Crazy Rich Asians
監督:Jon M.Chu
8月半ば、ハリラヤの祭日に公開になる前から、何かと話題となっていたハリウッド映画であるが、出張等が重なり、なかなか見に行く機会がなかった。仕事が一段落した週明け月曜日、早めに帰宅できたこともあり、衝動的に、近所のいつもの映画館での夜7時20分からの上映に出かけていった。シンガポールが舞台で、主要な出演者も、シンガポールやマレーシアの俳優がほとんどであることから、ハリウッド映画ではあるが、ここではアジア映画として掲載することにする。
当地で話題となったのは、まずは、上記のとおり、この地がロケの主要舞台であり、先に見た「ラーメンテイ」と同様、当地の観光スポットなどが多く登場することに加え、主要な出演者がアジア系の俳優で固められていたこと。次に公開直前に、この映画の原作本の著者であるケヴィン・クワン(Kevin Kwan)の、シンガポールでの兵役回避問題が発覚し、シンガポール再入国時には逮捕されることが公表されたことも、この映画の話題性を増すことになった。
まず、アジア系中心の俳優人によるハリウッド映画という点では、当地の新聞によると、1993年に製作された「The Joy Luck Club」以来、25年振り。更に遡っても1961年の「Flower Drum Song」位しか例がないとのこと。今回の製作開始にあたっても、主役の一人であるレイチェル役には白人を起用すべきとの意見もあったが、原作者のクワンがその案を退け、結果的に華人系米国人女優のコンスタンス・ウー(Constance Wu)がその役を射止めることになる。また監督のチューは、彼女の相手方のヘンリー・ゴールディング(Henry Golding)についても、彼がマレーシア生まれではあるが、マレーシア人の母と英国人の父親のハーフの英国人であることを気にしたくらいであるという(実際、英国人の彼が、「シンガポール人」役を演じるのはおかしい、との批判もあったという)。ただ結果的に、彼の母親役で登場した、マレーシアを代表するハリウッド女優、ミッシェル・ヨー(Michelle Yeoh)を含め、大部分の出演者がシンガポールやマレーシアの俳優となった。そしてこの映画が興行的に成功すると、今後ハリウッド映画におけるアジア人の出演が飛躍的に伸び、この作品がその先駆けになるのではないかと期待されている。実際、「この映画に何人、シンガポールの俳優が出ていたか?」といったウェッブも登場したり、また映画館では、「ラーメンテイ」の時と同様、私は知らない俳優が出てきた際に、彼らをよく知っていると思われるシンガポール人の観客から歓声や笑いが起こるということも起こっていた。その意味で、この映画は、先のトランプ・金正恩会談と同様、国としてのシンガポールを欧米に宣伝する格好の素材となるだけでなく、シンガポールやマレーシアの俳優のハリウッド映画出演のチャンスを増すことにもなり、シンガポールにとって真に有難い作品なのである。シンガポール観光局が、この映画を観光客招致に使おうと熱心に宣伝しているのも頷ける。
しかし、その期待に水をかけたのが、原作者であるケヴィン・クワンの、シンガポールでの兵役回避問題であった。
報道によると、現在44歳の彼は、11歳の時に、エンジニアの父親、ピアニストの母親、そして2人の兄と共にテキサスに移住。それ以来米国在住で、18歳で米国市民権を獲得している。
しかし、シンガポール側の法令では、シンガポール人は、外国在住であっても兵役義務があり、政府より事前にレターによる警告が米国の住所宛に送られたにもかかわらず彼はその登録を怠ったという。更に1994年に彼から提出された、シンガポール市民権を離脱する申請は、兵役義務を果たしていない、ということで拒絶された。その結果彼は有罪となれば1万シンガポール・ドルの罰金及び/または3年までの収監が課されることになる。こうした海外で活躍するシンガポール人の兵役を巡る問題は、最近では、2005年に、国際的に評価されているピアニストであるメルヴィン・タン(Melvin Tan)が、申請書虚偽記載で4000ドルの罰金を支払ったという例があるという。
当地メディアでは、こうした原作者の問題から、この映画を支持すべきかどうかが議論になっている。取材を受けたシンガポール観光局とシンガポール映画協会は、この映画のために、この地を訪れる観光客も期待されること、シンガポール人俳優のハリウッドでの活躍の場も広がること、そしてこのロケのために、この国に多くの金が落とされたことなどを指摘し、引続きこの映画を支援していくと回答。また出演俳優も、原作者のこの問題は、シンガポール政府との間の個人的な問題であるとして、意に介していない。他方で、シンガポール政府は、この件も含め、兵役回避については更に厳しく対応していくことを明らかにしている。しかし、むしろ、こうした議論故に、またこの映画は益々話題となり、私が見た平日夜7時半の興行も、ほとんどの席が埋まっていたのであった。
さて肝心の映画であるが、筋書きは、生粋のニューヨーカーで、大学の経済学教授(MITの最年少教授と紹介されていたように聞こえたが、そうであると、当地にいるある研究者―彼女は台湾人であるがーを連想させる)であるレイチェルが、シンガポール人の恋人ニック・ヤングと共に、親友の結婚式に出席するためシンガポールに行くことになるが、そこでニックの家が、とんでもない富豪であることが分かり、その家族やニックを狙う女友達から数々の嫌がらせを受けるが、最期はそれを乗り越え二人は無事婚約する、という「ラブ・コメディ」である。まあ、展開としてはありふれた娯楽映画である。
ただ、「ラーメンテイ」と同様、こちらに在住している人間は、見慣れた風景が、しかも成金趣味で変容されて次から次に登場するのを単純に楽しむことができる。ファースト・クラスのフライトで到着した直後、親友のカップルといきなり空港からホーカーズ(ニュートンのようである)に直行するが、レイチェルがホーカーズ料理を、「ちょっと辛いわね」と言いながら美味しそうに食べるのはまだ良しとしよう。続けてレイチェルが宿泊するニューヨーク時代の女友達のブキ・ティマの戸建てがギンギラギンの外装、内装で飾られるが、ニックの実家はそれに輪をかけた大邸宅。そこでのパーティーから始まり、友人の結婚式直前の男女別れたパーティー(男は大クルーザーでの乱痴気パーティー、女は孤島のリゾートでのショッピングやスパ三昧)、そしてど派手な内装を施されたチャイムスでの友人の結婚式と、続くガーデン・バイ・ザ・ベイでの大規模披露宴。そこで、レンチェルはニックの母親から、「あなたの家柄では、ニックとは結婚させない」と通告されるが、ニューヨークから出てきた母親に励まされ、何故か雀荘で、ニックの母親と対峙する。そしてすべてを諦め、エコノミークラスでニューヨークに帰国する機内まで追いかけてきたニックのプロポーズを受け、ついに結婚を承諾させ(た様である)、最後は、マリーナベイサンズのインフィニティ・プールでシンクロ部隊が演技する中、二人の結婚式が行われることになる。それらのパーティーは、まさに「ハリウッド仕様」、成金趣味の権化で、金も相当かけて作られているのは間違いないが、まあ薄っぺらといえば、薄っぺらである。そしてストーリー展開も、あれだけ嫌がらせを浴びせた家族が、最後は二人の結婚を簡単に認めるというのも、相当安易ではあるし、レイチェルのアメリカでの教授職を含めて、むしろ今後どうなるのだよ、という心配だけが残ることになる。かつて、アウン・サンスーチー役で好演したミッシェル・ヨーが、今回は嫌味たっぷりのニックの母親役を演じていたのには、さすが大女優の趣きを感じたが、他方で、この大富豪の家族に、父親を始めとする男系が登場しないのは何故か、という疑問も残ったのであった。
いずれにしろ、シンガポール在住者の経験がある者にとっては、それなりに楽しめるが、それを除けば、あまり深い実のある作品ではない。この映画は、日本では、今月末の9月28日より公開されるということであるが、日本ではこうしたシンガポール固有の話題がある訳ではないので、どの程度の興行成績になるかは興味深いところである。
鑑賞日:2018年9月3日