シュリ
監督:カン・ジェギュ
更に韓国映画をもう一本、言わずと知れた1999年制作の大ヒット映画である。今までその評判を聞くだけで、観る機会がなかったが、今回の韓国物の集中鑑賞の中で、なかなか戻ってこなかったレンタル版があったことから、ついに観ることができた。この前に観た「ベルリン・ファイル」もなかなかの作品であったが、これは確かにそれを上回る韓国諜報物映画の金字塔と言える名作である。監督は、カン・ジェギュと私は初めて聞く名前であるが、俳優は、「ベルリン・ファイル」のハン・ソッキュや「タクシー運転手」のソン・ガンホといった、最近見た作品の主演俳優二人が出演している。今から22年前の作品ということで、両名とも若い!
映画は、北朝鮮特殊部隊の訓練から始まり、そこで訓練を受けたイ・バンヒという女スナイパーが韓国に潜入し、1993年から96年にかけて何件かの暗殺に関与した疑いがあることが示される。しかし、その後彼女は活動を休止、1998年9月の今、南北朝鮮の間では2002年のサッカーワールドカップ共催に向けて雪解けムードが高まっている。
そうした中、韓国の軍事研究所で開発されていたCTXと呼ばれる強い爆発力を持った液体が、移送中に武装グループに襲われ強奪される。その捜査に乗り出したのが、長らくイ・バンヒを追いかけてきた韓国特殊部隊の有能なエージェントである、ユ・ジュンウォン(ハン・ソッキュ)とジャンギル(ソン・ガンホ)。二人は親友であり、またジュンウォンは、街で金魚・熱帯魚屋を経営する女性イ・ミョンヒョン(キム・ユンジン)と婚約中で、3人で食事をしたり観劇に行ったりしている。しかし、ジュンウォンは、ミョンホンには、自分が特殊部隊のエージェントであることを語っていない。
CTXを強奪した犯人側から接触があり、それがかつて北朝鮮による韓国航空機テロ事件にジュンウォンたちが立ち向かい処理した事件で、唯一生き残った北朝鮮特殊工作員のパク・ムヨン(チェ・ミンシク)に率いられた部隊による犯行であることが明らかにされる。パクは、強奪したCTXの一部を使いビルの爆破を行うが、ジュンウォンとジャンギルの動きは、明らかに犯人側に知られている。二人が、内部に裏切り者がいる、という意識を強めている中、CTX強奪計画の情報提供を行うと接触してきた男を巡る、劇場での別の銃撃戦が発生し(この場面の意味合いは、私は、今一つ理解できていない)、ジュンウォンとパクは直接相見えることになるが、その現場から逃走した女を追いかけたジュンウォンは、それがミョンヒョンであることに驚愕する。
ミョンヒョンの個人情報を調べていたジュンウォンは、済州島で病気療養している同名の女性がいることを突き止め、彼女と面会をするが、その結果、彼女が姉と慕う女性がいることが判明。同じ頃、ジャンギルは、情報部内で飼っていた金魚に盗聴器が仕掛けられていたことを発見し、それがミョンヒョンからジュンウォンに贈られたものであることに気が付く(これで、私を含む観客は、ミョンヒョンこと、イ・バンヒが、ジュンウォンが韓国情報部員と分かって接近、恋人関係となったことを理解することになる)。そして店を一人で訪れ、ミョウヒョンを問い詰めるジャンギルは、そこで待ち伏せしていたパクにより撃たれ、その場でミョンヒョンとパクは、彼らの最後の大作戦の実行を確認する。一方その後、店に駆け付けたジュンウォンは、断末魔のジャンギルから、その作戦(シュリ作戦)が、サッカーワールドカップの前哨戦である、南北の親善試合が行われるサッカー場に集合する双方の要人を狙ったテロであることを告げられる。
こうしてサッカー場での最後の対決が繰り広げられる。シュリ計画は、このサッカー場での南北指導者へのテロを通じ、双方の交戦とそれによる統一を促そうとするパクらの陰謀であったが、もちろんテロ計画は未然に防止され、ミョンヒョンを偽装していたイ・バンヒも、そこでジュンウォンに射殺されることになるのは、映画の展開上予想できた結末ではある。
ということで、一部展開が理解できなかった部分もあったが、全体としてよくできた作品であった。サッカー場でのテロ制圧後、ミョンヒョンの店に戻ったジュンウォンは、ミョンヒョンからの留守電を聴くことになるが、そこでは、彼女からの愛の告白と共に、サッカー場に来ないで欲しいというメッセージが入っているのである。これは、それまでの二人の関係を回想させることで、このスパイ映画に純愛というスパイスを加え、最後に観客の涙腺を刺激することになる。ただ、訓練を受けた冷徹なテロリストが、自分が仕掛けた接近で、敵の諜報員と恋に落ちる、というのは、やや安易な設定であることは否定できない。そしてそれを演じた女優キム・ユンジンも、女テロリストというよりは、(ミョウンヒョンとなるために整形手術で顔を変えたという設定ではあるが)あまりに普通の「女の子」であるのも、説得力を弱めることになる。また前に観た「ベルリン・ファイル」でも感じたが、映画で何度も繰り返される派手な銃撃戦にもかかわらず、主要人物の多くが生き延び、そこから逃れるのは、映画の演出と言ってしまえばそれまでであるが、やや非現実的ではある。ただいずれにしろ、殴り合いや銃撃戦と言った派手なアクション・シーンの映像は、日本映画では見られない、政治的緊張感が残るこの国の作品ならではのものであることは間違いない。
ということで、改めて韓国諜報物映画のレベルの高さを感じた作品であった。因みに、映画のタイトルとなっている「シュリ」は、朝鮮半島のみに住むといわれる固有種の魚で、日本語では「ヤマタムギツク」と言うそうである。この魚は、南北朝鮮の国境地帯の河川にも生息し、自由に南北を行き来していることもあり、この映画では、北朝鮮から韓国に潜入した武装集団による、南北統一のためのテロ作戦およびスパイのコードネームに使われているとのことであった。
鑑賞日:2021年12月6日