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アジア映画
地球で最後のふたり
監督:ベンエーグ・ラッタナルアーン 
 この前に観た「ブンミおじさんの森」と同様、「東南アジアを知るための50章」で、最近の東南アジア映画の成果として紹介されていた作品で、主演の浅野忠信が、2003年のベネチア映画祭主演男優賞を受賞している。「ブンミおじさん・・」よりも更にマイナーで、川崎駅前の大きな店でもDVDの在庫はなく、但し倉庫にはあったことから、やや高めの料金を払って取り寄せてもらった。監督は、ベンエーグ・ラッタナルアーンというタイ人で、舞台もタイであるが、ネットによると、「ブンミおじさん・・」と同様、制作国には、タイに加え、(これは当然であるが)日本、そしてオランダ、フランス、更にシンガポールまで入っている。

 浅野演じる、バンコク日本文化センターで働く日本人ケンジと、バンコクのバーで働くタイ女性ノイの触れ合いを描いたラブ・ストーリーである。ケンジは、自殺願望を持つ孤独な独り身であるが、対人関係では、相応の配慮ができる男である。他方、ノイは、ニッドという妹と同じバーで働いているが、ある日、ノイとニッドは男関係で喧嘩。それが原因でニッドが交通事故に巻き込まれ死亡するが、その現場に居合わせたケンジと知り合うことになる。このケンジには、ヤクザで日本で問題を起こしてタイに逃げてきた兄がいるが、ある日、その兄が自室で別のヤクザに殺され、ケンジはその殺した男を殺害する。二つの死体がある部屋にいられなくなったケンジは、妹を失って孤独感にさいなまれているノイの誘いで、彼女の農村にある大きな家に居候することになる。その家は荒れ果て、キッチンには洗われていない皿が溢れ、その他の部屋も乱雑を極めているが、潔癖症のケンジは、それを一つ一つきれいにしていく。またノイの男が、彼女に暴力を振るうのをケンジが阻止したりするが、その過程で、片言の日本語、タイ語、英語でぎこちない会話しかできない二人の心が次第に通い合うようになっていく。そしてノイは、バーの仕事で大阪に行くことになり、家と車をケンジに託すが、ケンジが殺したヤクザ・グループが大阪からケンジを殺すべくタイに乗り込んでくる。そしてノイに暴行した男と日本のヤクザ・グループが、ケンジの部屋で遭遇することになる。その時トイレに籠っていたケンジは、逃亡よりも、警察に逮捕されることを選択するのである(と私は理解した)。

 浅野演じるケンジのキャラは、本好きで「暗い」が、心は「誠実」で、前述の通り、潔癖症で日常生活もきちんとしているという、あまり一般的には見かけないタイプであるが、浅野は、これを淡々と演じている。彼の他の映像作品を観たことがないので、何とも言えないが、私の勝手な事前の彼のイメージとは全く異なる演技である。他方、ノイは、タイ女性にはよくあるキャラに設定されている。大昔に観た、同じくタイを舞台にした日本映画「バンコクナイツ」でもそうであったが、タイ女性は逞しく、それに向き合う日本人男性は、やや弱弱しく描かれているが、ここでのケンジは、その中に、堅固な根源的孤独感(「ひとりぼっちより、嫌いなヤモリに囲まれた方がましだ」―ケンジが愛読する日本語絵本の中の言葉)を持っているという設定が、少し異なる。そのあたりの複雑なキャラを演じたことが、映画祭の審査員の評価を勝ち取ったのだろう。ラブ・ロマンスという、個人的にはあまり関心がないテーマで、突っ込みどころもいろいろあるにも関わらず、バンコクや農村部、そして海岸部の懐かしい風景と共に、コロナ禍の退屈を紛らせてくれた作品であった。続けて、この続編のような「インビジブル・ウェーブ」も観ておくことにする。

 なお、ネットによると、ノイとその妹役ニッドは、実際にも姉妹であるということである。タイでは、それなりに名の知られた女優姉妹なのであろう。

鑑賞日:2021年5月8日