二重スパイ
監督:キム・ヒョンジョン
そして、恐らく韓国物諜報映画としては、当面これが予定していた最後の作品である「二重スパイ」。2003年の制作で、監督はキム・ヒョンジョン、主演は「シュリ」や「ベルリン・ファイル」のハン・ソッキュと、これは私は初めて接する女優のコ・ソヨン。北朝鮮から二重スパイとして韓国に送り込まれたイム・ビョンホ(ハン・ソッキュ)と韓国生まれながらスリーパーとして北のスパイを務めるユン・スミ(コ・ソヨン)の過酷な任務と悲劇を描いている。
映画は、1979年の北朝鮮人民軍の創設を伝える実写ニュースで始まる。1980年代に入り、南北の対立が激化する中で、東ベルリンから検問を越えてイム・ビョンホが、西側に亡命(その際、彼は東側の追っ手に足を撃たれるが、それは結果的に偽装工作ということが後で分かる)、そして韓国に移送されることになる。北朝鮮情報将校特殊部隊の亡命ということで、当初は拷問を含む取り調べを受けるが、イムはそれを克服し、亡命者として受け入れられ(「取り敢えず泳がして様子を見る」というのが南の方針であった)2年間の韓国でのスパイ養成訓練の教官を経た後、国家安全企画部(情報本部)に異動することになる。
以降は、イムが情報本部の上司の信頼を得て(彼はイムに、「生きるための亡命でなければ、俺がお前を殺すことになる」と告げている)、各種の任務を与えられることになるが、そこでラジオのクラシック音楽番組のDJをやっているユンと接触を開始する。それとは別に、情報本部の上司の奥さんから、彼女を恋人候補として紹介され、二人で彼らの自宅に招待されたりすることになるのは、偶然とはいえ、やや演出過剰か。こうしてユンは、イムに惹かれていくが、イムは任務優先で、男女関係には踏み込まない。
そうこうしている内に、南の情報部員による漁船を使った北への潜入計画が実行されるが、イムはそれをユン経由、北に通報し、計画は失敗する。取り合えず情報は軍関係から漏れたとされ、イムは嫌疑を免れる。
しかし、ユンのスリーパー活動の上司であった医師(北朝鮮の序列56番目とされている)が正体を見破られ拘束、拷問されるあたりから、イムとユンにも危機が迫ってくる(彼が、ユンとの田舎での工作過程で、姿を見られた民宿のおばさんを殺害したり、その後逮捕される理由や経緯は、理解できなかった)。彼は接触してきた北の工作員から指令の無視を非難されたり、南の情報部からは、スリーパーの医師との関係を疑われることになる(が、双方の理由も、映画を2回観たが理解できなかった)。それを察したイムは、彼らの居場所は北にも南にもないことを悟り、まずユンを第三国であるアルゼンチンに逃がし、自分も南の警備隊の追跡を交わして、日本経由、ユンの後を追うことになる。
2年後、ブエノスアイレスの港で港湾労働者として日銭を稼いで生活しているイムは、そこでユンと暮らしている。つつましい生活の中、日銭が出たということで、ユンを外食に誘うが、その帰宅途上、立ち往生している車の修理をしたところで、その男に彼の名前を呼ばれ射殺される(暗殺者が、北の人間なのか、南の人間なのかは明らかにされない)。自宅のテラスで、ブエノスアイレスの空を眺めながら、イムの帰宅を待つユンの姿と共に映画は終わることになる。この時、ユンのお腹が大きくなっているように見えるのは、この映画の最後の演出だろうか?
二重スパイというのは、常に双方の側から裏切りを監視されているという厳しい存在である。「ベルリン・ファイル」では、南のスパイを演じたハン・ソッキュが、ここでは、そうした運命を背負った北のスパイを演じているが、その緊張感を夫々の場面場面で微妙に表現しているのが印象的である。ただ映画全体としては、やや冗長で、また彼らの真実の姿が南側に知られる筋書きも、上記のとおり今一つ理解し難い。またもう一人の主人公のコ・ソヨンは、1972年生まれ(ということはこの作品の制作時は31歳ということである)で、韓国ではたいへん人気のある女優(「元祖コリアン・ビューティー」)とのことであるが、それほど演技に特徴がある訳ではなく、「女スパイ」といった緊張感も感じられない。
ということで、これも韓国諜報物映画のレベルの高さを感じさせる作品ではあったが、今まで観た幾つかの同様の作品との比較ではやや印象が薄いというのが正直なところであった。
鑑賞日2021年12月26日