YES『危機』50周年記念 JAPAN TOUR
日付:2022年9月5日 会場:オーチャード・ホール
2020年9月に日本に帰国して以来初のライブ・コンサート、そしてイエスのライブとしては、2003年9月以来、約19年振りである。その2003年の日本でのライブ評(別掲)の通り、イエスは、数あるロックバンドの中でも、最も映像作品の多いバンドである。個人的にも、ドイツからの帰国直後に最初に購入した2枚組ビデオ「Keys To The Ascension」から始まり、1989年の欧州出張時にロンドンでライブに飛び込んだ「ABWH:An Evening with YES Music Plus」のⅮXⅮ二枚の映像版、1991年の在籍者が勢ぞろいした「The Union Tour Live」、またこの時に作成されたインタビュ−を交えたバンドの履歴を辿る「Yesyears」、そして「House of Blues」等々、一つのバンドの映像としては最も数多く入手してきた。また最近も友人から借りた「こわれもの」、「危機」の時代の演奏やインタビューを収録した映像を観たところである。しかし、今回もこうして彼らの映像に頻繁に接していたため余り意識していなかったが、ライブ自体からはまた長く遠ざかっていた。その結果、1989年のABWHロンドン公演を除くと、イエス名義のコンサ−トは、1974年の初来日時の渋谷公会堂、そして上記の2003年9月の横浜公演以来、生涯3回目のイエスのライブということになる。
1974年の初来日は、ジョン・アンダーソン、スティーブ・ハウ、クリス・スクワイア、リック・ウェイクマン、ビル・ブラフォードという「こわれもの」(1971年)や「危機」(1972年)発表時の黄金期メンバー、そして前回2003年のライブは、ドラムがアラン・ホワイトに代わっただけであったが、その後ジョンとリックは再びグループから離れソロ中心の活動に移る。そして、2015年9月に、度重なるメンバーチェンジの中、唯一人デビュー時からバンドに在籍したクリスが、そしてつい最近の2022年5月、今回のツアーに参加予定であったアランが死去し、ついにこの時期のメンバーでバンドに残っているのはスティーブのみとなった。その結果、今回の来日メンバーは以下の5人ということになる。
スティーブ・ハウ(G)
ジェフ・ダウンズ(Key)
ジョン・デイヴィソン(Vo)
ビリー・シャーウッド(B)
ジェイ・シェレン(Dr/Per)
このメンバーは、今年亡くなったアランを除くと、2021年発表の最新CD「THE QUEST」と同じ。この作品を含め、ここ数年の新作は、このバンドの基本路線を踏まえながらも、年齢相応の落ち着いた仕上がりになっており、もちろん悪くはない。ただやはり個人的にはこのバンドの核はジョン・アンダーソンのボーカルにあり、新曲であれば兎も角、かつての作品のカバーでは、代わりにボーカルを務めるジョン・デイヴィソンではどうしても違和感がある。例えば2017年発表の同じメンバーでのライブCD「Topographic Ocean」では、「ドラマ」(1980年)全曲と「海洋地形学の物語」(1973年)からの2曲他が収録されている。ここでオリジナル・ボーカルがトレバー・ホーンであった「ドラマ」は、まだ聴けるが、「海洋地形学の物語」は、どうしてもジョン・アンダーソンのボーカルが強い印象になっていることから、ジョン・デイヴィソンのボーカルでは雰囲気が異なってしまう。そしておそらく、今回全曲演奏が公表されている「危機」も、それと同じ感覚を持ってしまうだろうという予想はあった。しかし、2000年3月にシンガポールで、パット・メセニー及びホワイトスネーク/スコーピオンズのライブに行って以来、(日本のジャズ喫茶でのそれを除けば)2年半振りのライブであること、そしてイエスのライブとしてはこれが恐らく最後の機会になるだろうということで、追加公演を含め3日の東京公演の内、初日のチケットをとることになった。事前の予習としては、上記ⅮXⅮの内、黄金期メンバーで最も包括的な曲目が披露されている「Keys To The Ascension」と、彼らのベストCDを見聴きした上で、会場であるオーチャード・ホールに出かけていった(別に今回は、大坂と名古屋で1日ずつの公演である)。
尚、そのジョン・アンダーソン自身も、この7月に、”Jon Anderson with the Paul Green Rock Academy”というメンバーで、米国で「危機」50周年ツアーを行っている。仮にこのツアーが日本にも来ていたとすると、双方行くか、あるいはどちらか片方の場合はどちらに行くか悩ましいところであった。
会場であるオーチャード・ホールは、併設されている映画館に行ったことはあるが、ホールに入るのは初めてである。開場時間である18時15分より早い17時半過ぎに着いたところ、入り口は既に長蛇の列ができている。一旦、そこを離れ、軽い夕食をとった後、18時半頃に戻ると入場は始まっていたが、それでも列に並んでの入場である。ネットでの予約時に、抽選ということであったが、「こんな過去のバンドに抽選かよ」と思っていたが、確かにそれなりの人気はあったようである。その結果当選した席は一階の後方から10列目くらいの、相当後ろの席であったが、それでも会場自体それほど大きくないので十分である。周囲は確かにほとんど満席である。客層は圧倒的に私のような中高年が多いが、例えば隣の4人組は明らかに20代の若者たちである。話を洩れ聞くと、バンドをやっているグループのようであるが、こうした若者のファンも多少はいるようだ。簡単にセッテイングされたステージの後ろには、恒例であるロジャー・ディーンのイラストが投影されたスクリーンが映されているが、入場直後にこれを撮影しようとしたら、会場担当から直ちに「撮影は禁止です」と注意された。「撮影禁止は開演後だけじゃないのかよ」と嘯きながら、以降撮影は控えることになった。事前のBGMにパット・メセニー(恐らく彼の「Letter From Home」からの一曲)が控えめにかかっていた。
開演の定刻19:00丁度に会場が暗転し、予想された演出であるが、「In Memory of Alan White(1949-2022)」という表示に続いて、5月に亡くなった彼の幾つかの写真が映される。そしてこれも恒例のストラビンスキーの「火の鳥」が流れ、そして彼ら5人が登場した。配置は、左からスティーブ、やや後方に三方に置かれたキーボードを観客側に開いたジェフ、中央がジョン、やや後方にドラムのジェイ、そして右前にビリーという配置。機材は最小限、という感じで、シンプルなステージである。そして直ちに演奏が始まる。
当日の演奏曲目は、帰宅後確認したものを含め以下のとおりであった。
@ On The Silent Wings Of Freedom ( Tormato:1978 )
A Yours Is No Disgrace ( The Yes Album:1971 )
B Does It Really Happen? ( Drama:1980)
C S.Howe Solo Guitar
D Wonderous Stories ( Going For The One:1977 )
E The Ice Bridge ( The Quest : 2021 )
F Heart Of The Sunrise ( Fragile:1971 )
G Close To The Edge ( Close To The Edge:1972 )
H And You And I ( Close To The Edge:1972 )
I Siberian Khatru (Close To The Edge:1972 )
(アンコール)
J Roundabout ( Fragile:1971 )
K Starship Trooper ( The Yes Album:1971 )
いきなりアップテンポで、鋭いスティーブのギターが際立つ@がスタートする。長い前奏が続いた後で、ジョンのボーカルが入るが、聴いたことはあるが曲名は特定できない。あまり聴き込んでいない「ドラマ」あたりの曲かと考えていたが、その後のスティーブの紹介で「Tormato」からの一曲であることが分かった。このアルバムは、アナログでしか持っておらず、またこの曲も、ベスト盤を含め持っているCDには収録されていないことから、予習の対象になっていなかった。続けて定番のAに続き、また曲名の特定できないBが始まるが、これもあまりきちんと聴き込んでいない「ドラマ」からの選曲であった。この@とBは、数多く所有するビデオでも収録されていない作品であったことから、個人的にはたいへん新鮮であった。またジョンのボーカルについても、@とBでは同じ理由から余り違和感はなかったが、流石にAではやはり少し物足りなかった。ジョンは、タイト・ジーンズに赤いジャケット姿であるが、ジャケット写真にあるような長髪を後ろで束ねているので、やや雰囲気は予想と違っている。因みに衣装は、スティーブが白いズボンとベージュのシャツ、ジェフが、彼がよく着るカラフルなシャツ、そしてビリーは、クリス・スクワイアを真似たのか、黒系の長いマントを羽織っている。ただ全員気楽ないでたちである。MCは、ほとんどスティーブが務めている。
「ギター巧者スティーブだ」というジョンの紹介で、彼のアコースティック・ギター・ソロのCが始まる。さあ、また定番の「Mood For A Day」や「The Clap」かな、と思っていたら、演奏されたのは曲名不詳のややスローで、アルペジオやコード中心の作品であった。もちろん、演奏は確かで、静まった会場いっぱいにアコースティックの音色が響き渡ったが、この曲に続いて定番が来るかなという期待は裏切られ、この一曲だけで彼のソロは終了し、Dに移る。スティーブは、ソロで使ったアコースティックをそのまま演奏するが、後半はエレキに持ち替え、スタジオ同様の流麗なソロを聴かせる。ジョンのアコースティックの12弦も心地良い音色を聴かせるが、ボーカルはやはりジョン・アンダーソンと比較してしまう。
「最新作からの曲をやります」として始まったのが、「THE QUEST」の冒頭に収められているE。さすがに、これはアランを加えたこの日のメンバーで録音された作品であるだけに、この日の演奏中では最も違和感なく聴くことができた。そしてそれが終了したところから、まずは「こわれもの」からのF(1974年の初来日の時、この曲の後半のリック・ウェイクマンによるシンセ・ソロで、音が出ず、クリスのベースだけが響き渡っていたのを突然思い出した。当時はまだこうした「事故」があったが、それは機材や整備の向上で、今はほとんど発生しないのであろう。)、そして今回公表されていた「危機」の全曲に突入していったのである。この日唯一の「長尺物」であるGから、アルバムの順に従ったH、Iと続く展開は、もちろんこの日のハイライトである。そして一旦ステージから退いた後、アンコールとして演奏された定番のJ、Kで、この日の公演が終わる。終了は21時10分。略2時間丁度のステージであった。
繰り返し書いてきているボーカルの差であるが、やはりF以降の全曲では、これが気になってしまった。長く活動しているバンドで、ボーカルが変わった例としては、2013年にシンガポールで参加したJourneyが挙げられる。この時は、全盛期を支えたSteve Perryから変わり3代目のフィリピン人がボーカルとなっていたが、私は同時代にそれほどSteveに入れ込んだ訳ではなかったことから、この新しいボーカリストによるかつての名曲の演奏も違和感なく聴くことができた。しかし、やはりイエスの場合は、ジョン・アンダーソンへの敬愛は比較にならない程大きい。そこでジョン・アンダーソンの歌った作品を別のボーカルで聴くと、どうしてもコピーバンドを聴いているかのように感じてしまう。また、ジェフのキーボードも、こうした往年の名曲を巧みにコピーしているが、私にとってはどうしても彼のASIAでの演奏を想起してしまう。例えばG後半のキーボード・ソロは、偶々最近ブックオフの中古で見つけ購入した、これも今は亡きジョン・ウェットンとの共作である「iCon」のライブ盤に収録されている「The Heat Goes On」後半で展開されるソロと同じだ、等と感じていたのである。しかし、そこにスティーブ・ハウのギターが入ることで、初めてこれは只のコピーバンドではないイエスそのものだ、という意識が蘇るのである。彼は1947年4月生まれなので、享年75歳。「THE QUEST」のジャケット写真などでは、相当歳をくった雰囲気を漂わせているが、この日はギターの腕のみならず、足取りもしっかりしており、あまり年齢は感じさせなかった。そして未だに、あれだけ複雑な彼らの楽曲の演奏を、ほとんどミスもなく再現できるというのはほとんど奇跡に近い。前述したように、これがYESを観る最後の機会になるかどうかは分からないが、彼はまだまだ活躍できる腕とエネルギーを有していると感じたのである。そして何よりも2年半ぶりのライブは、私にとってはやはり感動的な体験であった。次のこうしたロック関係のライブは、現状当てがないが、またそうした機会があれば是非参加したいと痛感したのであった。
2022年9月6日 記
(追記)
個人的には予想していたが、ネット情報によると、ジョン・ウェットンを亡くしたASIAが、ジョン・ペイン(John Payne)のボーカル/ベースを核に再結成され、米国でのライブを行うとのこと。そこではわざわざ「スティーブ・ハウとジェフ・ダウンズ抜きで」とコメントされていた。ジョン・ウェットンの復帰まで、ジョン・ペインと共にASIAを継続的に支えてきたジェフであるが、今回はスティーブと共にYESの活動に専念するということであろう。新生ASIAの新作が出た時に調達するかどうか迷うところである。
20022年9月7日 記
(追記2)
ネットに、公演レポートが掲載されたので、以下に加えます。スティーブのギターソロ曲はは「To Be Over」だったとのこと。当日私は、全く認識できていませんでした。、
【イエス来日公演ライヴレポート2022】 スリリングなイエスが帰ってきた! 50年という年輪に違わない実力と進化を見せつけられた、新生イエス公演に感動!!
人類の“危機”であるコロナ・パンデミックの驚異を乗り越え、英プログレッシヴ・ロック・バンド、イエスの3年ぶりの来日公演が無事に開幕した。
前回の来日公演(2019年2月)は、イエスの“結成50周年記念特別来日公演”という名目だったため、このときはバンドの歴史を紐解くようなオールタイム・ベストの選曲となっていた。 3年ぶりの来日公演となる今回は“アルバム『危機』リリース50周年記念来日公演”となり、前回同様“50周年”という言葉を掲げているものの、公演の主旨はかなり異なっている。
1972年にリリースされた『危機』は、いまでもイエスの最高傑作として聴かれ続けているのはもちろんのことだが、プログレッシヴ・ロック全盛期におけるベスト・アルバムの1枚として、世界中のロック・アーティストや音楽シーンに影響を与えた作品でもあり、50年経とうが100年経とうが、その魅力が失われることはない。つまり、『危機』の50周年というのは、すなわちプログレッシヴ・ロック黄金期から50周年という意味にもとれるのである。プログレッシヴ・ロックの金字塔作品をアルバムまるごとオリジナル・アーティストが再現してくれるというのだから、プログレ・ファンとしてはお祝いしないわけにはいかない。
また今回のジャパン・ツアーは、5月に亡くなったアラン・ホワイト(Drummer)に捧げられている。アランは1972年8月の全米ツアーからイエスに加入したので(※編集部註:それ以前は、ジョン・レノンのプラスティック・オノ・バンドの一員として「インスタント・カーマ」「イマジン」等に参加してきた)、彼にとってはイエスでのキャリア50周年という記念の年でもあった。彼はツアーが再開されることを心待ちにしていたというから、なおさら残念でならない。
さて定刻の19時を5分ほど過ぎた頃、いよいよ初日の公演がはじまった。もちろん会場は超満員の状態。まずはアラン・ホワイトへの追悼セレモニーということで、ステージ後方のスクリーンに彼の雄姿がスライドショウで写し出され、BGMには彼が作曲で関わった「世紀の曲り角(Turn Of The Century)」が流れる。会場にいるすべての人たちがアランへ哀悼の想いを送るように、盛大で温かな拍手が鳴り響く。まだコンサートがはじまる前だというのに、すでに胸がいっぱいになる。
その後お約束の「火の鳥」のBGMとともにメンバーが登場し、コンサート本編へと突入する。いつものことだが、この「火の鳥」が流れると気持ちが高揚してくるのが感じられ、スティーヴ・ハウ(g, vo)、ジェフ・ダウンズ(kbd)、ビリー・シャーウッド(b, vo)、ジョン・デイヴィソン(vo)、そしてジェイ・シェレン(ds)という、新しいメンバー構成による初めてのコンサートに、期待で胸が高鳴る。
[セット・リスト 9月5日] *『』内は収録アルバム
1.自由の翼(On The Silent Wings Of Freedom)『トーマト』
2.ユアズ・イズ・ノー・ディスグレイス(Yours Is No Disgrace)『サード・アルバム』
3.夢の出来事(Does It Really Happen?)『ドラマ』
4.スティーヴ・ハウ・ソロ/トゥ・ビー・オーヴァー(To Be Over)『リレイヤー』
5.不思議なお話を(Wonderous Stories)『究極』
6.ジ・アイス・ブリッジ(The Ice Bridge)『ザ・クエスト』
7.燃える朝やけ(Heart Of The Sunrise)『こわれもの』
8.危機(Close To The Edge)『危機』
9.同志(And You And I)『危機』
10.シベリアン・カートゥル(Siberian Khatru)『危機』
<アンコール>
11.ラウンドアバウト(Roundabout)『こわれもの』
12.スターシップ・トゥルーパー(Starship Trooper)『サード・アルバム』
1曲目の「自由の翼」は超意外な選曲。歴代のイエス・ショウのオープナーには、壮大でテクニカルな曲が演奏されることが多かったが、この曲は1979年の『トーマト』ツアー以来のセット・リスト入りとなり、もちろん日本初演となる。でもこの曲、実はリズムのメリハリがとてつもなく難しい曲なので、聴いているこちらが心配になってしまいそうだ。曲の半分くらいまで進んだところで、ようやく冷静に聴けるようになり、リズムに乗って体が揺れ出してきた。うん、これなら大丈夫だ。いや、ちょっと待てよ、最高の演奏じゃないか!
そう、今回のイエスには、ここ数回の来日公演で感じられた“危なっかしさ”がまったく感じられないのだ。それはなぜか?
ステージ上に立つ5人のミュージシャンはまぎれもなくイエスのメンバーなのだが、なにかいつもと違う雰囲気が漂っている。中央に立つジョン・デイヴィソンは、髪の毛を後ろで結わき、髭を生やして貫禄さえ感じさせる姿に。いままでは少しだけ“借りてきた猫”状態な雰囲気があって彼自身も少し斜に構えた感じで歌っていたが、今回の堂々たる歌いっぷりはとても感動的。古いイエス・ファンなら、どうしてもジョン・アンダーソンと比べて聴いてしまいがちだが、特に高域まで伸びるファルセット・ヴォイスの魅力を身につけたいまのジョン・デイヴィソンは、間違いなくイエスのフロントマンとしての地位を確立したと言っていいだろう。おそらく彼はイエスの最新作『ザ・クエスト』において、作詞・作曲面でアルバム制作に大いに貢献し、素晴らしいヴォーカル・ワークを披露することができたことで自信を付けたのだろう。
クリス・スクワイアの遺志を継いだビリー・シャーウッドのベースの音は、もう完全にクリスそのもの。若い頃のクリスの姿を想起させる長いマントを羽織ったビリーは、今や古参メンバーのひとりとなり、新参メンバーだけど年上のジェイ・シェレンをグイグイと引っ張っていく。クリス・スクワイアとアラン・ホワイトの2人が切磋琢磨しながら築き上げたイエスの強力なリズム・セクションを、ビリーとジェイが心の限り再現しようという意気込みには胸を打たれる。アラン亡きいま、ジェイに課せられた重圧は計り知れないが、ときおり笑顔さえ覗かせるジェイの人柄は、きっとこれからアランのようにイエスの精神部分を支えてくれる存在になるに違いない。
ジェフ・ダウンズの驚きの奮闘ぶりにも注目が集まった。自身を囲むようにコの字型にキーボードを並べ、ときにはオーディエンスに尻を向けて鍵盤を弾く姿はエイジア時代から変わっていないものの、彼の得意とするオルガン・ワークとシンセ・ソロは今回群を抜いてフィットしていた。特に彼がレコーディングに関わった「夢の出来事」や「ジ・アイス・ブリッジ」では、オリジナルと同じサウンドが鳴っていて嬉しくなる(「ジ・アイス・ブリッジ」では曲の最後に5.1ヴァージョンでしか聴けない破裂音のSEを鳴らすなど、ニヤリとさせる演出も)。
そして最大のサプライズは、スティーヴ・ハウの完全復活に尽きるだろう。現在のメンバーの中でもっとも高齢となる75歳のスティーヴだが、大方の予想を見事に裏切り、軽快で俊敏な動きと正確なフィンガリングが甦り、ところ狭しと歩き回りながらジャンプしたり、名人芸と言えるギターの持ち替え技のパフォーマンスを見せたりしながらも、ジェイやジェフに指さし確認しながら指示を出すなど大車輪の活躍ぶりだった。『ザ・クエスト』では初めて単独プロデューサーの役割を果たしたスティーヴが、音楽面だけでなく精神面でもリーダーシップを発揮して、見事にバンドをひとつにまとめあげている。さらに恒例のソロ・コーナーでは、アコースティック・ギターによる「トゥ・ビー・オーヴァー」が初めて披露された。それもサワリだけ弾くのではなく、ほぼフル・サイズでの演奏にびっくり。アランの分まで頑張ってバンドをリードしようという意気込みが苦しいほどに伝わってくる。スティーヴの活躍により、イエスは再びライヴ・バンドとしてのステータスを取り戻したと言っても過言ではないだろう。
コンサートも後半に入り、体も会場も十分に暖まったところで『危機』の全曲演奏がはじまった(今回のイエス公演には休憩がないので「燃える朝やけ」が終わってほっとしたところでトイレに立ってしまうと、肝心の「危機」のパフォーマンスが観られなくなるので注意)。『危機』というアルバムは起承転結がはっきりしていて、構成も複雑で転調やキメがたくさんあり、ヴォーカルやコーラス・パートの多い曲が並んでいるため、完全再現するのはたやすいことではない。それをスティーヴの的確な指示出しもあって、ほぼ従来どおりのテンポでの演奏が実現していた。特に「シベリアン・カートゥル」のアップテンポな演奏は、あの名ライヴ盤『イエスソングス』をほうふつとさせるほどの感動を与えてくれた。そして総立ちとなって聴くアンコールの「ラウンドアバウト」と「スターシップ・トゥルーパー」では会場が一体となり、もはや興奮の坩堝のカオス状態に。
本日のハイライトはもちろんアルバム『危機』の完全再現に尽きるが、それだけにとどまらないイエスの団結力を感じさせる気持ちのいい大満足の2時間だった。メンバーの出入りが激しくアメーバのように変態を続けてきたイエスが、実力と独自のキャラクターを兼ね備えた新しいバンドへといまだ成長を続けていることが確認できたこと、それが今回の公演の最大の収穫ではないだろうか。今回のイエス公演は、今年の「観ておかないと絶対後悔するコンサート」のナンバー・ワンになることは間違いないだろう。ぜひ現在進行形の彼らの姿を見届けてほしい。
なおイエスのジャパン・ツアーは9月6日の東京Bunkamuraオーチャードホール公演のあと、8日のNHK大阪ホール公演、9日の名古屋ビレッジホール公演、そして追加公演として12日の東京Bunkamuraオーチャードホール公演へと続く。12日の追加公演ではセット・リストを変更し、途中スペシャル・アコースティック・インタールードを披露してくれるという。これも見逃せないだろう。
片山伸(Shin Katayama)
(https://spice.eplus.jp/articles/307741)より転載。