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アジア映画
出国 造られた工作員
監督:ノ・ギュヨプ 
 もう一本繋ぎの韓国映画である。次に観る予定はドイツ映画なのであるが、この作品は偶々ベルリンが舞台になっている。2018年の制作で、監督はノ・ギュヨプ、主演のオ・ヨンミンをイ・ボムスという俳優が演じているが、どちらも初めて聞く名前である。西独留学中に、反政府運動のため韓国への帰国が出来なくなったマルクス経済学者の韓国人が、まずは鮮度国亡命の上、その後北朝鮮からの誘いを受けてそこに渡るが、結局学者ではなく、無理やり工作員に仕立て上げられる。そしてそれから逃れようと、ドイツでの任務の際に亡命を企てるが、家族と引き離され、更に西独や、韓国情報機関やCIAからは二重スパイの疑いをかけられる中、家族との再会のために必死に駆け回る、という展開になっている。

 冒頭、1986年、西独連邦情報省の事情聴取を受けているのは、北朝鮮から亡命申請をした経済学者オ・ヨンミン(イ・ボムス)。彼はそこで「北朝鮮に渡ったのは誤りだった」と陳述している。その二日前、彼は、妻ヘウォンと二人の幼い娘と共にコペンハーゲン空港に降り立つのであるが、北朝鮮の同行者が警戒する中、パスポート・コントロールで、機内でしたためた「私は北朝鮮のスパイです」という紙をパスポートに挟み亡命申請を行う。そこでの混乱の中、妻と幼い次女ギュオンは、北朝鮮側に確保され、彼は、長女で5−6歳くらいのヘウォンと二人で西側に残ることになる。そして2年前、ヨンミンが、西独で北朝鮮のスパイのリクルートを受け、彼の研究が北朝鮮では評価されているので、そこで研究を続けたらどうか、という誘いを受け、妻の反対を押し切って家族で移住したことが語られている。しかし、北朝鮮では研究は続けられず、無理やりスパイとしての訓練を受けさせられたことが回想されている。それの不満から今回西への亡命を企てたのであるが、家族は引き離され、また韓国や西独の情報機関、更にはCIAからは、かつての反体制運動の経験から、彼は二重スパイとして送り込まれたのではないか、との疑惑をかけられることになる。しかし、西側、特に韓国情報部は、彼を使い西独にある北朝鮮スパイ網を摘発するため、彼を監視しながら泳がせることにしている。

 そうした中で、彼の家族を取り戻す動きが始まる。かつての北朝鮮関係のネットワークを使いながら、東ベルリンのリヒテンベルグにある北朝鮮のスパイ組織のアジトに拘束されている可能性が高い妻と次女を取り戻すために、ベルリンの壁にある検問所を越えてそこに潜入するが、失敗。かろうじて彼を監視するため密かに追いかけてきた韓国情報部員に助けられることになる。その後、北のスパイの責任者から、家族解放のためには、今回の西独潜入の目的である韓国人のリクルートを遂行することが必要と言われ、その候補者の経済学者に接触するが、彼との面談中に、まさに自分が同じ形で騙され北朝鮮に移住したことを思い出し、やはりそれはできないと確信している。しかし、そうしているうちに、今度は長女も北朝鮮側に拉致されてしまう。

 結局ヨンミンは、密かに潜入した北朝鮮スパイの事務所で、2年前に自分をリクルートした老教授キム・ヨンホの居場所を探り当て、その豪華な邸宅に潜入。彼を人質にして、妻と二人の娘との交換を持ち出す。指定された場所は、オーバーバウム検問所を越えた、東ベルリン郊外に広がる広大な平原の中。ヨンミンは、韓国情報部員で、上司の命令に背き彼のもとに駆け付けた若者の支援も受ける。しかし、北朝鮮側は、素直に家族を引き渡す気はなく、成り行きでキムを射殺すると共に、ヨンミンは生かしてやるが、家族は連れ去ると告げる。キムを補足するためヨンミンを追いかけてきて、彼らの対峙を遠目に眺めていたCIA率いる西側の部隊も、キムが殺されたことで撤収するが、CIAの責任者は、「ヨンミンは二重スパイではなかった」と呟くのである。

 そしてそれから4年後、ベルリンの壁が崩れ、ソ連は崩壊、ドイツも再統一されるが、南北朝鮮は依然引き裂かれたままである。その後、ヨンミンは、北朝鮮のスパイとして自首し逮捕された、とのルビが映される。それから時が過ぎ、老境に差し掛かったヨンミンは、ソウルで寂しく一人で暮らしている。その頃、送付人不明(それは、かつて彼を支援した韓国情報部員が送ったかのように示唆されている)の郵便で、北朝鮮の庶民生活を伝える写真展のチケットが送られてくる。彼がその写真展を訪れると、そこには大人になった長女ヘウォンの写真が展示されている。彼は、その写真にほほを寄せ涙を流しながら崩れ落ちるのであった。

 実話に基づく話ということであるが、結局ヨンミンは、北朝鮮に戻された家族と再会することがなかったという悲しい映画である。そして、この冷戦が続いていた時期に、東西双方から追われるヨンミンが、家族を探すため簡単にベルリンの壁を越えていったり来たりするようなことが本当にできたのか、という疑問は残る。しかし、以前に観た「ベルリン・ゲーム」(別掲)もそうであるが、海外、特にベルリンという冷戦の最前線を舞台に、南北朝鮮や欧米も絡まった情報戦の凄まじさを描いたこうした作品を作れる韓国映画の実力は、日本映画にはないと痛感させられる。舞台がベルリンであることから、登場人物も「留学・研究をしていた」ヨンミンを始め、皆流暢なドイツ語を話し、これが韓国映画であることを忘れさせるほどである。登場人物が入り組んでおり、夫々の関係を理解するのが簡単ではなかったり、時間の前後関係も複雑で分かり難いといった点はあるが、なかなか凝った作品であることは間違いない。壁が崩れる数年前のベルリンでも、依然こうした陰謀が渦巻いていたことを再認識させられると共に、韓国映画の底力も改めて感じさせる作品であった。

鑑賞日:2022年9月15日