アジア・ドイツ読書日誌と
ロンドン・東京・フランクフルト・シンガポール音楽日誌
映画日誌
アジア映画
KCIA 南山の部長たち
監督:ウ・ミンホ 
 1979年10月の、KCIA(韓国中央情報部)部長による朴正煕大統領暗殺事件を基にしたキム・チュンシクという作家の原作を、ウ・ミンホ監督、イ・ビョンホン主演で映画化した政治スパイ映画。事実を基にしているが、登場する人物は別名に置き換えられたフィクションとなっているとのネット解説である。友人の推薦を受けた先週は川崎のシネチッタで上映されていたが、その週末に観ようと思っていたところ、そこでの上映が終了してしまった。川崎市では登戸の先にある映画館、都内では、新宿と池袋の2つの映画館だけということで、どうしようか悩んでいたが、寒さが落着いた日曜日でもあったことから、衝動的にその内のシネマート新宿まで出かけていった。新宿三丁目の駅近くにある新宿文化ビル6、7階にある小さな映画館であるが、特段の予約はしなかったが席は確保できた。60−70人程度の席数であるが、日曜日の昼前後の時間帯にも関わらず、最終的には6−7割の入りという状態であった。

 映画は、そのイ・ビョンホン演じるKCIA部長キムが、大統領暗殺を決行する場面から始まり、直ぐに時間が遡り米国に飛ぶ。そこでは元KCIA部長で米国に亡命しているパクが、議会証言を行うと共に、韓国大統領の不正を暴く暴露本を執筆している。キムは、大統領の指令を受け、米国に飛びパクと接触、かつての盟友のよしみでその原稿を手に入れる。しかし、その原稿が漏れて雑誌に掲載されたり、大統領執務室に米国CIAの盗聴システムが設置された事件等で、ライバルである大統領警護室長クァクらの批判を浴び、大統領との関係も次第に疎遠となっていく。大統領の信任を回復させるために盟友パク元部長の暗殺を実行するキム。しかし、釜山での学生運動に対する融和姿勢等を批判され、孤立。ついには大統領とライバルである警護室長らの暗殺を決意し、大統領主催の夕食の席で、それを実行することになるのである。実行後、キムは、別の用事で大統領官邸に呼んでいた参謀総長と共に、事件については触れずに、まずは自らの本部である南山に向かおうとするが、途中で意を変えて陸軍参謀本部に向かう。二人を乗せた車が高速道路で方向転換する場面で映画は終わり、そして結局キムは参謀本部で逮捕され死刑に処せられたことがルビで示されることになる。

 別にネットで掲載されている事実としての「朴正煕大統領暗殺事件」と比較してみると、映画は、事実関係についてはおおよそ忠実に再現しているようである。従って、映画としての見所は、この暗殺に至るまでのKCIAキム部長の心情変化をどう表現するか、ということになる。基本的な構図は、1961年の大統領によるクーデターに同志として参加し、一時期は事実上のNo2として隠然たる政治力を誇ったKCIAの部長が、「本来の革命(クーデター)の理想」であった民衆への信頼を裏切った大統領を暗殺したということになる。その意味では、時代は異なるが、ついこの間放送が終わったNHK大河ドラマで描かれた、明智光秀と織田信長の関係を連想させる。理想を共有していた主君が、その道を踏み外したことを理由に主君を討つことになるという共通性である。ただ双方の事例でもそうであるが、実際の事件はそれほど簡単に説明できるものではない。当然、そこには権力闘争的な要素もあり、「理想」は、往々にしてそれを正当化させる手段の一つであることが多い。しかし、大河ドラマの光秀もそうであったが、この映画で描かれているキム部長の心理描写も、やはり理想に忠実な部下の苦悩を強調しているように思われる。それ故であろうか、映画の中でのキムは、暗殺後の対応についての政治的配慮もほとんどなく、むしろ最終的な宴席での暗殺場面では、大統領や警護室長の侮蔑を浴びて衝動的に彼らを撃ったかのような印象さえ抱かせる。実際そうであったのか、それとも、その暗殺は周到に準備されたものだったのか、その真実は闇の中である。映画で描かれている通り、実際にもキムは、大統領暗殺後、参謀総長と共に陸軍本部へ向かい、そこで「クーデター支援」を呼びかけたが受入れられず、逮捕・処刑されることになったという。

 キム部長を映じているのは韓国の人気俳優イ・ビョンホンであるが、彼の演技は、私はこの映画で初めて見ることになった。正直、一時は大統領の側近No1で、絶大な政治権力を有した秘密警察のトップとしては、彼は余りに線が細いというのが個人的な印象であるが、ネットでの彼の演技の評価は高いようである。彼のファンからすると、そうした見方は、唯のやっかみに過ぎないのだろうか・・。

鑑賞日:2021年2月28日