014-) (以下「マット」)

ということになる。

 今回の会場は、先日参加したJoe Satriani公演と同じ、Kallang Theatre。自宅から地下鉄で30分もかからず行ける至近の会場である。当日、カンカン照りの暑さの中で6時まで定例のテニスを3時間やり、その後自宅で簡単な夕食を取ってから、ヘナヘナになっている身体に鞭打ち、7時半の開演に合わせるべく会場に向かった。それでも、こうしたスケジュールが組めるのは、小さいシンガポールならではである。開演の10分前には会場に到着、受付で売っていた彼らの最新CD「Defying Gravity」を購入した上で、席についた。今回のS$122の席は、2階席。Joe Satrianiの公演の際には、観客席の埋まり方を考慮したのか、本来の2階席が、会場で1階のアリーナに変更になったことから、今回も同じことにならないかな、と期待していたが、残念ながら、今回はそうした幸運はなかった。予定時間を20分過ぎた7時50分、会場が暗転し、ライブが始まった。

 今回のセットリストとしては、前日14日のマレーシア、クアラルンプール公演のリストを参考までに持っていったが、一部小さな変更があり、シンガポールでのリストは以下のとおりであった。

(演奏曲目)

1. Daddy, Brother, Lover, Little Boy (The Electric Drill Song) (Lean To It, 1991)
2. American Beauty (What If..,2010)
3. Undertow (What If..,2010)
4. Alive and Kickin' (Lean To It, 1991)
5. Temperamental (Bump Ahead, 1993)
6. Just Take My Heart (Lean To It, 1991)
7. Take Cover (Hey Man, 1996)
8. Green-Tinted Sixties Mind (Lean To It, 1991)
9. Everybody Needs a Little Trouble (Defying Gravity, 2017)
10. Price You Gotta Pay (Bump Ahead, 1993)
11. Guitar Solo (Paul Gilbert)
12. Open Your Eyes (Defying Gravity, 2017)
13. Forever & Back (Defying Gravity, 2017)
14. Wild World (Cat Stevens cover) (Bump Ahead, 1993)
15. Damn I'm in Love Again (Defying Gravity, 2017)
16. Promise Her the Moon (Bump Ahead, 1993)
17. Rock & Roll Over (Mr.Big,1989)
18. Around the World (What If..,2010)
19. Bass Solo (Billy Sheehan)
20. Addicted to That Rush (Mr.Big,1989)
21. To Be With You (Lean To It, 1991)
22. 1992 (Defying Gravity, 2017)
23. Colorado Bulldog (Bump Ahead, 1993)

(アンコール)

24. Defying Gravity (Defying Gravity, 2017)

 まずはアップテンポの1、でのオープニングである。ネットによると「先端にギターピックを取り付けた電気ドリルによるトリックプレイは定番となっている」とのことで、間奏部分でいきなりこの技が披露される。セッティングはシンプルで、左からビリー、エリック、ポール、そして後方にドラムという配置。電気ドリル・プレイが、特殊な音を出しているかは、正直確認できないが、ショー的には会場を盛り上げている。それは別にしても、ポールとビリーの早弾きギター、ベースはオープニングから全開で、それにエリックの良く通るボーカルが絡んでいく。同じくアップテンポの2、3、と続き、4曲目の前に短いMCが入る。簡単なメンバー紹介があった後、「もう一人、忘れてはいけない」と言われ、5人目のメンバーが登場、ドラムの横にセットされたパーカッションに付く。

 この時点では、私はオリジナル・ドラマーのパットがパーキンソン病を患っていることを知らなかったことから、この男が、その後のハードな2曲で、特に派手なパーカッションでのパフォーマンスを見せることがなく、そして6、のバラードでドラムが彼に交替し、演奏が終わった際に大きな拍手に包まれたのを不思議な感覚で見ていた。コンサート後、彼がオリジナル・ドラマーで、このスロー・バラードだけ、彼が演奏するという演出であったことを理解することになったのだった。彼は、その後、数曲パーカッションについていたが、その後ステージから静かに去ることになる。病状は、やはり相当悪化しているということなのであろう。

 7、8、9、10(ビルのハーモニカが挿入される)とアップテンポのロックが演奏されるが、それまでは私は、事前のセットリストで曲は特定できたものの、馴染みのないものが多かったことから、今ひとつ個人的には盛り上がらない状態であった。これが変わったのは、11、のポールによるギターソロである。

 前回のDream Theaterのライブでは、テクニック的にはポールを上回るJohn Petrucciのソロを期待していたが、それは披露されることがなかった。それに対し、この日は、ポールが完全なソロを10分前後にわたって繰り広げることになった。まずは普通のギターソロから入り、その音をフィードバックして残しながら、別にセットされたもう一本のギターでの早弾きを被せていく。そして今度はそれを残しながら、最初のギターを重ねるという趣向。今まであまり聴いたことのない、なかなか斬新なソロで、彼が日本で人気がある理由も分るような気がした。ソロの最後から、他のメンバーがステージに戻り、そのままハードな12、13と続く。

 ここで、エリックがアコースティック・ギターを持ち、言わずと知れたCat Stevensのカバーでのヒットの14、そしてそのままアコースティックで15、16が披露される。エリックの声も良く通るが、ビルとポールのコーラスもきれいで、このあたりはフォーク/カントリー的な雰囲気が漂う時間となった。

 17、からは再びハードなロックに戻った後、ビリーのベース・ソロに移る。これもDream Theaterではやや物足りなかったものであるが、さすがにデビッド・リー・ロス、スティブン・ヴァイ、あるいはエディ・ジョブソン、テリー・ボジオといったそうそうたるメンバーと競演してきた、フィンガーピッキングとライトハンド奏法を駆使する彼の早弾きは見事である。前述の、2012年のDerek Sherinianとの競演の際も、彼は派手なソロを披露しているが、彼がこうした技巧派の面々から声がかかるのも十分納得できる。

 デビューアルバムからのハードな20、に続き、彼らの最大のヒット曲である21、そして22、23とハードに戻り、メイン・ステージが終了する。

 直ちにアンコールで登場するが、前日のKLのリストでは、グランド・ファンク・レイルロードのWe're an American Band が演奏されたということで、少し期待していたが、この日は、最新作のタイトル曲一曲だけで、アンコールは終わることになった。時間はちょうど10時。2時間10分のコンサートであった。

 私はこのバンドの熱心なリスナーではないので、この日の演奏曲は、14や21といった大ヒット曲以外は、聴きなれた曲はなかった。それにもかかわらず、結構この日のライブを楽しめたのは、まずはポールとビリーの超絶テクニックに加え、ハードではあるが、それなりにメロディーのしっかりした曲作りにあったと思われる。演奏曲は、最新作からが5曲と最も多いが、それ以外のこのメンバーによる作品からバランス良く選曲されていた。ただ当然なのだろうが、リッチー・カッツェンが参加したアルバムからの選曲はなかった。

 帰宅後、改めて今回会場で購入した、新作「Defying Gravity」を聴いているが、多くの評にもあるとおり、初期に比べると、やはりドライブ感は弱くなり、ミディアム・テンポの曲が増えているような印象である。しかし、そのCDでもポールのフレージングは攻撃的で、またエリックの声もまだまだ若さを保っている。前回、ドイツでこのバンドを見てから過ぎ去った24年の歳月を想いながら、こうしたバンドのライブをいまだに衝動的に堪能できることに、ささやかな幸福感を感じた日曜日の夜であった。

2017年10月17日 記

(追記)

 このライブでわずかの時間登場し、ドラムを叩いたパット・トーペイが、2018年2月9日、パーキンソン病のため他界したことを知った。64歳ということなので、私と同じ歳である。昨年10月は、まさに彼の最後の勇姿であったが、すでに相当病気は悪化していたということであろう。最後までワールド・ツアーに同行した彼のロック魂に合掌!

2018年3月6日 追記