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国宝
監督:李相日 
 定例テニス後の吞み会で、最近の人気作ということで参加者二人から紹介があったが、私はその時はこれについては全く知らなかった。帰宅してネットを見ると、確かに最近では最も評価も高い大作で、興行収入も100億円を越えて、歴代2位になっているということだったので、早速水曜日の安売り券(1,300円)を購入した。テーマとしては、女形として名をなし国宝に指定された主人公を中心にした歌舞伎の世界を描いた作品ということである。歌舞伎については、1980年代後半のバブル期に、ロンドンから帰国し、そこで日本文化を知らないことに気付かされたことから、その一環で歌舞伎も知っておこう、ということで幾つか有名な演目も観たりしたが、その後は全くご無沙汰してしまった。その時の記憶も薄れる中、3時間近いというこの作品に耐えられるか、という懸念もあったが、主人公と彼のライバルが、一昨年のNHK大河ドラマで渋沢栄一を演じた吉沢亮と、今年の大河ドラマで蔦谷重三郎を演じている横浜流星という二人の若手注目俳優であることに加え、同じく今年の大河ドラマにも出ている渡辺謙他の有名俳優も揃えていることから、そして何よりもこの猛暑の中、部屋にいるよりは映画館の冷房の中で過ごす方がまし、ということで出かけて行った。吉田修一原作、李相日監督の作品。歌舞伎の指導は四代目中村鴈治郎で、本編にも俳優として参加している。偶々この映画を観た直後、監督の李相日は、現在私が関わっている横浜のNPOに、法人会員並びに学長が名誉会員として登録されている神奈川大学経済学部出身であるという話しも、そのNPO関係者から伝わってきた。

 さてその映画の内容であるが、冒頭歌舞伎の名門当主である花井半次郎(渡辺謙)が、ヤクザ一家の宴会に招待され、そこで余興として演じられた、そのヤクザ当主(永瀬正敏)の若い息子による女形の演技に魅了される。しかしその宴会の最中に、対立するヤクザが襲撃をかけ、その当主は死亡。そして母親の依頼もあり、花井は、その息子を住み込みの弟子として引取り、歌舞伎の修行をさせることになるが、その少年立花喜久雄がその後吉沢演じる主人公花井東一郎となっていくのである。他方、花井には大垣俊介(花井半弥)という息子がいる。彼は、母親(寺島しのぶ)と共に、父親が喜久雄を養子として迎えたことにわだかまりを持ちつつ、その後喜久雄と共に歩んでいくことになる。青年期以降のその俊介を演じるのが横浜流星である。こうして喜久雄と俊介の少年期から青年期にかけての厳しい修行や愛憎共存する二人の関係を中心に物語が進んでいく。二人は、女形として舞台で共演し人気を博すが、半次郎が、自分の襲名にあたり、実の息子の俊介ではなく、演技力で勝る喜久雄を選んだことが決定的な転回点となる。俊介はそのショックから行方をくらまし、喜久雄は舞台で更に人気を博すことになるが、その襲名披露公演の舞台で半次郎が血を吐いて倒れ、その後死去すると、今度は喜久雄が、背中に入れ墨を入れたヤクザ一家の息子であり、祇園の愛人なども囲っているという暴露記事が世間に溢れ、今後は喜久雄が失脚し、俊介が家元として復活する。寂れた地方の宴席などで寂しく踊り、ちんぴらたちに暴行される喜久雄。失意にくれる喜久雄を救ったのは、若い喜久雄を知っていた、死期を迎えた歌舞伎の大御所で、彼の口添えもあり、喜久雄は再び俊介の基に戻り、かつての二人による共演を再開するが、今度は俊介が糖尿病を原因とする壊疽で、まずは片足を切断、その後死去すると、最後は喜久雄が花井一座を率いることになり、そしてその後若くして人間国宝となるのである。こうして喜久雄と俊介、そしてそれを取り巻く女たちを交えた関係者の物語が終わるのである。

 冒頭で記したとおり、私の歌舞伎についての知識・経験は限られており、映画で演じられている「女道成寺」や「曽根崎心中」といった有名演目も、以前観たかどうかもほとんど記憶がない。しかし、この映画が素晴らしいのは、何といっても吉沢と横浜の二人の歌舞伎演技である。四代目中村鴈治郎の指導を受けたとはいえ、歌舞伎の踊りのみならずセリフ回しを、この二人は短期間で習得し、舞台の様子は本物の歌舞伎役者の演技そのものである(もちろんプロが観れば、そこには差があるのだろうが・・)。彼ら二人の印象は、私にとっては夫々の大河ドラマくらいで、それは役者としては普通の演技で、まあ容姿端麗で上手い俳優だな、という程度であったが、今回は二人の役者魂をおしめなく感じさせてくれたのである。特に女形を演じている時の二人の目付の鬼気迫る表情には身体中に悪寒が走るほどであった。この二人が、数ある若手俳優の中でも傑出していることを改めて痛感したのであった。その他、最終部、喜久雄の「国宝」受賞を受けた会見でカメラマンとして写真撮影をする女性が、実は喜久雄の祇園の愛人との間で生まれ、喜久雄の襲名披露の際に、彼が乗る人力車を「お父さん」と呼びながら追いかけたが、喜久雄が無視した娘であった。その女性が、喜久雄に対して、「あなたを父親と思ったことはありませんが、あなたの演技を観ると、その恨みを忘れて見惚れてしまいました」と独白する場面など、小さなトリックも満載で、結局懸念していた三時間も、時計を見ることなくあっという間に過ごしてしまったのであった。歌舞伎という日本的芸術をネタにしていることもあり、今後も国際的にも日本映画の金字塔としての評価を受け続けることになると思われる傑作である。

鑑賞日:2025年8月27日

(追記)

 その後、本作に関し何人かの友人と話をすると共に追加情報があったので追記しておく。

 ある友人から、市川海老蔵がこの映画を観て、「歌舞伎の世界はこんなもんじゃない」と思わず言ってしまって、その後いっさいコメントしなくなった、という話を聞いたが、これはやはり歌舞伎界全体の描き方に加え、吉沢や横浜の演技が、素人は騙せても、プロから見るとやはり違うのだろうということかと想像される。またヤクザの息子が跡取りになるのは、現実にはあり得ない、というコメントもあったが、これは作り物の世界で、話を面白くするための仕掛けなので許容範囲としておこう。

 またこの海老蔵の姿勢について、別の友人は、この映画が評判になってから、実際の歌舞伎公演への観客動員数が増えているので、歌舞伎界としていろいろな思いはあるが、収益優先で黙っているのだろう、とコメントしていた。彼によると、この映画の配給は東宝となったが、当初は松竹も関心を示していた。しかし結局、松竹も、本業の歌舞伎への波及効果も期待して、東宝に譲ったようだとのこと。そんなこともあり、歌舞伎業界全体としては、この映画については、好意的な態度を取っているようである。確かに、私もこの映画を観て、もう一度歌舞伎に足を運んでみてもよいという気にさせられたので、歌舞伎業界は、描き方は別にしても、この作品のヒットは歓迎しているのだろう。

 尚、ネット情報によると、この作品は2025年の第78回カンヌ国際映画祭の監督週間部門に出品されたとのこと。今後どのような国際的な評価を受けるか興味津々である。

2025年8月30日 追記