アジア・ドイツ読書日誌と
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映画日誌
ドイツ映画
ミュンヘン
監督:スティブン・スピルバーグ 
(この作品は、ハリウッド映画であるが、表題がドイツで発生した事件であり、この前のドイツ映画に触発されて観たものであることから、「ドイツ映画」として掲載する。)

 この前に観た「バーダー・マインホフ 理想の果てに」でも取り上げられていた、1972年に発生したパレスチナ・ゲリラ「黒い9月」によるミュンヘン事件と、その後行われたイスラエル情報部による報復を描いた、スピルバーグ監督による2005年公開のハリウッド映画で、ジョージ・ジョナスという著者の「標的(ターゲット)は11人。モサド暗殺チームの記録」(1984年出版)というノンフィクション本を基にした作品ということである。「黒い9月」に対する報復作戦を遂行する主人公アヴナーをエリック・バナという2枚目俳優が演じているが、彼の率いる5人のチームにどこかで見た顔がいるな、と思ったら、「007」のダニエル・クレイグであった。それ以外には私が知っている俳優はいない。

 冒頭、その1972年のミュンヘン五輪で、男たちが深夜イスラエル選手村に侵入し、そこで2人を殺害、9人を人質にとって、イスラエルに収監されているパレスチナ・ゲリラの解放を要求する。西ドイツ政府との交渉の過程で、人質と共に空港に向かった彼らであったが、そこで西ドイツ警察と銃撃戦となり、結局残りの人質9人も死亡。ミュンヘン五輪は「悲劇の大会」として記録されることになる。

 事前情報なくこの映画を観始めた私は、そこで、あれ、という感覚を持った。私は、「バーダー・マインホフ」と同様、この事件を起こしたパレスチナ・ゲリラを主人公にして、この事件の詳細や、実行犯グループと「バーダー・マインホフ」との関係などが描かれている映画という先入観をもっていたのであるが、事件は冒頭に収束し、そして映画は、ある男がある筋から、「危険な任務」を打診される場面に移る。その任務とは、ミュンヘン事件を起こしたパレスチナ・ゲリラと関係する(ミュンヘン事件のイスラエル側死者と同数の)11人の暗殺である。ここで私は初めて、この映画が、事件そのものではなく、その後のイスラエルによる報復作戦を描いたものであるということを知ることになる。そして私が期待した彼らと「バーダー・マインホフ」との関係等は一切取り上げられることはなかった。まあそれでも良いか、ということで、あとは流し観ることになった。

 ミュンヘンでのテロを受け、ゴルダ・メイヤ首相(映画では、相当よぼよぼの老人の様に見える)率いるイスラエル政府は報復を決断し、モサド所属で、現在は落ち着いた家庭生活を営み、第一子の出産を間近に控えたアヴナー(エリック・バナ)に、メイヤ自身が出席する場で任務を打診する(首相自らが、アヴナーにコーヒーを入れている)。彼は、その任務が、イスラエル政府とは一切関係のない一私人としてのもので、ジュネーブの銀行にそのための資金が用意される以外は、何らの支援も行わない、と通告されるが、その任務を受け、モサドの雇用契約も解除した上で、身重の妻のもとから去る。そして他の4人のメンバーと共に、パレスチナ・テロリストと関係すると思われる人々の暗殺計画を進めていくのである。

 以降は、そうした暗殺が、夫々の人物の所在や状況についての情報収集から始まり、手段の詳細な検討を経て実施されていく様子が描かれる。最初のローマでのパレスチナ関係図書の翻訳屋の射殺や、パリでの電話に仕掛けた爆弾による爆殺(その男の小さな娘を誤爆しそうになり留まる様子等)辺りは、まあまあ飽きずに観ていけたが、その後は、同じような展開で、やや退屈していく。ベイルートでの派手な銃撃戦や、パリでのフランス人の情報屋の親子(彼らは、特定の国家とは、一切関係を持たないとしている)との接触、あるいはルイが紹介したアテネのアジトでのPLOとの遭遇と、バスク解放戦線を装っての戦闘回避等々。ロンドンのホテルのバーで女に声をかけられ、アヴナーは無視するが、同僚が引っ掛かり殺されたり、そしてそのオランダ人テロリストの女を本国で暗殺するといった、パレスチナ関係以外の挿話も交えながら話は進んでいくが、その辺りは流して観ていくことになる。そしてアラファトらに告ぐPLO、No3であるサラメの暗殺失敗が2回続いたことで、彼らの計画が終了し、アヴナーも本国に帰国、そこで生まれた子供とも初めて会うことになる。しかし、その後は、彼とイスラエル政府との間に溝が生じ、彼も悩みながらその仕事から降りると共に、自分が実行した暗殺の幻影に悩む中、イスラエルを出てニューヨークに移住することになる。しかし、暗殺計画は別の部隊により進められ、最終的にサラメを含めた11人の暗殺で報復作戦が完了したことが語られている。

 ネットでの解説によると、「シンドラーのリスト」で、親イスラエルと見做されていたスピルバーグが、ミュンヘンでのテロに報復するイスラエルを描くことで、改めてそうした姿勢を示したとされる一方、イスラエル側が、「これは真実ではない」とコメントしたり、映画中にはPLOによる反イスラエル演説やコメントが挿入される等、この映画を巡っては様々な評価が交錯したという。スピルバーグ自身も、「どちらかの側に立った作品ではない」とコメントしているが、そうした政治的賛否両論が渦巻き、スピルバーグの作品の中では、最も評価が分かれた作品となったようである。

 ただ、私にとっては、冒頭に述べたとおり、ミュンヘン事件の詳細や、それとのバーダー・マインホフの関係、あるいはドイツ警備当局の対応等に興味を抱き観た作品であったことから、3時間近いこの映画は、後半はやや退屈してしまったというのが正直なところである。単純な娯楽映画として観た方が良かった作品であった。

鑑賞日:2022年9月21日