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映画日誌
ドイツ映画
ルードヴィヒ
監督:ルキノ・ヴィスコンティ 
(本作もイタリア映画であるが、舞台がバイエルン、主人公がドイツ人ということで、ここに掲載させて頂く)


 そしてルキノ・ヴィスコンティの「ドイツ3部作」の第3作である。1972年の制作で、ネット解説によると、当初公開時は140分に編集されたが、1980年の日本公開時は180分となり、そしてその後2016年頃になって、当初ヴィスコンティが希望した「完全版」である約4時間版が公開されたということである。今回私が観たのもこの4時間版で、それと知らずに観始めたことから、延々と終わらない展開にイライラしながらも、最後は結局いっきに観てしまったのである。この作品も半世紀前の日本公開時に関心は持っていたが、今回日本公開が1980年ということを知って、既に社会人となっていた私にとっては、当時は時間を割くことができなかったというのも納得できたのであった。

 映画は、1864年、ルードヴィヒ(俳優は、オーストリア人のヘルムート・バーガー)が父の後を継いで18歳でバイエルン公国の国王に就任するところから始まる。話の展開毎に、冒頭関係者の独白による証言が語られる構成になっている。まずは神父と思われる「教育係」によるルードヴィヒへの忠言に続き行われる、豪華な宮殿での、閣僚や外交団に囲まれた豪華な衣装での戴冠式。当時の宮廷の雰囲気に対するヴィスコンティの好みが伝わってくる映像である。ただ前作の「ベニスに死す」は、ドイツ人が主人公であるにも関わらず言葉は英語であったが、今回の作品は、バイエルンが舞台にも関わらずイタリア語であるのはやや違和感がある。

 国王となったルードヴィヒが早速側近に命令するのは、国の名声を高めるために稀代の音楽家リヒャルト・ワクナーを連れてこい、というもの。どうもワグナーは、多くの負債を抱え、欧州中を逃げ回っているようであるが、結局探し出し、これまた豪華な屋敷を提供し(しかしワグナーは家具が貧弱等と文句たらたらである)、バイエルンでの「トリスタン」の上演の準備を要請している。そして縁戚であるオーストリア皇女のエリザベート(俳優はロミー・シュナイダー)との再会と彼女へのほのかな想い。しかし既に既婚者の彼女は、ルードヴィヒには妹のゾフィーとの結婚を薦めている。

 バイエルンでの「トリスタン」は1965年に上演され、それなりの成功を収めたようであるが、そこには既に膨大な予算が投入されたようで、多くの批判も広がっている。またルードヴィヒは、そこに招待したエリザベートが来なかったことにがっかりしている。ルードヴィヒがこだわるワグナーの次の企画は、彼の愛人であるビューロー夫人問題もあり結局反故にされ、ワグナーは一旦バイエルンを去ることになる。

 次第に精神的に落ち込み、ミュンヘンを離れ田舎の別邸に引き籠るルードヴィヒ。普墺戦争も始まり、ハプスブルグのオーストリア側に立ったバイエルン王国の側近たちは彼にミュンヘンに戻って指揮を執って欲しいと嘆願しているが、彼は「戦争など知らない」とそっけない。そしてプロイセンとの戦争は7週間で終わり、彼の元には敗戦の報が届けられ、また戦争の前線で闘っていた弟のオットーは次の王位を保障されていながらも、自らも傷つき精神を病み始めている。そんな中、ルードヴィヒはある朝突然母の邸宅を訪ね、ゾフィーと結婚すると告げる。オーストリア皇女との結婚に母やエリザベートを始め、縁者は喜ぶが、側近の神父は「冷静な判断であれば良いのだが」と不安を漏らす。そして結局婚約時代のルードヴィヒのゾフィーへの態度は不自然で、彼女のワグナーへの紹介もわだかまりを残す中、この婚約は解消されることになる。ますます引き籠るルードヴィヒ。閣僚が持参した、ビスマルク自筆による統一ドイツへの参加を承諾する手紙にも、「祖国を売り渡すことは出来ない」と署名を拒否している(とは言っても歴史的には、結局は吸収されてしまうのであるが・・)。そして気が狂った弟オットーのもとを訪れ彼を抱きしめるしかない

 一旦よりを戻したワグナーの「リング」上演のためには費用を厭わず、また演劇「ロメオ」の俳優を邸宅に招き、彼の「ロメオ」の演技に没入し「ワグナーには裏切られたが、お前は私の真の友だ」とその俳優に向けて呟くルードヴィヒ。しかしこの俳優も、彼に各所を連れまわされ、結局疲れ果ててうんざりしてしまうのである。ただこの俳優を迎える邸宅の地底湖に、ルードヴィヒが豪華なボートで現れる場面は、如何にもヴィスコンティといった神秘的な映像になっている。
 
 彼の精神錯乱は更に進む。別邸の近所と思われる地下の酒場で若い男たちを集めた乱痴気パーティとそこでの彼の男色行為の場面は、「地獄に堕ちた・・」での、ヒトラーによる粛清前のレーム親衛隊のそれを思い出させる。そして閣僚たちは、そうした彼の排除―退位―を検討することになる。しかし「彼は国民には人気があるので注意して進めなければならない。」結局精神科医による退位を正当とさせるような診断書が必要ということで、そのために彼を拘束することになるのである。雨の降りしきるノイシュバンシュタインに向かう閣僚たち。しかし、それの通報を受けたルードヴィヒは一旦彼らを拘束するが、結局求めに応じて医者の診断を受ける別の城まで移送される。湖のほとりにあるそこの部屋に閉じ込められたルードヴィヒは、朝の散歩がしたい、ということで、一人の老齢の医者を従えて雨の中外出するが、異変に気がついた閣僚たちが捜索に出ると、結局医者の死体と共に、湖に身を投げ溺死した彼の姿が発見されて物語は終わることになる。「狂王」と呼ばれたルードヴィヒ40年の生涯であった。

 彼の彼の湖での死は不可解なもの、と言われているが、ここでは悲観した彼が監視役である医者を殺してから、自ら自死したように描かれている。それが真実であるかどうかは、私は直ぐには分からないが、「精神錯乱」を理由に退位させようとした閣僚たちの思惑に反し、拘束されたルードヴィヒは、ごく普通の精神状態のように描かれている。結局ヴィスコンティは、彼の死は閣僚たちが仕組んだものと言いたかったのかと勘繰ってしまう。いずれにしろ、この最後の1時間は、いっきに観ることになってしまったのであった。

 いやいや、約4時間という長さを含めてたいへんな作品であった。19世紀半ばのバイエルン公国を巡るビスマルクとの対決など、大きな政治状況はわずかに触れられるだけで、もっぱら統治に背を向けたルードヴィヒの芸術への偏愛とエリザベートへの想いといった彼の個人的性癖だけを描いた作品で、その点ではやはり不満も残る。ただ国王でありながらの彼のそうした個人的性癖と行動はやはり相当特殊で、ヴィスコンティにとっては映画の素材として「持って来い」であったのだろう。そして雪や雨の降りしきるバイエルンの自然と豪華な宮廷生活ついての彼の映像は、やはり素晴らしいと言わざるを得ない。もちろん、主演のヘルムート・バーガーを筆頭とする俳優たちの演技には文句のつけようがない。次には、先日亡くなったA.ドロンが主演者の一人である「山猫」(これは昔一回観た記憶がある)にかかりたいと思うが、しばらく小休止してからになるだろう。

鑑賞日:2024年11月27日