ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
Anke Helfrich Trio Live
日付:2025年10月11日 会場:横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール
Yokohama Jazz Promenade 2025(横浜ジャズ100年特別企画)、フランクフルト・スペシャルステージと題された、ヴァインハイム(ハイデルベルグの北近郊)在住のドイツ人女性ピアニストを中心とするトリオのライブである。もともとは、ジャズ・イニシアチブ フランクフルト・アム・マインという組織のドイツ在住日本人の女性から、ドイツ関係のNPOである横浜日独協会に、公演支援の依頼が入ったのが初めての情報であった。支援は、コンサート情報の会員等への伝達という程度であったが、久々のドイツ人ジャズを聴くのも良いだろうと考え、個人的に4,000円のチケットを購入し、雨の土曜日、会場の横浜赤レンガ倉庫に出かけて行った。赤レンガ倉庫では丁度ドイツのビール祭りを模倣した「オクトーバーフェスト」が開催されていたが、肌寒い雨でビールを飲む気にもならず、コンサートへ直行、終了後は直帰したのであった。因みに公演は、この1号館3階にあるホールで開催された。公演支援を頼まれ、関係するNPO法人関係者には案内を送ったが、他にチケットを購入したという話も聞いていなかったので、人の入りはやや心配していたが、200人程入る会場には結構人が入っていた。私のような高齢者(夫妻)に加え、若い男性の二人連れなども目に付いたが、彼らは横浜市やこの企画の関係者なのか、あるいはドイツ関係者なのか、はたまたジャズ一般のファンなのかは分からないままであった。
ドイツ滞在時代、マインツ在住のAziza Mustafa Zadehという女性ピアニストに入れ込んだことがあった。彼女への関心は、その時のライブ・レポート(別掲)で報告しているので繰り返さないが、そうした経験もあることから、ドイツ在住のこの女性ピアニストに興味を持ったのであった。また当初依頼を送ってきた日本人にAzizaの話をしたところ、私が入手した以外の最近発表のCD(日本では発売されていない)があり、それをお礼がてら持ってきてくれる、というのも嬉しい申し出であった。そしてその本人には、まず会場に到着した際にご挨拶をしたのであるが、当人はまさにこの企画を横浜市に提案し、実現に向けて尽力したということで、公演前にステージに登場し紹介されていたのであった。
Ankeは、私は今回初めて聞く名前であったが、当日配布されたパンフレットによると、数々のジャズ関係の賞を受賞しており、2024年には「ドイツ連邦大統領に招かれ、ベルリンのベルビュー宮殿で演奏する」など、ドイツを代表するミュージッシャンであるという。そしてライブが開始され、トリオの3人がステージに登場する。ステージに向かって左に、長いブロンドの髪と黒のパンタロン・ドレスという衣装の、ピアノとボイスのAnke Helfrich(以降「アンケ」)、中央にベースのDietmar Fuhr(以降「ディートマー」)、そして右にドラムのJens Duppe(以降イェンス)。早速ピアノの静かなイントロから、トリオによるリズミカルな演奏に移っていく。2曲目からは、アンケが夫々の曲を解説していくが、取り合えず終了後購入した彼女のトリオによるCDでわかる範囲で演奏曲を羅列すると以下のとおりである(その後、企画担当の女性が、帰国途上のアンケに確認を取ってくれ、最終的に本人から連絡があったセットリストに変更した)。
(演奏曲)
@ Upper Westside - Widmung an New York City
A Prologue : COLORS OF FRIDA
B LA OSCURA – Ballad for Mexican painter Frida Kahlo
C SECRET OF PHOTO 51 -honoring British chemist Dr.Rosalind Franklin
D WE’LL RISE -hymn for American poet and civil right activist Dr.Maya Angelou
E ENFIN DANS LA LUMIERE -homage to French filmmaker Alice Guy-Blache
F TIME WILL TELL -homage to American jazz pianist and composer Geri Allen
G Song for Larryianist Larry Goldings / THE-NELL-NICA -tribute to Nellie Monk & Pannonica de Koenigswarter
H Sehnsucht - with Bassintro
I ‘COS I’M FREE -dedicated to Aboriginal Australian painter Cathy Freemen
(アンコール)
J 夕焼け小焼け
アンケの演奏は、公演中セロニアス・モンクへの傾倒を語った通り、基本トラッドなジャズであるが、それにBでいきなり披露したような、語りに近いボーカル(それはドイツ語ではなく、英語である)が入るのが特徴的である。それぞれの曲につき、夫々の作曲時の思いが語られ、その対象が、画家や女優、映画化監督といった「芸術家」だけでなく、CのようにDNAの発見者でノーベル賞候補であった化学者(関連研究者の受賞の数年前に逝去したとの紹介であった)なども入っているのが興味深い。そうした彼女のイメージに基づき作られた曲が演奏されることになる。彼女のピアノには派手さはなく、時として聴く方がやや退屈することもあるが、それでも生の音は心地よい。ベースのディートマーは、結構頻繁な弦での演奏を含め、しっかりとしたテクニックでそれをサポートし、ドラムのイェンスは、時として変則ビートの多彩なテクニックを聞かせることになる。やはり私では全くついていけない演奏である。Fでは彼女が20歳の時にステージを観て影響されたというGeri Allenが紹介されるが、この米国のジャズ・ミュージシャンは初めて聞く名前である。ネットで調べてみると、Geri Allenは1957年生まれの黒人女性ピアニストで2017年に60歳で亡くなっている。その演奏は現時点ではまだ聴いていないが、おそらくFはその作品がモチーフになっているのだろう。後半ドラム・ソロが展開されていた。続くGでは今度はイントロでベース・ソロが挿入される。そして最後のIでは、PCによる効果音なども挿入されながら、ややフリージャズ風に盛り上がり、ちょうど開始から1時間半後の午後2時半にいったんステージが終了する。
3人はすぐにアンコールで戻るが、そこで演奏されたのはJの、日本の古典曲をテーマにした短い変奏曲であった。ベースがお馴染みの旋律を奏でるイントロから、通常のジャズに移行し、また主旋律で終わる展開であったが、これはやはり日本公演ということで特別に準備されたのであろう。こうして2時40分、当日の講演は終了した。
公演後、開始前に眺めていた彼女のCDのうち、今回の公演曲中心に制作されているという「WE’LL RISE」を3,000円で購入した(販売所では、アンケ自身が購入者のCDに署名していたが、私は列に並んで待つのも面倒なので、署名はもらわなかった)。そして帰宅後、同時に頂いたAziza Mustafa Zadehの「Generations(2020年)」と交互に聴きながら、これを書いている。因みに、@、Gの前半、H、及び(当然ながら)Jは、このCDには収録されていない曲である
CD(これには、当日は参加しなかったサックス等の管楽器奏者が入っている)を聴きながら、当日の公演を思い出すと、やはりアンケの演奏自体は、特にテクニックで目立つところがある訳ではなく、また印象に残るメロディーもないことから、Keith Jarrett、Chick Corea、 McCoy Tynerなど私が好んで聴いているジャズ・ピアニストと比較するとやや単調である。それでも、語りを交えたジャズといったアイデアを含め、久しぶりのジャズ・ライブは十分楽しめたのであった。この語りの英語が理解できればもっと面白かったのだろうが、これは今後CDでじっくり確認してみたいと思っている。ただ残念ながら、CDのライナーにも、セリフの詳細は書かれていない。因みにAziza Mustafa Zadehの「Generations」は、彼女の秀逸なテクニックが随所に見られ、久々に彼女の演奏(と独特のスキャット)を堪能できた。
ということで、冷たい雨の土曜日の、落ち着いたジャズ・ライブであった。
2005年10月13日 記