工作 黒金星と呼ばれた男
監督:ユン・ジョンピン
更にもう一本、友人より薦められた韓国映画。2018年に韓国(2019年に日本)で公開された作品で、南北朝鮮のスパイ戦を描いている実話とのこと。監督はユン・ジョンピン、主演の黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男を、ファン・ジョンミンという俳優が演じているが、両者とも私は初めて聞く名前である。
時代は1992年、北朝鮮での核開発懸念が高まる中、韓国軍情報部隊の将校パク・ソギョン(ファン・ジョンミン)が、上司で、国家安全企画部のチェ・ハクソン室長から、実業家に偽装、北朝鮮に潜入し、核開発情報を収集する任務を指示される。パクは、北京で、北朝鮮の外貨獲得を担うリ・ミョンウン所長と接触し、北朝鮮の有名地を使った韓国製品の宣伝映画を作ることで、莫大な外貨を北朝鮮にもたらす計画を中心に、慎重に計画を進める。この案件は、時の指導者キム・ジョンイルの承認が必要と言うことになり、パクは直接キム・ジョンイルとも面談し、直々の承認を得ることに成功する。
こうして、リ所長の信認を得たパクは、宣伝のロケ地を探すという名目で、各施設の近隣まで足を延ばし、現地の協力者の支援も得ながら、核開発情報に迫るが、その頃韓国では、大統領選挙で、民主派金大中への支持が広がっていた。金対中が大統領となると、国家安全企画部は解体、チェ室長やパクを含むスタッフは首になるなる、という懸念から、チェはパクに対し、国境での軍事挑発を促すため、それに関わる書簡を北朝鮮側に届けるよう指示する。国境での危機が高まると、国民は北朝鮮融和派の金大中を忌避するだろうという思惑である。実業家を装った核施設調査まであと一歩に迫っているパクは、彼のそれまでの活動を全て無にするそうした政治的動きに抵抗するが命令は拒否できない。その書簡を受け、チェらは北朝鮮を訪問し、4百万ドルの資金提供を餌に軍事挑発を促す。偶々その会談を盗聴したパクは、今度はそれを阻止するべく、リ所長の手配でキムジョンイルに直訴、その軍事行動を押さえることに成功するのである。
1997年の大統領選挙では金大中が勝利。北朝鮮への軍事挑発の証拠を隠蔽するために、チェは、パクが韓国の秘密情報員であることをマスコミに暴露する。もちろんその情報は、北朝鮮のリ所長にも伝わり、彼は信頼していたパクの裏切りを非難し射殺しようとするが、最後の瞬間にそれを止め、キム・ジョンイル名の通行証を渡し、パクをピョンヤンから逃亡させる。そのリ所長は、スパイをキム・ジョンイルに面談させたという疑惑で、北朝鮮の自宅で家族の面前で逮捕される。
2005年、それでも南北共同の広告事業は進展し、出演する夫々の看板女優の面談イベントが催された会場に出席したパクは、北朝鮮側で出席していたリ所長と再会する。離れて眼を合わせた彼らは、夫々交流当時に贈り合った時計とタイピンを掲げる。二人は、彼らの友情と共に生き延びたということになり、ここで映画がクライマックスを迎えるのである。しかし、その後、画面では、2010年、パクが国家安全保障法違反で韓国で逮捕されたこと、そして6年の刑期を終えた後、2016年服役を終え出所したことが説明される。映画は、2018年5月、11年振りに南北首脳会談が行われた、というルビと共に終わることになる。
パクが実業家を装っても、情報部にいた彼の経歴は北朝鮮側は分かっている。当然当初は疑われる訳だが、主演のファン・ジョンミンは、現在は金にしか興味がなく、北朝鮮に利益をもたらす事業を提案する実業家となっていることを必死で訴える。このファンの演技が、この映画の要である。この辺りはやや北朝鮮側が安易であるというという印象もあるが、それは許しておこう。それ以上にびっくりしたのは、パクのキム・ジョンイルとの会談場面で、北朝鮮の総督府的な建物やキム・イルソンの巨大な像などが再現された映像である。これは、当然ロケなどできないので、写真によりCG映像として作ったものなのだろう。もちろんチビのキム・ジョンイルも登場し、色々コメントを宣う。彼は、韓国にも数多くいるそっくりさん俳優が演じているのだろうが、結構リアルである。
南北の緊張感が続く朝鮮半島は、時として発生するそれぞれの側の武力行使と共に、常にこうした情報戦が繰り広げられ、それは私がまだ観ていない「シュリ」や「二重スパイ」等、数々の韓国製のスパイ映画を生んできた。これはル・カレ等が、欧州を中心に広げた世界であるが、朝鮮半島は、そのもう一つの中心なのである。平和ボケした日本からはこうした世界は遠く、日本でこうした映画が製作される可能性はほとんどないことが、韓国映画に対する興味を持続させる。上記のまだ観ていない作品も続けて観ることになるのだろう。
鑑賞日:2021年11月26日