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映画日誌
ドイツ映画
ナチスの愛したフェルメール
監督:ルドルフ・バン・デン・ベルグ 
 ここのところ観ていた映画の関連で、ネットで紹介されていたこの作品を取り寄せてみた。2016年の制作。オランダ、ベルギー、ルクセンブルグの共作であるが、「ナチス関連」ということで、「ドイツ映画」に掲載する。監督は、ルドルフ・バン・デン・ベルグ。主演の画家をユルン・スピッツエンベルハーという俳優が演じているが、その愛人(その後妻)役で、「マスターズ&スレイブズ」で若いラナを演じたリズ・フェリンという女優が、この作品でもエロチックな存在感を放っている。

 男が、「フェルメール」作品と思しき絵画に、公衆の面前でナイフで傷をつける場面が映され、「事実に限りなく近い物語」というルビが流れる。そして画面は、1945年5月、監獄に収容された画家と、彼への取調べや公判に跳ぶが、そこでは画家が、フェルメールの名画をナチスに売却したという国家反逆罪で極刑を求められている。それに対し、画家は「私はフェルメールをナチスには売っていない。それらは全て私が描いた贋作である」と主張している。そして物語は、1920年代、若き画家の姿に遡ることになるが、時折、その取調べや裁判の場面が、繰返し挿入されることになる。

 ユハネス・フェルメールの画風そっくりに、自分の妻と男の子の肖像画を描いている画家ファン・メーヘレン(ユルン・スピッツエンベルハー)。自分では感情が伝わらない小手先技術だけの作品だと言い、それを塗りつぶしている。しかし、彼は、1924年のデルフトーそれはフェルメールが生まれ生涯のほとんどを過ごしたオランダの町であるー芸術協会の最優秀賞を受賞する等、将来を嘱望された画家である。その彼は、大物美術評論家で、彼の個展のスポンサーでもあるブレデリウスの婦人で舞台女優であるヨーランカ(リズ・フェリン)に一目惚れし、親友の画商の、「彼女には手を出すな。個展を取るか、セックスを取るかということになるぞ」という警告にも関わらず、彼女にモデルになってくれと懇願、彼女も「良いけど、私は脱がないわよ」と言って、彼は「感情の入った」肖像画作品を仕上げ、盛況な個展も開催している。しかし、その個展で二人の関係に気がついたブレデリウスは、彼の絵画を「陳腐なただの日曜画家」と酷評し、また画家の妻も彼に愛想をつかし、息子とスラバヤ(ゴッホへの連想か?)に去っていく。メーヘレンは、結局ヨーランカと寝ることになるが、その後大喧嘩し、再び彼女は去ることになる。しかし、オランダの有名な画家であるフランス・ハルス(レンブラントよりやや年長であるが、同時代に活躍したというこの作家は、私は今まで知らなかった)の彼による贋作が高く売れたことから、彼は6年間、西フランスでゆったりと過ごし帰国する。そして再会した画商から、「フェルメールを高く買うナチス高官(ゲーリング)がいる」という話を聞きつけ、その贋作を創ることを始めるのである。ハルスの贋作を創った際に開発した、画像を古く見せる技術も使いながらフェルメール作品を描くメーヘレン。彼のもとを、かつて去っていった息子が成長して訪れて再会。息子は彼の贋作制作を詐欺だ、と批判するが、彼は「それは復讐だ」と気に留めない。そして夫と別れたということで再会したヨーランカと結婚し、彼女とナチスの制服を着てゲーリングの主催するパーティに参加し、そこで描いたゲーリングの女のスケッチを「ヒトラー総統にお渡しして頂きたい」と差し出すなど、贋作をナチスに売った金で優雅な生活を送ることになる。しかし、彼は、こうした贋作を最後は公衆の面前で傷つけることでナチスに復讐することを考え、息子と共に彼の贋作の発表会にナイフを持って赴くが、そこにヨーランカが現れたことで、果たせず彼女と去っていくのである。

 こうして再び1945年の公判に跳ぶ。国家反逆罪で極刑を主張する検察に対し、メーヘレンは、自分がナチスに売ったフェルメールの作品が全て贋作であったことを証明させてくれ、と反論している。そしてヨーランカが、彼のアトリエから持ち出した他の作品のコピーも証拠として採用され、結局彼は国家反逆罪を免れることになる。しかし、判決では贋作を高値で売った詐欺罪で、1年の禁固と500万ギルダーの罰金が言い渡される。その金額は、フェルメールとメーヘレンの絵画の値段の相違である。それを聞くメーヘレンは、「絵は同じなのに」と呟くのである。そのメーヘレンが返却されてきた贋作の前に佇む中、58歳でアムステルダムで亡くなったとのラジオ・ニュースのルビが流れる。禁固刑の判決が出された一か月後のことであったという。そして「彼は6年かけてフェルメールの贋作を描いたが、彼のその贋作技術は今も評価が高い。彼の「エマオの食事」はボイマンス美術館に今も展示されている。ポストモダンの観点から見ると彼の作品は芸術である」というルビと共に映画が終わることになる。

 フェルメールがその生涯のほとんどを過ごしたデルフトに、彼から約300年後に、彼の精巧な贋作を描き、それをナチスに高値で売った画家がいた、というのは面白い話である。名画の贋作というのは、歴史上数多の事例があり、それ故に当然、そうした鑑定技術も発達し、まさに現代では相当の水準に達していたと思われるが、メーヘレンはそれを欺く技術を持っていたということである。

 そうした画家の生涯を、その破天荒な性格と共に描いたこの映画は、それなりに見応えがあった。癖のある画家を演じた主演の男優の演技は素晴らしいが、やはり彼の愛人役であるヨーランカを演じたリズ・フェリンの魅力が特筆される。「マスターズ&スレイブズ」では、「ちょい出し」に留まっていた彼女のエロティックさが全開で、物語の展開に大きな刺激を与えている。映画では、彼女はブルガリアの寒村生まれ、ということになっていたが、実際の彼女はどこの出身であるのか興味深いところである。猛暑も少し緩まる夕刻の、楽しい暇潰しであった。

鑑賞日:2023年7月25日