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映画日誌
ドイツ映画
ヒトラーSS アドルフの肖像
監督:ジム・ゴダード 


(これはドイツ制作ではないが、主題がドイツとナチスであることから、「ドイツ映画」に掲載する。)

 レンタル店の割引券で借りて観たもう一本の映画。1984年スウェ―デン制作の作品で、両親と息子3人のドイツ人家族、就中長男ヘルムートと次男カールの、ナチス勃興期の1931年から敗戦の1945年までの軌跡を描いている。ナチス物はもう観尽くしたかなと思っていたが、まだこんな作品があったのか、と思いながら見始めたが、意外と骨のある、見ごたえのある作品であった。スウェ―デン映画を観るのも初めて(折も折、昨晩のストックホルムでは、ノーベル賞の授賞式が行われており、今年の日本人受賞者である坂口、北川両氏が出席している)、もちろん監督のジム・ゴダードというのも初めて聞く名前である

 冒頭、1931年のドイツ、シュトッツガルト。ナチス突撃隊のレームが集会で演説し、それを一人の若者(カール)が聞いて共感している。彼はその後、両親に新しく生まれた子供の洗礼式のため教会に駆けつけている。そこには、両親に加え、もう一人の青年が同席しているが、洗礼後、「こんな年齢で弟ができるとはね」と話しているところから、彼らヘルムートとハンスは兄弟であることが分かる。洗礼式後二人はビアホールへ飲みに行き、給仕で歌手志望のミッツィーと言葉を交わしているが、そこではナチスの連中が集まって、反対派の人間にリンチを加えるなどの騒ぎを起こしている。うんざりした二人は別の店に移り、そこでヘルムートの恩師であるユダヤ人ドイツ文学教授であるローゼンベルグと出会い、ヘルムートはミュンヘンの大学に行くことを告げるが、自動車整備工で失業中のカールは、レーム率いる突撃隊(SA)に参加すると語り、教授は不満そうである。しかし先に店を出たローゼンベルグが帰途数人の突撃隊員に因縁をつけられ乱暴されそうになった際は、二人は彼らを殴り教授を助けることになる。ヘルムートはカールに向かい、「お前は初日に上司を殴るとはたいへんな奴だ」と呟いている。

 1932年のミュンヘン。大学でフェンシングをしているヘルムートは、そこで出会った男に見込まれ、ナチス親衛隊(SS)に勧誘されている。男は親衛隊長ヒムラ―の側近のハイドリヒである。一方シュトッツガルトに残っているカールはSSの運転手を務めながら、工場で働き、夜はバーで歌うミッツィーを訪ねているが、彼女はヘルムートの消息を訪ねるだけである。そのカールは、工場での組合活動にも関心を示しているが、上司からは、「それは矛盾している」と指摘されている。上司は、最近行われた選挙でナチスが大きく票を減らしたことを喜んでいる。そしてミュンヘンから戻ったヘルムートを交えた家族団欒。ヘルムートは、これからのドイツを再建するのはSSであると言い、それへの参加を告げているが、母親は反対している。

 1933年、ヒトラー内閣が誕生。カールはSAの制服に身を包み、ヘルムートはSSに参加してベルリンに移ることになり、ヘルムートはミッツィーとベッドを共にして別れを告げている。しかし、ヘルムートの出発後、カールは突撃隊が近隣の組合ビルを占拠し、そこで組合長で旧知のランドナーが階段から突き落とされたのに驚き、酔いつぶれてミッツィーのもとに駆け込むのである。カールは、ランドナーの関係者から事件の証言をするよう求められるが、SAの上司からは、それは身のためにならないと脅されることになる。

 1934年ベルリン。ヘルムートは、SS本部からミッツィーに電話をして、SAにいるカールに、「ミュンヘンに行くな」と伝えて欲しいと告げている。そこではヒトラーによる、レーム突撃隊の全面粛清が実行されている。レームは拘束され、監獄で自殺か射殺を選ぶよう告げられ(私は、レームはその場で殺されたと思っていたが、この映画ではすぐには殺されなかったように描かれている)、他方カールは何とか生き延び、ダッハウ収容所に移送されることになる。それを知ったヘルムートは、ハイドリヒの力も借りて、カールをダッハウから解放する。カールは、ダッハウについて一切口外しないという宣誓書に署名し、家族のもとに戻るが、自分に引きこもり、幼いハンスと川遊びなどをするだけで、一時帰宅したヘルムートはミッツィーとその様子を見ながら寂しく感じている。またヘルムートは、ゲーテの「親和力」などの本をもって恩師ローゼンベルグを訪ね、「あなたは英国や米国に移住した方が良い」と告げているが、教授は乗り気でない。

 1938年、パリでのユダヤ人によるドイツ外交官殺害事件を契機に、欧州の緊張が一気に高まっている。成長したハンスはヒトラー・ユーゲントに入りたいと言い、両親は困惑している。一方、自分に閉じこもっていたカールは、1933年のナチスの蛮行で傷ついた隣人ランドナーが亡くなったことに憤慨し、警察署で告発を行うが、「お前は監視下にある人間だ」と脅され、再び拘束される。ヘルムートは再びゲシュタポ将校と取引を行い、カールを解放するが、カールはその代償として従軍することになる。その時ポーランドでの戦争が始まり、ヘルムートは、自身の忠誠心を証明するため、戦争開始がポーランドの挑発であったと見せかけるための工作のために殺される、ダッハウ収容所の受刑者たちを選別することになっている。そしてカールは、ポーランド戦従軍のため出発するが、その直前、彼を探しに来たミッツィーと再会し、別れの抱擁をしている。ロシアとの関係も緊張を増している。

 1941年、ハリコフ周辺。ロシア戦線に従軍しているカールの軍隊に慰問に訪れたミッツィーとの再会。一方、プラハではヘルムートの庇護者であったハイドリヒがゲリラに殺され、ヘルムートはその報復の大量殺人とユダヤ人の移送に関与させられている。彼は、移送されかかったローゼンベルグが、担当官の機転で助けられるのを見てほっとしている。

 1942年スターリングラード。大晦日の行事で、従軍しているカールは、ナチス批判を行い拘束されるが、移送途中、ソ連軍の攻撃に会い逆に救われ、軍から脱走する。他方、ベルリンで、カールの脱走の知らせを受けたヘルムートは、ミッツィーにそれを告げ、彼女のもとに現れた時は連絡するよう依頼している。

 1944年7月ベルリン。ミッツィーの部屋にカールが現れる。ラジオでは、シュタウフェンブルグによるヒトラー暗殺事件が失敗したニュースが流れている。カールと再会したヘルムートは、カールに「お前は手配者リストに載っているのでここからすぐ逃げろ」と告げている。

 1945年シュトッツガルト。連合軍の爆撃で廃墟となった町で、カールは両親が家もろとも犠牲になったことを知る。隣人に「男の子は見なかった?」と聞くカール。13歳となったそのハンスは、ヒトラー・ユーゲントの一員としてベルリンで戦っていた。ハンスを助けるべく、彼を探し当てたヘルムートは、「今すぐ脱走しろ」と告げるが、ハンスは「お前は裏切り者だ」と応じない。カールとミッツィーのもとに戻ったヘルムートは、「ハンスは洗脳されてしまった」と嘆くのである。そして連合軍がベルリンを制圧する中、ヘルムートは偽装身分証明書でベルリンから離れようとするが、兵士に見とがめられ、腕のナチスの入れ墨を確認され射殺され、またカールも、ハンスの遺体を収容することになる。そしてミッツィーと肩を寄せ合いながら、廃墟の街を歩き始めるところで映画が終わるのである。

 1984年制作ということで、映像は不鮮明な古さを感じさせ、また構成も、時期を飛ばしながら、夫々の時代を描くという、やや形式的なものとなっている。それでも、息子たちのナチスへの関与を苦々しく感じる両親や、ナチスに参加するヘルムートとカールも、全面的な忠誠心を持つことなく、夫々の局面でナチスの蛮行を批判的に眺める様子や、ユダヤ人ローゼンベルグを助けたりするなど、夫々の性格も単純ではない描き方をしているのは説得力がある。そして、兄弟が親衛隊と突撃隊に分かれながらも、夫々時として助け合う様子。しかし最終的には、ナチスに最も早く参加するが、同時に最も抵抗感を感じていたカール(とミッツィー)だけが生き延びるという結末。映画では、ヒトラーは、レーム粛清の場面のみの登場であったが、それでも背後にいる彼の存在は常に意識させるという演出も面白い。スウェ―デンという、大戦時は中立国であった国の視点から見たナチス時代の一ドイツ人家族の運命を語らせた作品という理解をすることもできるのだろう。予想外に見ごたえのあるナチス物映画であった。

鑑賞日:2025年12月10日