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密偵(原題「The Age of Shadows」)
監督:キム・ジヨン 
 ここのところ、家族関係の動きや、テニス、プールで、ほとんど映画を観ようという気にならなかったが、今週そうした予定が一段落したところで、時間潰しにレンタルショップによって見つけたのが、この2017年制作の韓国映画であった。監督はキム・ジヨンと初めて聞く名前。主役の二人を、お馴染みソン・ガンホと、初めて聞く俳優コン・ユが演じているが、イ・ビョンホンも「友情出演」的に僅かながら登場している。また日本軍の隊長として鶴見信吾も出演している。

 1920年代の、日本占領下の朝鮮。「義烈団」という過激な反日独立運動の監視という任務を受けた朝鮮総督府の警務官イ・ジョンチル(ソン・ガンホ)が、義烈団の資金調達を行う男の逮捕を行おうとするが、男はイの降伏説得も虚しく「朝鮮独立万歳」と叫びながら自殺するところから映画が始まる。そして続けてイは、上司である東隊長(鶴見信吾)から、橋本という警官と組んで、「義烈団」リーダーである骨董販売商キム・ウジン(コン・ユ)と接触し、グループの全体を調査し、それを完全に抹殺するという指令を受けることになる。しかし、冒頭では日本軍の手先として動くことに疑念を持たないイは、キムと接触していく内に、朝鮮人としての自分に目覚め、そして二重スパイとして「義烈団」に協力していくことになるが、そうした彼が微妙な状況をどのようにして生き延びていくかが映画の見所となっている。

 まずは京城(ソウル)でキムと接触したイは、酒を飲みながら「兄弟の契り」を結ぶが、これは当然ながら双方が真意を隠しながらの騙し合いである。そして、この京城での義烈団の拠点が警察に知られたことで、舞台は、キムが、テロのための爆弾製造を行っている上海に跳ぶ。橋本と共に彼を追いかけてきたキムは、そこで義烈団トップのチョン・チェサンを紹介されるが、酒を酌み交わしながら、チョンは、イに対し、二重スパイとして自分に協力して欲しいと説得。悩みながらもイは、以降そうした動きを行うことになる。当然ながら橋本は、イを信用しておらず、橋本に情報を提供する別のスパイが義烈団には潜り込んでいる。この状況でイがどう生き残っていくのか?

 まず大きな山は、上海のハンガリー人アナキストが製造した爆弾を、どのように京城に運ぶかであるが、選択した列車に乗り込んだイは、橋本の眼を晦ましながらキムと接触し、情報が洩れていることを伝える。それを知ったキムは、メンバー全員に京城での集合場所変更を告げるが、それは各人毎に違う場所を教える。そして橋本からその情報を知ったイが、それをキムに告げることで、その情報をもたらした義烈団内部のスパイが判明し抹殺される。しかし、イとキムは、橋本に接触しているところを押さえられ、銃撃戦となる。橋本らは死に、イは、列車から飛び降り京城に戻るが、東には、「義烈団との銃撃で列車から落ちた」と説明することになる。

 しかし、キムらが京城に着いた際に、駅は軍の部隊により厳重に警戒されていた。そして特にヨン・ケソンという、チョン・チェサンの秘書役の女が逮捕され、チョンの居場所を白状しろと拷問されることになる。ヨンの尋問に駆り出されたイは、東の命令を受けてヨンの顔に焼きごてを押し付けることになる。また駅からは逃れ、爆弾を回収したキムであったが、森の中の一軒家でイと再度接触した際に、そこも日本軍に襲われる。キムは逮捕され、彼も拷問されることになる。そしてその後逮捕されたイは、キムら義烈団の裁判に証人として出廷することになるが、彼は、一連のキムらとの接触は日本軍に対する忠誠から行ったスパイ行為であると主張し、罪は咎められずに釈放されることになる。もちろんその背後には、彼を使った東の、彼に対する信頼があったのである。裁判の一か月後、ヨンは死に、その寂しく運ばれていく死体をイは刑務所の脇で目撃し、悲嘆にくれることになる。

 しかし、家で家族と幼い子供と暮らすイは、悩んでいた。そして、京城の日本軍の警務局クラブで、東が主催する大きな親日派のパーティーがあることを知ったイは、そこに何気なく爆弾を持って乗り込み爆破する。森の小屋で、キムとの遭遇時に警官隊に襲われた際、キムは、爆弾をイに託し、イに「あくまで自分は日本軍に忠実であった、と主張し生き延びて欲しい。一人だけでも生き延びれば良いのだ。」と言っていたことが明かされる。彼はその爆弾を使い、パーティー会場を爆破し、義烈団の本懐を遂げたのである。監獄にいるキムは、看守が「警務局が爆破され、地獄絵図が繰り広げられた」と話すのを、うつ伏しながら聞くことになる。そしてイは、冒頭で仏像を売り闘争の資金調達を行おうとした義烈団の同志を打った男を殺し、奪った金を義烈団トップのチョン・チェサンに渡すよう、彼の死者に託す。そして最後は朝鮮総督府で、イが自死したかのような映像が流れ、横の壁には、「義烈団ここにあり」と刻まれるのである。ということで、映画は、表向きは仲間を裏切りながらも、イが最終的に義烈団に身を捧げるという結末を遂げることになる。

 突っ込みどころは多い作品である。特に、爆弾の輸送を行う列車内で、あれだけの銃撃戦と死者が出ていながら、列車がそのまま京城に到着するというのは通常考えられない。またこのような展開で、イに対する、冷徹な東の信頼が続くというのも、あまり説得力がない。また森の中でのイとキムの邂逅時に、イだけが、しかも爆弾を持って逃げられた、というのも考えにくい。更に、ヨンやキムに対する日本軍による拷問シーンは見るに堪えず、こうした場面が、現在の韓国の反日感情を益々高めていると言えなくもない。配役についても、イと組むことになる橋本の日本語は明らかに外人の日本語で、この配役に日本人俳優―但し彼は韓国語も話さなければならないーを当てられなかった弱さも感じられた。ただそうした突っ込みどころ満載であるにも関わらず、二重スパイの厳しさと悲哀を、全編彼らしからぬ厳しい表情で演じたソン・ガンホは、やはり大した俳優である。また彼の相方であるキムを演じたコン・ユは、初めて見る若手俳優であったが、中々甘いマスクで、その演技力と併せて、恐らく今後人気が出てくるのだろう。

 スパイは、必然的に二重スパイとならざるを得ない。敵の組織に潜り込んだスパイは、その組織からの信頼を得るために、当然ながら相手の組織に関するある程度の情報を提供せざるを得ないし、また時としては味方の組織やそこに所属する人間を犠牲にしなければならない。そうしたスパイの宿命は、今まで私が読んできた多くの関連小説の素材となってきた。例えば、東西冷戦の中で多くのスパイ小説を発表してきたル・カレの初期の出世作「寒い国から帰ってきたスパイ」に登場する、東独に潜航しているムントというスパイは、そうした複雑な性格を表現している。あるいは同じ韓国映画では、言葉そのものの「二重スパイ」という作品を以前に観たが、この北朝鮮から韓国に送り込まれた主人公は、結局双方の国から追われることになりアフリカに逃れ、そこでどちらによってか分からず殺されることになる。即ち、こうした二重スパイは、最後にどちらの側に立った行動を行うかによって、その立場が明らかになるに過ぎず、その過程では双方の側に損害を与えることも多く、また双方から疑念を持って扱われ続けるのである。この映画では、イが、捕らわれた女ヨンに焼きごてを当てる場面などに、その立場の厳しさが表現されている。しかし、この映画では、イが最終的に日本軍警務局のパーティーで爆破事件を起こすことで、彼がどちらの側の人間であったかが明確に示される。もちろん日本占領期の日本に対する独立運動という背景の中では、韓国映画としては、そうした結論にせざるを得なかったということではあろうが。

 その意味では、素材自体は今までも多く表現されてきたものであるが、久々の映画ということでそれなりに楽しんだ作品であった。

鑑賞日:2022年11月7日