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ミッドナイト・アフター
監督:フルーツ・チャン 
 「インファナル・アフェア」と同様、先日読んだ香港本で紹介されていた、フルーツ・チャンという中堅監督による香港映画。「インファナル・アフェア」は、まだ第二部と第三部がレンタル店の在庫にあるが、注文していたこちらが到着したことから、これを先に見ることになった。

 その香港本の紹介によると、この作品は、「若者に圧倒的に支持された同名のネット小説が原案」となっているという。そして、雨傘運動と同年の2014年、運動の発生前に公開されたが、監督自身は、「映画に強い政治性があるとは思えない」と語っていたものの、香港返還後の「ディストピア」を暗示させる内容が、この映画に政治的な含意を与えることになり、雨傘運動の発生後は、この映画のポスターに「今日の香港は明日の台湾」という煽り文句が付けられたという。

 映画自体は、正直私は全く理解できなかった。映画の原題「紅VAN」というのは、深夜に、香港の市街地から郊外に向けて走る乗合バスで、出発時間の決まりはなく、車内に一定の乗客がたまると走り出す香港ならではの公共交通であるという。映画では、このバスが、偶々乗り合わせた17人の乗客を乗せて出発するが、獅子山(レッドロック)のトンネルを越えたところで、突然街から人影が消え、ネットや電話が一切使えない状況となる。乗客の不安が高まる中、最初にバスを降りた香港中文大学の学生4人の変死に始まり、不気味な雰囲気が広がる。恋人に会いに九龍に戻った若者も、街も家も全く人気のない状態であることに驚愕する。また17人の中でも争いが起こり、何人かが放逐されたり殺されたりすることになる。また一人の若者は、誰もいない自宅にかかってきた恋人からの電話で、彼を含めたバスの乗員・乗客が、6年前に突然行方不明になったと知らされたりする。そんな中、防護服に身を包んだ奇怪な者たちが現れ始め、まずは拘束された日本人が「皆を助けにきた」と言うが、その後は装甲車に乗った集団が、バスに乗った彼らを攻撃する。彼らを何とか撃退した彼らは、再びバスで九龍に向かって走り出すところで、映画が終わることになる。

 原作となった小説の筆者は、ここでは「香港人の集合意識を総合した」と言っているそうであるが、香港本の著者によると、これは中国への返還を含めた、現在の香港の様々な不安が暗示されているということになる。例えば、防護服は、「2003年に中国から伝わったSARSを象徴し、福島原発事故と香港に近い中国の大亜湾原発への恐怖を重ねて」おり、また「防護服集団が装甲車で乗客たちを追い詰めるところは天安門事件の暗示も入っている」という。更に、バスが異次元にスリップする獅子山というのは、「香港人の意識の中で、事実上中国と香港を隔てる境界だと認識され」、実際には九龍と新界の間には別の正式な国境線があったが、中国からの亡命者は、この山の内側に入り込めば香港の居住権を認められてきたという。その意味で、獅子山は、「安全な香港」と「危険な外界」を隔てる山であり、映画で、これを越えたところが別世界というところに、返還後も中国に違和感を持つ香港人の意識が表現されている、ということになるのである。ただそうした解釈を興味深く読みながらも、映画自体としては、全く面白くなく、時折つまらない場面が続く時には早送りして時間を節約してしまったのであった。以前に観た、同じような人気漫画が原作である韓国映画「オールド・ボーイ」でも同じような感覚を持ったが、そもそも私は、最近の人気漫画についていけなくなっているということなのだろうか、と感じてしまったのである。

 同じ香港本によると、こうした返還後の香港を「ディストピア」的に描いた作品ということでは、2015年上映の「十年」が、2025年の香港を悲劇的に予言した、より「政治性」の強:い作品になっている、ということであるが、これは今のところ入手できる目処がついていないのが残念である。

鑑賞日2022年1月21日 記