国家が破産する日
監督:チェ・グクヒ
今週初めに観た「モガディシュ」で、ソマリア駐在の北朝鮮大使を演じていたホ・ジュノが主人公の一人で出演しているということで、早速レンタル店で見つけて借りてきた。2018年制作の韓国映画で、監督はチェ・グクヒと、私は初めて聞く名前である。1990年代末の韓国金融危機を素材に、中央銀行や民間金融機関職員、あるいは中小企業経営者たちの闘いを描いている。原題は「Default」という直接的なものであるが、さすがにその直訳(債務不履行)では日本では受けなかっただろう。
時代は1997年末。韓国は、順調な経済成長を遂げ、オリンピックの開催やOECDへの加盟もあり、国民の多くが今や中間層となったと感じている。しかし、そうした中で、タイ、マレーシア、インドネシアといった東南アジア諸国の過剰債務を原因とする通貨安、株安の兆候が出始め、米国証券会社(モルガン・スタンレー)は、これらの国に加え、韓国からの資本引上げを推奨するレポートを回付している。
韓国のノンバンク、高麗総合金融の課長ユン・ジョンハク(ユ・アイン)は、新入社員を拘束する社内旅行で、内定者たちに金一封を配布しながらも、危機の兆候を感じて上司に辞職願を出し、そのノンバンクを退職している。またやはり通貨市場の動きと外貨準備の減少を掴んでいる韓国銀行(中央銀行)の通貨政策チーム課長のハン・シヒョン(キム・ヘス)は、危機への政府対応を促すため、政府の経済財政関係者を集めて至急対応を議論するよう上司に報告書を提出している。そして街の金属加工を業務とする中小企業経営者のガプス(ホ・ジュノ)のところには、大手百貨店からの大量受注の話が持ち込まれ、ガプスは当初は現金払いを主張するが、結局手形決済を受入れている。以降、この3人の動きを追いながら、映画はこの韓国経済危機という実話の背後で何があったのかを追いかけることになる。
韓国銀行のハンは、大統領府の経済首席や財務省次官が出席する会議で、この危機に対応すると共に、それを国民に公開して警戒感を共有すべきと主張するが、彼らはそれを拒否し、メディアを含め、内密に対応を進めることを決定する。大統領は、当時は金泳三であるが、秘書室長は、「大統領も気分を害している」というだけである。
ノンバンクを退職したユンは、コンサル会社を始め、そこで投資家を集めて、「韓国売り」のポジションをとるべく推奨するが、数人の投資家を除き関心を喚起することができないでいる。ただその数人の資金を借りて、この「韓国売り(ウォン売り)」ポジションを作ることになる。
11月半ばに入ると、東南アジア株・通貨と同様、韓国株・通貨も一層売られ、外貨準備は急減少、企業の手形不渡りや連鎖倒産が拡大している。ガプスが手形決済を承諾して商品を納入した大手百貨店も債務不履行の危機に陥り、ガプスが会社を訪れるとその担当部長が債権者に迫られているが、決済は結局行われない。そして政府の危機対策チームは、激論の中、一旦は自力での克服を決めるが、危機の進行により、交替した経済首席が結局はIMFに依頼する決定を行うことになる。しかし、その経済首席は、記者会見では、IMFへの依頼はしないと断言している。
そして11月20日以降は、IMF専務理事(フランス人俳優のバンサン・カッセルが演じている)一行が韓国に到着し、ハンも交えた韓国政府チームとの間での交渉が正式に始まる。「IMFには依頼しない」という記者会見での公約は簡単に破棄されたことになる。韓国経済の構造調整や労働市場改革、そして何よりも外資への資本規制の自由化を条件とするIMFに、米国による韓国経済支配の匂い(米国財務次官も密かにチームに同行していた)を感じたハンは、果敢にIMFに議論を挑むが、韓国側の上司に遮られ、結局韓国側は12月初めにIMFの要求を受け入れることになる。ハンは、単独でIMFとの交渉過程を暴く記者会見を開くが、メディアから黙殺され、韓国銀行から去る。韓国経済はその後も倒産が相次ぎ、ガプスの工場資産も差し押さえられている。その一方で、「韓国売り」ポジションで成功したユンは、新たな豪華マンションを購入するが、そこでは前の住民が首を釣って自死しているのであった。「韓国の失業者数は翌年130万人を超え、自殺者も前年比で42%増加する。これはOECD加盟国中最も高い増加率であった」、というルビが流される。
ハンが辞職を決意し、深夜銀行を出る時に、出口で待ち構えていたガプスが声をかける。ここで、思いがけずハンはガプスの実の妹であることが明かされる。ガウスはハンに、銀行員として、何とか自分の中小企業への融資先を見つけてくれ、と懇請するのである。
そして場面は20年後に跳ぶ。成功したユンが講演会で、「危機は繰り返す。この20年で韓国は変わったのか?」と述べると共に、主人公3人の現在の姿が映される。ユンは大手金融機関の代表となり、新たな投資機会を探している。ガプスは、相変わらず工場で勤務し、成長して外交に出ている息子に「誰も信じるな。自分だけを信じろ」と助言しているので、ハンによる支援で、最終的な破綻は免れたことが示唆されている。そして「金融資本監視センター」というコンサル業をしていると思われるハンの事務所を、政府企画財政部の若い男女が訪れている。彼らは、20年前の金融危機とIMFとの交渉を綴ったハンの報告書を手に、新たな不動産危機が迫っているが上層部が放置していることから、ハンの協力を得たいという。それに対し、年相応の外見となったハンは、「私はチームで動く」と言いながら微妙な微笑みを見せる。「危機は繰り返す。それを回避するには常に疑い考えること。そして常に目を見開いて世の中を見ること。」「私は二度も負けたくない。」という彼女の言葉と共に映画は終わることになる。
この金融危機で、韓国経済と社会は、IMFの管理下、大きく変わったというのが一般的な評価である。金融界では、特に独立した金融機関はほとんどなくなり、外資か大手財閥の支配下に入ることになり、また企業社会では多くの中小企業が淘汰され、財閥系の大手企業への集中が進む。その結果、雇用市場においても、大手企業への就職ができるかどうかで、その後の生活が大きく変わることになる。大企業はその後それなりに成長したが、国内の格差は拡大したというのが、この韓国金融危機のその後の実態であり、それは映画でハンが予測したIMF管理の結果そのものだったのである。
もちろん、日本はそれよりも早い1990年代初頭からバブルが弾け、この時期は既に構造調整の時期を迎えていたが、幸いなことにIMFのような国際機関の支配下に入ることはなかった。また東南アジア諸国の中でも、マハティール率いるマレーシアの様に、国際機関の介入を拒否し、国の為替・資本市場を閉ざすことでこの危機を乗り切ったところもある(当初は、このマハティールの「隔離政策」は、正常化以降、外国資本の流入を期待できなくなる、と批判されたが、結果的には的確で、当時の東南アジア指導者の中では、マハティールだけが生き延びることになる。)。韓国の場合は、ハンの様に、自力での復活を目指す主張が潰され、国際機関の管理下で、こうした構造調整を行うことになったが、そうした内幕がこの映画では表現されている。映画では、韓国政府がその選択をした理由は、中小企業や庶民を犠牲にして富裕層や大手企業を救うことにあった、と示唆されているが、そうした意図は十分な説得力がある形では示されていないように感じた。ただ日本でのバブル崩壊とそこでの人々の運命をこうした枠組みで描いた映画はあまり聞いたことがないので、この作品は、やはり韓国映画の底力を示していると言っても良さそうである。
通貨政策チーム課長ハン・シヒョンを演じたキム・ヘスは、中学生時代からモデルを始め、1986年委映画デビュー、その後多くの出演作で主演女優賞を受賞しているという。私は初めて聞く名前であったが、中々格好良い演技であった。就中IMFとのミーティングでの英語でのスピーチは流暢で、帰国子女あるいは韓国系のアメリカ人かなとも感じたが、釜山出身の純粋にドメスティックな女優の様である。ガプス役のホ・ジュノは、「モガディシュ」では当初は策謀に長けた、そして後半は糖尿病と闘いながら必死でスタッフを守る北朝鮮大使という二つの性格を演じていたが、この作品では、中小企業経営者として倒産の危機に瀕し、一時はアルコールに身をまかせ、絶望のあまり自殺も考えるが、家族を想いそれを堪え、何とか生き延びる庶民を巧みに演じている。投資コンサル役のユ・アインも、2006年の映画デビュー以来、多くの作品に出演しているようであるが、これは典型的な韓国二枚目若手俳優である。
「モガディシュ」とは異なる韓国国内社会が舞台であるが、社会派ドラマとしてそれなりに見ごたえのある作品であった。
鑑賞日:2022年8月6日