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少年の君
監督:デレク・ツァン 
 ここのところ香港警察絡みの2作を観てきたが、これを伝えた映画通の友人から、最近の香港映画として推奨されたのが、昨年(2021年)劇場公開のこの作品である。中国・香港合作とされているが、彼によると、監督のデレク・ツァン(彼の父親はエリック・ツァン。「インファナル・アフェア」シリーズで暗黒街のボスを演じていたとのこと。客家系)、主要スタッフを含め、香港の人々が固めているという。主演は、中国本土出身ながら全中華圏で人気と実力を誇るチョウ・ドンユイ(周冬雨)と、若き注目株でアイドル・グループTFBOYSのイー・ヤンチェンシー(易 烊千璽)。ネット情報によると、第39回香港電影金像奨で作品賞、監督賞、主演女優賞など8部門を受賞。第93回アカデミー賞で国際長編映画賞にノミネートされたということである。

 「安橋」という架空都市の進学校に通う高校3年生のチェン・ニェン(チョウ・ドンユイ)は、貧しい母子家庭の娘で、母親は借金を抱え、取り立てにあっているが、成績は優秀で、北京の大学を目指し、ひたすら勉強に打ち込んでいる。しかし、ある日、彼女の同級生のフーが学校で、いじめを苦にした投身自殺を行い、それに特別の反応を示した彼女が、今度は次のいじめの対象になる。その頃、下校途中で偶々通りかかった街の隅で若い男たちの喧嘩を目撃。それを通報したことから彼女も危険に晒されるが、何とか収まり、その時数人に殴られていた若者シャオペイ(イー・ヤンチェンシー)と知り合う。そして、片や成績優秀で、大学受験を控えた女子学生、片や13歳で両親から見放されゴロツキとなった少年が心を通わせるようになり、新たないじめの対象になっているチェンを、シャオペイがボディガードとして見守ることになる。

 しかし、受験も近づいたある日、シャオペイが別件で警察に拘束され、連絡が取れなくなっている時に、チェンは、同級生で、彼女らに対するいじめが原因で退学となった女学生とその男友達に襲われ、傷つけられると共に裸の写真まで撮影される。警察から釈放されたシャオペイは、それを聞き怒り狂い、報復に向かおうとするが、チェンは何とか止めている。そして、チェンの受験当日、彼女へのいじめのリーダーだった女学生ウェイの変死体がゴミ処理場で見つかることになる。彼女の殺害犯は誰なのか?受験を終え、結果も大学への入学を許可される点数を上回る好成績を収めたチェンとシャオペイ、そして警察の息詰まる攻防が繰り広げられることになる。

 いつもの通り一回観た上で、改めてもう一度、一部早送りで改めて観たが、中々捉えにくい作品である。冒頭、「いじめは世界的な現象になっている。これが良くなることを願ってやまない」というルビが入ることで、いじめが主題の映画であると予想して観ることになるが、そのいじめは、あまりにあからさまで、なぜ被害者がその場で助けを求めないか、あるいは学校や保護者がもっと効率的に介入しないのか、という疑問を感じさせるくらい、やや形式的且つ非現実的である。そして受験前の成績優秀な女学生が、偶々助けたチンピラ少年と心を通わせる、というのも、ややあり得ない設定である。また話は後半、ウェイは、いじめを謝りにきたウェイを、チェンが誤って階段から突き落とし死なせたが、その罪をシャオペイが彼女の代わりに引受けたように描かれるが、警察―その担当刑事はチェンのいじめを捜査してきて、チェンには同情的であった刑事であるーは、チェンのシャオペイへの想いを利用して双方を落とした、とされている。そして最後に改めて事件から5年後、冒頭にあったチェンが英語教師となっている場面が繰り返される。結局、彼女は過失致死で禁固4年の刑となったというルビが入る。彼女は、刑期空け早々、学校教師として復職できたということなのだろうか?またシャオペイ(犯罪は死体遺棄、ということであろうが)の刑期は語られることはないが、教師となったチェンが、いじめにあっていると思われる生徒につき従って下校する後ろを、シャオペイが歩んでいる場面で終わっていることを見ると、彼も結局その頃には釈放されていた、ということなどであろうか?そして2016年から17年にかけて、学校でのいじめを防止する法案や条例などが次々に制定されたことがルビで示された後、シャオペイ自身が、「家庭、社会、学校が一丸となれば、いじめはなくなり、子供たちは守られる」と語りかけ、映画が終わる。こう言っては何だが、中国政府のいじめ対策を称賛しているのではないか、とも勘繰ってしまう。

 俳優陣については、まずチェン役のチョウ・ドンユイであるが、友人に言わせると「全中華圏で人気と実力を誇る」とのことであるが、もちろん演技自体は、頭を剃り上げるところも含め熱演しているのは分かるが、どこにでもいるような子供(高校3年生という設定から見ても子供っぽい)で、あまり魅了は感じない。相手役のイー・ヤンチェンシーも、いかにもアイドル・グループ出身のガキである。女優陣の中では、いじめっ子で最後は殺されるウェイ役のジョウ・イエ(周也)が目立つ程度である。

 友人は、この作品で扱われている「いじめ」は、香港、あるいはチベットや新疆ウイグルといった地域への本土からの圧力を示唆しているのではないか、と見ているようである。既に香港映画界で、こうした地域への本土からの抑圧を描くことは困難となっていたこともあり、あえて普通の「いじめ」を取上げることで、そうした政治状況を表現しようとしたのではないか、という解釈である。言われてみると、そう思えないこともないが、やや牽強付会な見方であることも否定できない。あえて言うならば、現在の中国の異常な受験競争と大学入試、あるいは所得格差を含めた社会の分断を揶揄したといったところであるが、それだけであれば、やや寂しいのも事実である。香港を巡る政治的自由が大きく棄損する中、香港の人々が、本当は何を考えて、今この作品を制作したのかは、まだまだ議論のあるところであろう。
 
鑑賞日:2022年7月18日