アジア・ドイツ読書日誌と
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映画日誌
ドイツ映画
ドレスデン
監督:ユーランド・ズド・リヒター 
 1945年2月、英国による空爆で、25000戸の建物が破壊され、一晩にしてドレスデンが灰燼と化した。この爆撃は、広島、長崎に対する米軍の原爆投下と同様、戦略的な意味合いについては、いろいろ議論があるところである。またこの爆撃で死亡した人間の数も、私自身がいろいろな文献で見てきたところ、数万人(映画ではそうコメントされている)から数十万人まで説があるところである。しかし、それが第二次大戦でのドイツ都市の破壊としては最大のものであったことは、ほとんど全ての資料が認めているところである。この爆撃を受けた人間と街の姿を、映像としてのクライマックスとして描くとともに共に、そこに個人のロマンを重ね合わせた初めての映画である。最後のシーンで描かれているとおり、一昨年(2005年)、この爆撃で破壊され、そのままの姿で残されていた聖母教会が再建され、その式典が行われた。まさにこのタイミングに合わせ、戦争を若い世代の視点から描くという意図をもって製作されたようである。昨年から話題作が続くドイツ映画の中でも、一千万ユーロという、最大のコストをかけて製作されたとのことである。

 さてDVDでは、進行に応じてチャプタ−化が行われているので、レビュ−にあたって、まずこれを確認しておこう。

(1)空襲を免れた街、(2)運命の出会い、(3)それぞれの秘密、(4)スパイ捜索、(5)正義と勇気、(6)運命をかえる時、(7)攻撃はドレスデン、(8)生きるための闘い、(9)瓦礫と化した街、(10)世界に平和あれ。

 物語は、第二次大戦中のドレスデンで、病院長の父親を持ち、彼の意を継いで看護師として、父の病院で戦時の治療に従事するアンナ(フェリシタス・ヴォール)の目を通じて描かれる、ドレスデン爆撃の悲劇と、その中で花開いた敵国である英国兵士とのロマンスである。
 ドレスデンの病院長という上流階級の家庭に育ったアンナは、病院の有能な若い医師で、彼女のフィアンセでもあるアレキサンダー(ベンセミン・サドラー)と共に、戦時の治療に汗をかいている。しかし戦況が厳しくなる中、父親(ハイナー・ラウダウバッハ)は、スイスに逃れるべく着々と準備を進めており、アレキサンダーにも、治療を止めて一緒に逃げるよう説得する。その話は、正義感に燃えるアンナには内密に進んでいる。

 他方、優勢を極める連合軍は、ドイツ本土への空爆を進めるが、その爆撃作戦の最中、英国空軍の爆撃機が、ドイツ側の反撃にあい撃墜され、パイロットのロバーツ(ジョン・ライト)は、パラシュートで脱出し敵地に置き去りにされることになる。ロバーツは幾度かの危機を乗り越え、ドレスデンに辿りつき、アンナの働く病院の地下に潜むことになる。後に、ロバーツは、英国人とドイツ人のハーフであり、ドイツ語を話すと共に、戦争に対する微妙なアイデンティティを持っていることが分かる。

 連合軍参謀でのドイツ爆撃計画を巡る議論が進行する。他方、病院に潜むロバーツとアンナの邂逅。アレキサンダーとの婚約後、家族のスイスへの逃亡計画を知り驚愕するアンナ。敵国兵士であるロバーツへの思慕が強まり、ナチス高官も出席する婚約パーティの席上から駆け落ちを図るが、父とアレキサンダーに見つかり、二人は監禁される。そしてそのパーティの直後に、睡眠薬で眠らされたロバーツを残し、家族でのスイスへの逃亡が実行される。まさにその時、空前絶後のドレスデン爆撃が始まるのである。
駅に着いたアンナたちは、混乱の最中、防空壕に避難するが、遅れて現金を詰めたケースを持って出ようとした父親は、混乱の中、その金を全て失い、そしてその後、投下された時限爆弾で命を落とす。一人残されたロバーツは爆撃により目を覚まし、監禁部屋を抜け出し、アンナ、アレキサンダーと邂逅する。戦火の街を彷徨いながら、しかし最終的にはアンナはアレキサンダーと分かれ、地下に閉じ込められたロバーツのもとに留まる。爆撃の夜が明けた時、奇跡的に生き延びた二人。ロバーツは崩壊直前の聖母教会に登り、完璧に破壊された街の姿に愕然とするのである。聖母教会は、一日持ちこたえた後、丸屋根が崩落し、瓦礫と化す。1000度を越える炎の高熱で、石がスポンジ状になっていた、とコメントされる。

 そうしたメイン・ストーリーの傍ら、ユダヤ人迫害の描写も挿入される。爆撃前の日々、通りを歩くユダヤ人に、子供たちが浴びせる罵声。そしてアンナの病院での親友(マリー・ホリマー)の夫であるユダヤ人コルバーグ。強制収用所への召還通知を、仲間のユダヤ人に配った夜に爆撃にあい、妻と離れ離れになるが、翌朝瓦轢の中で再会する。その後の二人の運命は言及されないが、戦乱の最中にも、ユダヤ人と生死を共にしたドイツ人がいたという小さな救いを感じさせる。

 後日談。英国に帰ったロバーツは、ある日飛行機で飛び立ち、そのまま行方を絶ったとされる。それは、ドイツ人の血を引く彼が、その一つの故郷の都市の壊滅を目の当たりにしたという負い目からの決死の飛行であったことを示唆している。そしてシーンは、2005年のドレスデンに跳ぶ。歴史の目撃者となったアンナが、半世紀を経て、聖母教会の再建式典に出席している。そこで流れるコメント。「作家G.パラグトスの1945年の言葉。『涙を忘れたものも、ドレスデンの破滅に泣いた。』その60年後につけ加えます。自信を失った者も再建後の教会の姿に自信を取り戻す。聖母教会は、世界の人々を結び付けます。民族間の理解を目指す人々を、そしてヨーロッパや世界での戦争を望まない人々を結ぶのです。皆に平和あれ。シャローム アレヘム、ケラ・ペソヴァ、アウェクブ ポコイスワミ。」

 英国人は全て英国人が、ドイツ人はドイツ人が演じ、ドレスデン爆撃の意思決定に至る史実も出来る限り歴史検証が行われ製作されたとされているが、それ以上にこの映画の迫力を増しているのは、言うまでもなく爆撃の際のとんでもない火災のイメージを実現するべく演出されたカメラワークである。広島のように、一発の原爆が一瞬にして全てを破壊し尽すのではなく、次々と且つ大量に投下される爆弾が地獄を作っていく様子や、避難壕に逃げ込んだ人々が次第に窒息死していく姿など、見るに耐えない悲惨さを、これでもか、これでもか、と描くことによって、ラストの「聖母教会」再建の感動につなげていく。もちろん本当の地獄はこんなものではないのであろうが、これは間違いなくこの映画の真骨頂である。

 アンナとロバーツの偶然が重なる、且つ余りに安易な「ロメオとジュリエット」物語の臭さを差し引いたとしても、最近元気なドイツ映画の一例であると言える。


鑑賞日:2007年12月9日