アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
映画日誌
ドイツ映画
ヒトラー暗殺、13分の誤算
監督:O.ヒルシュビ−ゲル 
 先週末ツタヤで借りてきたもう一本のナチス関連の映画。2015年制作のドイツ映画で、言語もドイツ語である。主人公は、ゲオルグ・エルザーという田舎の家具職人で、彼は1939年11月8日、ヒトラーの定例演説が予定されていたミュンヘンのビアホールに爆弾を仕掛け暗殺を企てるが、ヒトラーは予定を早く切り上げ、彼が会場を後にした13分後に爆弾が破裂したことから計画は失敗した。ナチスは、直ちにエルザーを逮捕。その綿密な計画から、彼の背後にいる黒幕により行われた組織的犯行と考え、尋問でエルザーに自白を迫るが、拷問にも関わらず彼は、それは自分一人で考え実行した単独犯であるとの主張を変えることがなかった。この歴史的事実を基に、エルザーが何故その暗殺を行うことになり、そしてどのように実行したかを、彼の私生活についての多少のフィクションも交え描いた作品である。監督ヒルシュピーゲルは、以前に観た「ヒトラー 最期の12日間」等も制作している。

 ヒトラーの演説会場に爆弾を仕掛けるエルザーの様子から始まり、その後スイス国境を越えようとした彼が、共産党系の赤色戦線のバッジを持っていたことから警備員に拘束され、ミュンヘンでの総統暗殺犯であることが明らかになり逮捕・尋問されることになる。尋問官であるネーベという警部には、上司からこの事件の背後関係を徹底的に調べろというヒトラーからの命令が伝えられるが、拷問にもかかわらず、エルザーは自分の名前さえも口を割らない。ネーベは、口を割らせるために、彼の故郷であるケーニッヒスブロンというバイエルン州にある彼の出身地である田舎町にいる縁戚者や友人たちを集めるよう指示を出すことになる。

 ここから1930年代始めの青春真っただ中のエルザーの長閑な楽しい時代が回顧される。ボーデン湖畔でのダンスパーティーでアコーデオンを弾き、時に恋人と湖に飛び込みそこで愛を交わすエルザー。しかし、そうした田舎にも次第にナチスの勢力が浸透してくる。酒飲みの父親についての苦情を聞いた母を慰めるため実家に帰宅した彼は、そこでのパーティーでエリザという、夫のDVに耐えている人妻と愛し合うようになり、子供も設けることになる。また青春時代の友人が共産党活動に参加したことで、逮捕され強制労働につかされているが、エルザーは、そうしたナチスの台頭を苦々しく思っているが、公然たる反ナチス活動を行う訳ではない。

 尋問場面に戻り、エリザが拘束されエルザーのもとに連行される。エリザへの危害を懸念したエルザーは供述を始めることになり、彼がヒトラーに危険を感じ今回の犯行に至った経緯や、爆弾の素材を自ら集め、時限爆弾を製造したことが自白されるが、それが彼の単独犯であることについては供述を変えることがない。そしてエリザとの子供が早く亡くなったことが、彼がこの暗殺を決断した理由であるかのように描かれる。こうして彼が爆弾を開発、草原でその爆発実験を行ったり、暗殺の前年、ヒトラーの定例講演が行われた会場を訪れ、綿密に計画を立てる様子、そして最後はエリザに「ミュンヘンで大事な仕事がある」と言い残してケーニッヒスブロンを去っていく姿などが回顧されることになる。しかし度重なるネーベへの指示や拷問による取調べにも関わらず、エルザーの単独犯についての自供は得られなかったことから、彼は処刑もされず長期にわたってダッハウ収容所に特別犯として拘束されるのである。

 そして5年が過ぎた1945年春、まずクランゼーという収容所でネーベが処刑される場面に移る。彼は、その直前に発覚したシュラウフェンベルグによるヒトラー暗殺に加担したとして絞首刑となるのであるが、かつての暗殺者取調官が、皮肉にも別の暗殺に加担したことが語られる。そしてドイツの敗色も強まる中、長くダッハウに拘束されていたエルザーにもついに処刑の時が来る。かつてネーベの副官で彼を取調べた男により、「こいつは連合軍の爆撃で死んだという記録を書き、処刑後は直ぐその文書は破棄しろ」と女性秘書に指示された後、彼の銃殺が行われるのである。そして、彼が最期まで気遣っていたエリザは戦後まで生き残り、2回の離婚を経ながらも1994年に逝去するまでエルザーへの想いを変えることがなかったこと、そして戦後のドイツ社会でエルザーが反ヒトラーの闘士として認められるまでにはその後数10年がかかった、というルビと共に映画が終わることになる

 1939年の彼による暗殺失敗の場面は、爆発後の会場の白黒フィルムが映されるだけで、ほとんど詳細は描かれていない。私はむしろこの映画では、この暗殺場面と、ヒトラーがこの爆発を逃れる様子が中心に描かれるのかと期待していたが、それは簡単に済まされ、むしろそこに至るエルザーの回顧が中心になっている。その意味では、この映画で監督が描きたかったのは、長閑なバイエルンの田舎町にも次第にナチスが勢力を拡大していく様子と、それに同調する人々と反発する人々の軋轢、そしてそうした雰囲気の中で、政治にはあまり関心のなかった一介の田舎町の家具職人がヒトラー暗殺という大それた事件を引き起こすに至ったということだったのだろう。他方エルザーとエリザの情事は、その時代のドイツの田舎町での家族関係を補足的に挿入したという感じであるが、彼女の夫によるDV等は、当時のドイツ社会の保守性を物語ることになっている。
 
 暗殺未遂事件の裏に黒幕がいる、という想定は、今まさに読んでいるB.フリーマントルの小説の主要テーマである。次の関心は、その小説での展開がどうなるかに移っている。

鑑賞日:2025年6月11日