アジア・ドイツ読書日誌と
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映画日誌
ドイツ映画
家(うち)へ帰ろう
監督:パブロ・ソラルス 
(この作品も「ドイツ映画」ではないが、「ナチス」関連ということで、ここに掲載する。)

 2017年制作の、スペイン、アルゼンチン合作映画。雪の降りしきる寒い午後、定例のテニスも中止、スポーツ・クラブも定休日ということで、暇な午後ゆっくり観ることになった。ナチス関係の、周辺国で制作された作品として友人から紹介された作品であるが、スペイン。アルゼンチン合作映画というのは貴重である。監督のパブロ・ソラルス、主演の老人アブラハムを演じているミゲル・アンヘル・ソラという俳優はもちろん初めて聞く名前である。

 いきなりアルゼンチン・タンゴのダンス・パーティーで始まるところが、「アルゼンチン」ぽいな、と感じさせる。ただ全部を観終わった後から考えると、そこで演奏されるアコーデオンやバイオリンは、彼の親や叔父の死因に関連していることを連想させる。その後、仕立屋としてそれなりの財を成したが、50年住んだ家を含め子共に譲り引退しようとしている88歳の老人アブラハムが登場し、子供や孫たちとのパーティーを開いている。その終わりに、子供たちに、「最後はツーレスと二人だけにしてくれ」と言うが、ツーレスというのは奥さんではなく(奥さんは既に亡くなっている)、実はホロコーストで痛めた右足に彼が付けた愛称であることがネットの解説で分かる。そして子供たちが彼を老人ホームに入れようと考えている隙をぬって、密かに一人で旅に出ることになる。それは、かつてナチスの収容所から逃亡し瀕死の状態であった彼を助けてくれた祖国ポーランドの親友との再会を目指す旅となるのである。

 それからは、まさに足の不自由な老人が祖国ポーランドを目指す「ロード・ムービー」となる。まずは親友の孫娘に頼り旅程のアレンジをしてもらいマドリッドに向かう。機内で隣に座った若者に不必要に話しかけて嫌がられるが、スペイン入国時に彼を助けたことで、マドリッドでは彼に連れられ安ホテルに辿り着く。しかし、そこで転寝をし、幼い女の子のパーティでの発表会の夢(それは若き頃の彼と妹である)を見ている間に、その晩に出る電車を乗り過ごすことになる。そしてホテルのフロント係の女が歌手として出演しているジャズクラブで時間を潰している間に、部屋に置いておいた持ち金すべてを盗まれ、しょうがなく絶縁していたマドリッドにいる娘に会い、謝罪をしてお金を工面、高速鉄道でパリに向かうことになる。その列車の中で、彼は終戦時のポーランドで、友人ピオトレックに助けられたことを回想している。彼はアブラハムとは同年代の親友であったが、アブラハムの父がナチスに連行された後、父の使用人であった父親が、アブラハム一家の家に住んでいたのである。「家を奪われる」とアブラハムを無視しようとするその父を殴ってまで、ピオトレックはアブラハムを助け、介抱したのである。その後、アルゼンチンにいる叔母を頼ってアブラハムはそこから出たことになっている。

 パリからポーランドまでも鉄道での移動であるが、彼はフランス語が出来ないことから、駅の案内所で、紙に「ドイツを通らずポーランドに行きたい」と書いて頼んでいる。ただこれは、彼が「ドイツ」と「ポーランド」いう名前は絶対に口にしないと決めていることも理由である。駅員からは放り出されるが、そこで彼を助けたのがイーディシュ語を話す女性であった。ドイツ嫌いの彼は、彼女がドイツ人と分かる態度を豹変させるが(そこで、彼を介抱しているピオトレックに妹の死を告げたことを回想する)、結局はその女性の世話になりドイツまで辿り着く。そしてドイツの乗換駅では、「ドイツを足で踏みたくない」という彼の意向を受け、女性はまず列車からホームのベンチまで、荷物の衣類を敷き詰め、その上を歩かせることになる。ベンチでポーランド行きの列車を待つ間、アブラハムはそのドイツ女性に、自分がポーランドで親や叔父、そして可愛い妹がナチスに殺されたことを話している。しかし、それを話したことで、そのポーランド行きの列車に乗る時には、彼は「ドイツに足をつけ」て、彼女と別れるのである。

 ポーランド行きの列車内では、かつて少年時代に、ナチス兵が女と戯れる車両に紛れ込み、そこでナチス兵士に揶揄われた記憶が蘇り失神する。そして彼が目を覚ましたのは、ワルシャワの病院。そこでの親切な看護師の車で、彼の出身地であるウッチの街に向かう。そこで彼女に車椅子を押してもらいながら、住所を頼りに、彼を助けてくれたピオトレックの家を探す。既に最後の出会いから70年が過ぎている。彼はその命の恩人と再会することができるのか・・。

 足の不自由な老人が、多くの問題に遭遇しながらも、様々な人々の善意に支えられ祖国を目指していく話であるが、その過程で、主人公の回想が断片的に挿入され、彼の祖国を目指す理由がゆっくりと明らかになっていく仕掛けである。ここのところ観ていた幾つかの映画と異なり、一回観終わったところで、そうした時間の入れ替わりも十分理解できる構成となっており、脚本も良くできた映画である。そしてまた「ロード・ムービー」であることから、列車の車窓からの風景や、マドリッド、パリ、そしてポーランドのウッチという街の景観も楽しむことが出来る。因みにウッチという街は、私がこの国でかつて訪れたワルシャワ、クラコフに告ぐ第三の人口を持つ街で、ワルシャワの南西、車で一時間ちょっとのところに位置している。そのくらいであれば、ワルシャワの看護師が主人公を車で案内するのも現実的に可能な範囲であると思われる。

 ナチスの迫害から逃れたユダヤ人老人の人生最後の冒険譚として、雪の降りしきる寒い午後に心地良い感動をもたらしてくれた。

鑑賞日:2022年2月10日