ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日記
スティーブ・ヒレッジ&ゴング Japan Tour 2023
日付:2023年5月12日 会場:クラブ・チッタ川崎
1970年代に、プログレ系ロックのカンタベリー派と言われたゴングと、一時期はそのメンバーでもあったスティーブ・ヒレッジ(以降「スティーブ」)のジョイント・ライブが、川崎のクラブ・チッタで開催された。
ゴングについては、初期の前衛運動家でもあるデヴィッド・アレンのリーダー時期は、さすがにあまりの際物感から中々手が出ず、1970年代以降、デヴィッドが脱退し、ドラマーのピエール・ムーランが引き継いだ時期に、今日登場するスティーブの後釜としてアラン・ホールズワースが参加していたことから「GAZEUSE(1990年)」と「EXPRESSOU(1993年)」のCD2枚を遅れて購入したのみであった。その後、復帰したデヴィッド・アレンによる1994年のライブ2枚組(1995年)を仕入れ、純粋なゴングとしては、これだけが現在までの所有音源となっており、この日もこれを予習して出かけることになった。またスティーブについては、彼を初めて知ったのは1972年発表で、その後ビル・ブラフォードやアラン・ホールズワースと活動を続けるデイブ・スチュアートと共演したKhanの「Space Shanty」で、その後のソロ作である「L」(1976年)と「Motivation Radio」(1977年)をアナログで購入したが、CDでは何も持っていないことから、今回の予習は、YouTubeでこれらの一部を少し聴くだけとなった。とは言え、この前に予定されていた同じクラブ・チッタでのキャメルのライブが、チケットを購入していたにも関わらずA.ラティモアの体調悪化でキャンセルされたこと、そして同時期に来日したE.クラプトンやドゥービー・ブラザースのライブが2万円という法外な値段がついていて忌避し、それもあり生の音に飢えていたことで、このライブを選択することになった。13,800円という値段設定も、このややマニアックなライブへの食指を動かすものであった。
軽い夕食を済ませて開演30分前の午後6時過ぎにクラブ・チッタに到着。実はクラブ・チッタは、自宅至近にあるにも関わらず、帰国後のコロナによるライブ自粛もあり、私にとっては人生初めての会場であった。ただ以前に入手していたPFMやキャメルのライブDVDがこの会場で撮影されていたこともあり、まさに行く機会を伺っていたところである。キャメルのキャンセルでがっかりしていたところに、この会場でのライブの情報があったことも、参加のきっかけとなったのである。当日の席はM列の中央。1000人程度の収容力と思われる小さい会場であることから、ネット予約時に勝手に割り当てられたこの前から13列目という位置はまずまずである。ただこんなバンドはガラガラだろうという予想に反し、開演までに席がほとんど埋まったのは驚きであった。
18時30分に予定通り、まずゴングのライブが始まる。今回の来日メンバーは、カブス・トラビー(ギター/ボーカル)、デイブ・スタート(ベース/ボーカル)、ファビオ・ゴルフェッティ(リード・ギター/ボーカル)、チェブ・ネトルズ(ドラム/ボーカル)、イアン・イースト(サクソフォン/フルート)という5人で、ステージに向かって左からイアン、ファビオ、デイブ、カブスが並び、後方にチェブという配置である。イメージとしては、左の二人が若い。サックスのイアンは、短い髪をオールバックになでつけたどこにでもいる若者風、ギターのファビオは、一見若い頃のスティーブかと思わせるような長髪痩せ型のいかにもロック・ミュージシャンという風貌である。他方ベースのデイブとギターのカブスはややおっさん風である。後方にいるドラムのチェブの表情は捉えることが出来ない。そしてゴングのコンセプトそのものである「宇宙的」な映像がスクリーンに映される中、それに合わせた演奏が始まることになる。
そもそもゴングは、前記のとおりほとんどの作品を聞いていないし、メンバーも全く替わっているので、曲は特定することは出来ない。効果音的な演奏から始まり、次第に変則ビートのリズムに移行、そこにファビオのボーカルが入り、テナー、アルト、ソプラノ・サックス、そして後の方ではフルートを持ち替えるイアンのソロが延々と繰り広げられることになる。しょっぱなから20分を越える、如何にも「ゴング」といった演奏である。かつてのイメージと違うのは、時折ボーカルで、右の3人のコーラスが披露される点。私の持っている上記の1994年の再結成ライブでは、ボーカルはデヴィッド・アレンの癖のある歌とも叫びとも分からないものが中心であったが、現在の彼らは歌にもそれなりの力を注いでいるのであろう。しかし、メロディにはそれほど記憶に残るものはない。
短いアップテンポの2曲目に続いて、ファビオが「今年後半に発表予定の新アルバムの曲」と紹介する「Tiny Galaxy」が始まる。この辺りから、それまではサックスがほとんどであったソロに、二人のギタリストのソロが加わることになる。特に一番右に位置を取るカブスは、それまではほとんど効果音的なサポートを行っているだけであったが、ファビオと共に時には「ツイン・リード」的なユニゾンのソロを披露する。二人とも、前述の私が持っている2枚のCDでリードを取っているアラン・ホールズワースのような飛び抜けた特徴がある訳ではないが、それなりの腕前であることが分かる。そして4曲目の「Rejoice」をいう曲でも、3人のコーラスから変則ビートに移り、3人のソロが延々と繰り広げられることになる。背後のスクリーンに映されるサイケデリックなイメージに適応したフリージャズ/ロックといった音が続く中、一人ファビオだけはアイドル風にステージ内を動き回るが、他のメンバーは、ほとんど動かず演奏に集中している。そしてもう一曲、静と動が交錯する長尺曲で、ゴングの第一部が終了する。19時36分。丁度1時間の演奏で、そこで25分の休憩が入る。
そして20時丁度、第二部でスティーブ・ヒレッジが登場する。結構多くのメンバーがステージに現れたが、気がつくと第一部のゴングの5人に、シンセサイザーのブロンド女性(ミケット・ジローディ)とスティーブが加わっただけの7人であった。黒いティーシャツで登場したスティーブは髪を短く切り(しかし禿げてはいない)、腹も出た如何にもおっさん風で、かつてのアバンギャルド的なイメージは全くない。しかし1951年8月生まれであるので、現在の私よりも2歳上の71歳ということを考えると、ほぼ同年代の親父ということで親近感がわく。また解説によるとシンセサイザーのミケットは、彼の長年のパートナーということであるが、確かに身体は太くなっているが表情は結構若々しく美人と言って良い。
こうしてスティーブ・ヒレッジ&ゴングの演奏が開始されるが、一曲目は私がアナログ盤を持っている彼の2枚のソロ作の内の一つ、「モティベーション・ラジオ」からの「ラジオ」だと思われる。その前のゴングの演奏と比較すると単純なリズムの「コマーシャル曲」であるが、それも間奏に入ると、次第に変則リズムが入り始める。ソロはまずはスティーブが披露するが、それにサックスが被さることになる。ただゴングの二人のギタリストは、ほとんどソロを取らずサポートに徹している。スティーブのソロは、超絶テクニックということではないが、年齢を考えるとそれなりに聴かせる力を維持している。バックのスクリーンには、ゴングの時とは異なる、かつてのゴングのアルバム・ジャケットをイメージさせるようなイラスト中心の映像が映されている。一曲アップテンポの短い曲を挟み、3曲目はミケットのティンカーベルの透明感ある音と共に静かに始まる。スティーブとミケットに、ゴングの二人も加わったコーラスが心地良いが、それも次第にアップテンポの変則リズムに移行し、スティーブのギターとイアンのサックスとフルートが加わる展開になる。知らない曲であるがそれなりに楽しめる。そしてスティーブによる「これからSea Voyageに皆さんを案内する。どんな旅になるか楽しみにしてくれ」という紹介で、ミケットのシンセにスティーブの静かなギターが絡むイントロが奏でられる。スクリーンには、深海をイメージさせるデフォルメ映像が映されている。それはまた次第にアップテンポの変則リズムに展開していき、最後は、気がつくと、私が持っている彼のソロ作のもう一作「L」からの、ドノバンのカバーである「Hurdy Gurdy Man」であることが分かる。ドノバンのそれとは異なるハードなアレンジで、個人的にも大いに盛り上がったところで、彼のステージが終了する。時間は9時10分。そして聴衆のアンコールを受け、再び7人が登場。以降はポップっぽい曲が演奏されることになる。ただここで気がついたのは、アンコールではスティーブはほとんどソロを取らず、メイン・ボーカルも全てファビオに任せていたこと。そして自分のパートがない時は、何度も後方に移り、顔の汗を拭いていた。さすがに、年齢を考えると、これだけのライブは肉体的にもきついのであろう。そしてそれは、アンコールとなって前の観客につられて立ち上がっている私にとっても同様で、次第に以前からある膝の痛みを感じるようになってくる。ステージでは、特にサックスのイアン等の若者たちが、精力的なソロを繰り広げるが、「そろそろ終わりかな」と思わせながらも中々終わらない。そうこうしている内に、スクリーンでは石造の仏像の頭が映り、ファビオ他が、如何にも念仏を唱えるといった感じのボーカルを長々と挿入したりしている。そして私の膝もそろそろ限界に近くなったかな、と感じ始めた21時45分、ようやくアンコール3曲目が終わり、ライブが終幕することになった。実質2時間45分のライブであった。
予習で聞き込んでいったデヴィッド・アレンの再結成ライブのCD2で延々と繰り広げられる幻想的な演奏が、この日の新生ゴングの基本である。その意味でゴングの音楽は、曲を特定する必要はなく、その「浮揚感」を楽しめれば十分で、この日の演奏はその意味では満足できるものであった。また間違いなく、昔のゴングよりも演奏技術は上がっているし、ボーカルも上手くなっている。ただ、年末に新作を出すということではあるが、この日のライブに来た聴衆の様に、いまだにこのバンドを追いかけているファンがいるというのも驚きで、ましてや新作CDを買おうというファンがいるのだろうかと思ってしまう。またスティーブについては、敢えて私と変わらない年代で、頑張ってそれなりの演奏を続けているということで、やはり十分である。最後のアンコールの30分程度の「立ち見」で披露感は嵩じていたが、それでも、昨年9月のYES以来、久々に生の本格的なロック演奏を楽しむことのできたライブであった。