ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
Musical - Mamma Mia!
日付:2018年11月10日 会場:Master Card Theatre/MBS
今年2月に「Evita」を見て以来のミュージカル。そしてこの演目としては、初めての鑑賞である。
言うまでもなく、このミュージカルは、かつての人気グループ、アバのメンバーであったBenny Andersson と Bjorn Ulvaeus がプロデュースし、アバの数々のヒットソングを使いながら繰り広げられる、ギリシャを舞台にしたラブ・コメディである。ネットでの解説によると、英国の劇作家であるキャサリン・ジョンソンが、アバの曲をイメージしながら脚本を執筆。中では表題曲を含めて、22曲のアバの楽曲が使われている。初演は1999年4月6日のロンドン、プリンス・エドワード劇場であるが、この日は、アバがユーロビジョン・コンテストで優勝し、一躍メジャーに躍り出た日の25周年記念日であったという。その後、NYブロードウェイを始め世界各国で公演が行われ、2008年には、メリル・ストリーブ等が出演した映画版も公開されている。
このミュージカルは、以前(2014年)にもシンガポールに来ていたが、なかなか行こうという気にならなかった。もともとアバの音楽自体、かつてのロック志向の私の感性ではあまりにミーハーなポップで、全盛期にはいくらでもラジオ等で流れていたこともあり、音源を持っていたいとも思えなかった。そんなこともあり、現在までこの作品を観る機会がなかったが、半年ほどミュージカルから遠ざかっていたこともあり、今回は11月7日(水)から11月18日(日)まで、12日間の短い公演期間の早いタイミングでチケットを押さえることになった。
ストーリーは、ギリシャの島に母親と二人で暮らすソフィーが、結婚を控え、まだ会ったことのない父親を探そうと考え、母親の日記を盗み見し、可能性があると思える3人の男を結婚式に招待する。そこで母親はかつての恋人3人と再会することになり、彼ら3人やソフィーの婚約者らを巻き込んだドタバタが始まるという他愛もないものである。
公演前日の9日(金)の新聞に、初演日である7日(水)の評が掲載されたことから、これをまず読んでから、会場に出かけることになった。やや厳しい評であるが、まずはこれを始めに見ておこう。
(11月9日付、The Straight Times)
「チグハグなショウは、アバのマジックを盛り上げることがなかった」と、厳しい標題となっている。
「しっかりした物語は、決してこの、1999年ロンドン・ウエスト・エンドの初演以来、スマッシュ・ヒットを続けた、このマンマ・ミーアの核心ではない。これが人気を博したのは、このスウェーデンのポップ・グループのいくつかの曲を通して、物語の中で、アバのマジックを蘇らせるのに成功したからであった。(今回の初日である)水曜日の公演は、確かにアバの二人のメンバーによる踊りだしたくなるような多くの演出があったものの、約束されたような高揚をもたらすことがなかった。」
「マンマ・ミーアは、2014年にもシンガポールで演じられたが、元々はジュディー・クレーマープロデュース、フィリーダ・ロイド演出、キャサリン・ジョンソン脚本の作品である。物語は、虚構のギリシャの島を舞台に、結婚を控えた20歳のソフィーが、自分の父を見つけるために、彼女の母親の過去の3人の恋人を自分の結婚式に招待するところから始まる。」
「アバの曲は、なかなか耳から離れないものであるが、その二人の女性コーラスのハーモニーなしでは、今日なかなか心地よく聴けるものではない。この水曜日のショウに完璧を期待していた人はいなかったとしても、そこには観客をしらけさせる要素―不均等なリズムやダンスの乱れ、そして Lay All Your Love On Me での、若いカップルを演じた英国出身の二人の俳優の不満足な演技―があった。Super Trouperでのハーモニーはあまりにうるさく、Voulez-Vous のような激しいディスコ・ナンバーは、少なくとも舞台から7列目の席にいた私にとっては、聴くに耐えない騒音であった。」
「もちろんい くつかの素晴らしい瞬間もあった。ミュージカル・スターである、ソフィーの母親ドンナ役のShona White は、確かにやや下の役柄で気分が楽だったせいもあろうが、The Winner Takes It All で、存在感を見せつけた。またホワイトの(かつてコラース・グループで一緒だった)二人のコミカルな女友達や、3人の元恋人たちは、確かな演技で、彼女を支えていた。もっとも印象的であった曲は、3回の離婚暦のある魔性の女である友人タンヤをフューチャーした Does Your Mother Know で、彼女はギリシャの若者たちを打ち砕くのだった。」
「このギリシャの若者たちの滑らかなダンスは、私に、それ以上の独創的な振り付けを期待させることになった。実際、Take A Chance On Me での、女友達と元恋人のデュエットでの派手な踊りを見た時には、この曲が終わってほしくないと思ったくらいだった。」
「アバの後期の作品は、涙を通して小さな笑いをそそるようなメランコリックな雰囲気を漂わせているが、Super Trouper の中のそうした歌詞の一部は、このさんさんと太陽が輝くギリシャの島でのコメディーにはやや不向きである。おそらく、それが、絶望的に悲しげな S.O.Sや Knowing Me,Knowing You ―双方とも実現されないものへの情感を漂わせているーといった曲よりも、気楽な曲の方が、このミュージカルには合っていた理由であろう。」
「フィナーレで、母親とその友人がアバを真似たディスコ風衣装で身を包み、メドレーを聴かせる。照明が観客席を照らしたのは、観客に立ち上がりダンスを促す合図であった。しかし、この水曜日の夜は、誰も踊りだすことがなかった。もしかしたら、それは、ここがシンガポールであったからか、あるいはそうした気分にならなかっただけかもしれない。」
「ショウが終わり、友人と雨の街に出た時、私の左耳の耳鳴りは、まだ止まらなかった。私たちはどこか違う(静かな)場所に行きたいと感じたのだった。」
この評に接していたこともあり、私もあまり過大な期待をすることなく、オーチャード通り恒例の年末イルミネーションが点灯している11月の週末、夕食を済ませてから、会場であるマリナ・ベイ・サンズに向かった。今回の席は、S$132 の2階ドレス・サークルの3列目。2階席ということで、ステージにはやや遠いが、全体を見渡すには問題はない。前に座った欧米系の大柄の女性の二人が、開演前からさかんに体を乗り出し、視界を遮るのがやや気になるが、公演開始後は、それほど頻繁ではなかったので良しとしよう。観客に欧米系が目立つのは、こうしたミュージカル公演のいつもの風景である。午後8時の定刻、序曲の演奏と共に会場が暗転し、公演が始まる。
ストーリーの詳細は、前記の評を含めいろいろなところで紹介されているので、ここでは省略するが、どうしても前日に読んだその評が頭に残っているので、それとの比較を中心にこの公演を見ていくことにしたい。
冒頭、結婚を控えたソフィーが、母親の日記から割り出した、自分の父親の可能性のある3人の男に、母親には内緒で結婚式への招待状を投函するところから舞台が開始される。ソフィー役は Lucy May Barker という英国人の女優であるが、声量はもちろん豊富であるが、見かけが小太りで、二十歳の結婚を控えた女性というよりは、既におばさんという感じで、ややがっかりさせられる。そこに婚約者のスカイと母親のドンナが登場、続けて結婚式の前日、ドンナのかつてのコーラス・グループ仲間であるタンヤとロージー、そして3人の男が到着し、主役が揃うことになる。それ以降は、彼らの間で数々の交歓や駆け引きが繰り広げられていくのである。
音楽は、冒頭でのソフィーとその女友達3人による Honey Honey に始まり、母親とその二人の友人による Money Money Money、父親候補の男の一人とソフィーのデュエットによる Thank You For The Music、そして母親と二人の友人での Dancing Queenと続いていくが、皆オリジナルとは少しアレンジを変えた「ミュージカル・バージョン」となっている。事前の新聞評で、どれだけ音量が大きいのだろうと懸念していたが、通常のミュージカルの音量で、耳さわりなところは全くない。もしかしたら、新聞評が掲載されてから直ちにPAを修正したのかもしれないが、さもなければ、評者は、メタルの音量を知らない音楽業界素人さんであったのではないだろうか。
ソフィーが婚約者スカイに、男3人を内緒で呼んだ理由を打ち明けるところで歌われる Lay All Your Love on Me も、ソフィーのおばさん風の外見を除けば、評者が書いているほどの稚拙な演技ではなかった。そして前半の山場は、ドンナ、タンヤ、ロージーが、70年代風銀色のパンタロン・スーツで歌う Super Trouper。これも、メランコリーな歌詞が場面にそぐわない、といった感じは全くなく、おばさん3人も(そして私も)若かったあの時代を懐かしく回想させるものであった。舞台は、その後、ソフィーと3人の男の交歓を経て、ますます誰が父親であるかが分からなくなり、むしろ3人の父親を巡る争いを招いてしまうのではないかと懸念したソフィーが混乱してパーティーから逃げ出す(Voulez-Vous)ところで前半が終わるが、この曲も全く「騒音」ではなかった。前半終了は午後9時10分、1時間ちょっとのステージであった。
約5分の休憩の後、第二幕が始まる。自分の行為の結果を懸念して悪夢にうなされるソフィー(Under Attack)。そしてドンナは、ソフィーのために、男たちとの関係の整理に入る(S.O.S他)。一方、登場人物の女性陣の中で一人だけスリムで長身のタンヤ(3回離婚経験のある「魔性の女」!)に、男の一人や町の若者が絡む(Does Your mother Know)が、このあたりは、タンヤの「魔性」を感じさせる、しかしコミカルな演出がなされていた。そしてやはり圧巻は、サムを前にドンナがソロで切々と歌い上げる The Winner Takes All。元々のアバの楽曲もミュージカル風であるが、このドンナによるソロが、この日の大きなハイライトであったことは、新聞評と同意見である。
こうして結婚式での、ソフィーの突然の結婚延期宣言やサムからドナへのプロポーズ(I Do,I Do,I Do, I Do, I Do等)を経て、二人の結婚式、そして最後はソフィーとスカイが世界旅行に出発するところで、再びソフィーにより、冒頭で歌われた I Have A Dreamが静かに繰り返され、本篇は終了する。
そしてカーテンコール。一般の挨拶の後に、ドナ、タンヤ、ロージー、サム、ビル、ハリーの6人が素早く例の70年代風パンタロン・スーツ、しかし今回はオレンジ、黄色、赤などの原色溢れたアバ衣装で、Mamma Mia、Dancing Queen、そして、正式にはこのミュージカルに取り上げられていない23曲目の Waterloo が全員で歌われる。水曜日とは異なり、この日は少なくとも私の周辺では、立ち上がり踊りだす人々は多かった。頭を乗り出してアリーナ席を眺めると、そこではそれ以上の人びとが立ち上がり、踊っているのが分かった。その意味で少なくともこの日は、アバ・マジックはまだ健在であったようであった。全てが終了したのは午後10時20分。全体で2時間強のステージであった。
今回の観劇にあたり、YouTube でアバの楽曲やビデオに接したが、かつて全盛期にラジオなどで聞き飽きていた彼らの作品が、久々に耳にすると、結構心地よく聴こえてきた。そしてThe Winner Takes All のように、元々ミュージカル風に作られた楽曲も多かったことから、こうして一つの作品になっても、アバの楽曲だけで構成されていることで退屈させられることはなかった。短期間の巡業公演であることから、ステージ・セットは単調であったが、それでもギリシャの島の街角からドンナのタベルナへの変更など、短時間にステージのイメージを変える演出の工夫もされていた。ソフィーを含め、女性主演陣の外見に不満は残ったが、夫々の歌唱力と、最後のメドレーを含め、十分楽しめたステージであった。そして公演後も、全く耳鳴りに襲われることはなく、家路についたのだった。
2018年11月11日 記